第二十一話  軍監殿、あぶなぁーい! 其の二

 セタシが、にやぁ、と笑い、鉄の鎖を右の流星錘りゅうせいすいの、柄に巻きつけた。


「おっ。」


 ひっぱられる。

 真比登から武器をとろうとしてる。


(力比べだな。良いだろう!)


 真比登より大柄なセタシの肩が筋肉で盛り上がる。

 真比登の腕の筋肉が、ミチミチ、と太くなる。額に、どくん、と、脈が浮かびあがる。

 両者、ひかぬ。

 ぎぎぎ……。二人の怪力の男にひかれ、鉄の鎖が悲鳴をあげる。


軍監殿ぐんげんどの、あぶなぁーい!」


 都々自売つつじめさまのつま長尾ながおのむらじの寺麻呂てらまろさまが、大刀たちを抜いて騎馬で駆け込んできた。

 さっき、エアシポプケプと戰っていた時に闖入ちんにゅうしてきたのは、副将軍、広純ひろずみさま。

 今度は、寺麻呂さまだ。


(えっ? 何これ、既視感あるんだけど───?)


「寺麻呂さまぁ! お戻りをっ!」


 五百足いおたりがあとから馬で駆けてくる。

 セタシが鎖を流星錘りゅうせいすいからほどき、寺麻呂さまの方を怒りもあらわに見、鎖をムチのように、びゅん! と寺麻呂さまめがけ振ろうとした。


(ダメだ! こいつの怪力で鎖が当たったら、馬でも人でも、ただじゃすまねぇ!)


 真比登は左の流星錘りゅうせいすいで、その鉄の鎖の邪魔をしようとする。

 セタシは、ぱっと真比登をふりむき、ニタァと笑って、右手の軌道を変え、鎖を下から上に振るった。

 避けられない。

 とっさに左目をつむる。

 真比登の左の顔、顎から頬を、鉄の鎖で強かに打たれた。


(痛ぇ! !)


 セタシは左手でも鎖をふるい、ジャラ! と、馬上の寺麻呂さまを狙う。

 しかし、鎖を振り抜く前に、その左手に。


 ビン!


 と弓矢が立った。五百足いおたりだ。


「ンギャン!」


(良し!)


「てめぇ。」


 真比登は両手の流星錘りゅうせいすいを手放し、


「オレに傷を。」


 大刀たちを目にもまらぬ速さで抜刀し、


「つけるんじゃねぇ!」


 のろのろ、矢のささった左手を見、真比登を見たセタシの首を、至近から掻っ切った。

 ぴしゅ、と血が噴き上げ、


「妻が心配するだろうが!」


 セタシは、あまりに鮮やかな切り口に、悲鳴をもらすのも忘れ、絶命した。

 山のような男が、ズズゥ……ン、と、仰向けに倒れる。

 そこで寺麻呂さまが到着し、血しぶきを浴びた真比登に、


「軍監殿! 危なかったですな。……大事ないですか?」


 と、血を浴びた量の多さに若干じゃっかん引きながら、首をかしげた。


(あのね……、危なかったのは、寺麻呂さまの方なんですよ?)


 真比登は泣き笑いのような表情になり、


「ありがとうございます。大事ありません。」


 と返事する。

 そのあと、寺麻呂さまの後ろにいる五百足いおたりを、目を細めて見た。


「いーおーたーりー?」


(こうなるから、寺麻呂さまをを留めておけって言ったろうが!)


面目めんぼくございません!」


 五百足いおたりは、弓を持ったまま、馬上で礼の姿勢をとる。冷や汗をダラダラとかいている。

 真比登は、ふっ、と表情を緩めた。


「……まあ、良いさ。

 あの矢には助かった。良くやった。」

「ありがとうございます。」


 五百足いおたりは、はぁ、と息をはきだした。


(寺麻呂さまは命がけで、オレを救おうと駆けつけてくださった。

 良い方だ。

 戰が終わってから、この方を長尾連ながおのむらじの次代の主として仰ぎ、オレは良好な関係を築いていけるだろう。)


 そう思うと、さっきのおざなりな感謝が、少し恥ずかしくなった。


(副将軍、広純ひろずみさまにも、あとでもう一度、きちんと礼を言おう。)


 真比登は大刀たちを持ったまま、


「寺麻呂さま、助けにきてくださり、ありがとうございます。」


 深く礼の姿勢をとった。


「いやあ、佐久良売さまのつまたるお方ですから。当然のことをしたまでですよ。」


 寺麻呂さまは、照れたように笑った。





    

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