第二十話  軍監殿、あぶなぁーい! 其の一

 ───少し時を戻して───。



 真比登とエアシポプケプが勝負を繰り広げる最中。


 真比登は脇に、エアシポプケプから、盾を一発くらった。


「ぐ。」


 うめいたところで、副将軍、広純ひろずみさまが、


軍監殿ぐんげんどの、あぶなぁーい!」


 と大刀たちを持って、徒歩でつっこんできた。

 勝負を邪魔されたエアシポプケプが、きっ、と広純さまを冷たい目でにらみ、ざっ、と広純さまにむけて足を踏み出した。


(危なくねぇよ! 危ねぇのはあなたのほうです!)


「きゃあああああ!」


 遠くから、戰場をつんざく、おみなの悲鳴が聞こえた。


(やべぇ! 古志加が悲鳴あげてる!)


 真比登は素早く動き、


「らぁっ!」


 右の流星錘りゅうせいすいで丸い盾の側面を叩き、体を開かせた。

 左の流星錘りゅうせいすいを、エアシポプケプの顔スレスレに押し付ける。

 これは殴るのが目的ではなく、牽制と目隠し。

 流星錘りゅうせいすいは、人の頭二つぶんの、大きな丸い木でできている。エアシポプケプはほとんど視界を塞がれたはずだ。

 真比登はエアシポプケプの左手を蹴り上げた。


「アウッ!」


 手から、盾が落ち、ゴッ、と地上から跳ね上がる。

 真比登は右の流星錘りゅうせいすいを内から外に振り抜いた。盾はボアン、と音を鳴らし、ゴロゴロ、と遠くに転がった。


 ここまでは、流れるように、ごく短い時間ですませている。


 そのまま、左の流星錘りゅうせいすいで顔を圧迫し地面に倒し制圧しようとしたが───。


 エアシポプケプが右手の拳を、流星錘りゅうせいすいの下からかちあげ、流星錘りゅうせいすいをどけ、


「ウオォッ!」


 左拳で真比登の頬を殴った。


(チッ……、目隠しのつもりが、こちらにも目隠しになっちまったな。)


 その隙に、エアシポプケプは後ろにさがり、迷いなく真比登から距離をとった。

 丸い輪っかの耳飾りの男は、腫れた左手を抑え、真比登に物言いたげな顔をしてから、戰場の砂煙に消えた───。


「軍監殿! 危なかったですな。良かった、良かった。」


 広純さまが盾を拾いあげ、得意げに言う。


(力量差をちゃんと測ってください。エアシポプケプは、オレとは互角でしたが、あなたと戰ったら、圧倒しますよ。軽い怪我じゃすまないですって!)


 真比登はつい、泣き笑いのような表情になりつつ、


「ありがとうございます。」


 とお礼を言い、急いで悲鳴の聞こえた方向に走りだした。


麁駒あらこまー!」


 走りつつ、愛馬の名前を叫ぶ。とても良い子の麁駒あらこまは、きちんと真比登の声に答える。

 しかし、近くに来た愛馬にまたがるまでもなく、倒れた古志加のもとに到着した。




    *   *   *







「ウオォーン!」


 野犬のように吠えたセタシが、真比登につかみかかってきた。

 真比登は軽く一歩ひき、距離をとり、左から流星錘りゅうせいすいをセタシの顔に、手首の動きだけで素早くお見舞いした。


「ギャン!」


 今のはきいたらしい。


「グルォォォ……。」


 セタシは低くうなり、近くでうつ伏せに倒れ、死んでいた蝦夷の兵から、蕨手刀わらびてとうをとりあげた。


流星錘りゅうせいすいを顔にくらって、良く倒れないものだ……。これは、オレ以外には、手に余るだろう。)


 一発入って、頭が冴えたのだろう。セタシは腰を落とし、真比登にむかって身構えた。

 真比登を倒すべき敵と認識したようだ。


「良いぞ。相手してやらぁ。」


 真比登は、左手の流星錘りゅうせいすいを前に。

 右手の流星錘りゅうせいすいを上に掲げ、にっこり、笑ってみせる。


 反りが強い、刃長一尺六寸四分(約47cm)の蕨手刀わらびてとうを持ち、セタシがつっこんでくる。


 ───ぺちん。


 真比登の重量武器は、簡単にその蕨手刀を、セタシの手からふっとばした。


「イチャカー!(こしゃくな!)」

「はは。さあ、どうする? もっとやろうぜ?」


 真比登は笑顔で、セタシを誘導し、気絶してるらしい古志加が見えなくなるほど、戰いの場を遠くに移動させた。


(こいつは引き受ける。あとは任せたぞ、花麻呂。しっかり古志加を守れ。)


「イチャカー、イチャカー!」


 セタシは、日本兵の大刀たちを拾ったが、結果は同じ。

 落ちていた矢を投げつけてきもしたが、真比登は軽く、流星錘りゅうせいすいをふるだけ。もちろん、当たらない。

 ほこも拾ったが、鉾は扱いに修練が必要な武器だ。やみくもにつっこんでくる鉾では、


「ほらよ。」


 真比登は、くるり、と右の流星錘りゅうせいすいを目の前でまわし、鉾の切先をそらし、鉾を地面に向けさせる。

 さく、と軽い音で地面に刺さった鉾の柄に、左の流星錘りゅうせいすいを勢いよく叩きつけ、


 ───バキッ!


 と鉾の柄を折った。


「イチャカー、イチャカー!」


 セタシは唾を飛ばし怒鳴った。


(こいつ頭弱いな。)


 セタシは無手で突撃してきた。

 真比登に遠慮は、ない。

 脳天めがけ流星錘りゅうせいすいを打ち下ろした。


「!」


 無手、と思われたセタシは、いつの間にか両腕に巻きつけていた鉄の鎖を解いて、両手に握っていた。

 二本の鉄の鎖で、流星錘りゅうせいすいを受け止める。


(おぉ! この止められ方は初めてだぜ!)


 真比登はつい、にやり、と笑ってしまう。

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