第十九話  セタシの赤く濡れた舌

「やあああっ!」


 古志加は気合いを発し、蝦夷の兵を危なげなく、剣の下に沈めていく。


「メノコ! メノコ! メノコ!」


 声のするほうを見ると、顔に喜色を浮かべた山のような大男が、ヨダレを垂らし、獲物を見つけた野犬のごとく、古志加めがけ走ってくる。


 さっき、セタシ、と呼ばれていた男だ。

 

「メノコォォ!」


(その言葉。意味はわからなくても、さんざん、蝦夷の兵から、口にされた。汚らわしい。)


「殺す。」


 古志加の顔に青筋が浮かぶ。

 鞍上あんじょうから、山のような男に鋭く剣を振り下ろす。

 よけられる。

 男は驚きの行動に出た。

 素早く、蕨手刀わらびてとうを抜き、古志加の馬、実豆福みつふくの首筋にドスッ、と刃を深く突き立てたのだ。


 ───イイイイン!


実豆福みつふくッ!」


 馬が暴れるなか、古志加は左足首をセタシにつかまれた。

 そのまま、馬から恐ろしい勢いで引き剥がされた。


「きゃああああああ!」


 景色が回転する。

 気がつけば、セタシに右腕一本で、左足首をつかまれ、空中に、逆さまで、宙吊りにされていた。


「古志加っ!」


 花麻呂が駆けつけようとするが、折悪おりあしく、手綱を矢で射られ、切られた。


「うっ……!」


 落馬する。


「メノコ!」


 セタシは古志加の綿冑めんちゅうかぶと)を、ビッ! とはぎとった。

 戰場に一輪の花のごとき美貌の顔があらわになった。

 セタシは、


「ピㇼカ メノコ。(良い女)」


 ニチャァ、と笑いながら、古志加をもっと上に吊り上げ、顔を見る。

 古志加は地上に釣り上げられた魚のようにジタジタ暴れるが、セタシの右腕はびくともしない。


 逆さまにされると、上衣がめくれ、下袴をはいてるとはいえ、普段は隠されている尻の形が浮き彫りに見えてしまう。

 古志加は悔しさと羞恥で顔を歪め、手から離さなかった剣で、セタシの腿を斬りつけた。

 たしかに手応えはあったが。

 セタシは気にならないようで、笑いながら、古志加を、小石を振り回すように、上に振り上げ、そのまま勢いよく、地面に背中から叩きつけた。


「かっ………!」


 衝撃に古志加の全身が驚き、そのまま、目を閉じた。

 気絶。

 セタシが上に覆いかぶさり、女の胸の合わせをビリ、と開いた。

 白い胸元。

 古志加の顔、首は良く日焼けしているが、普段日にさらさない胸元は、驚くほど白い。

 胸には何重にもはし布が巻かれている。乳房自体は見えないが、はし布に押しつぶされた豊かな膨らみが、胸の上部にはみだして見える。

 


「そこをどけッ!」


 落馬の痛みからやっと復活した花麻呂が、セタシの背中に斬りかかる。


 ───ギィン!

 

「なにっ……!」


 花麻呂の振り下ろした剣が、根元から折れた。

 手応えは、鉄。

 おそらく、鉄の鎖を、セタシはアットゥシ(衣)の下に巻いている。

 セタシは、蚊を追い払うように、花麻呂の上腕、胸を左腕で殴った。


「ぐあっ!」


 花麻呂は怪力にふっとんだ。

 セタシは古志加に顔を戻す。

 美しいおみなは、セタシの身体の下で気絶したまま、ぴくりとも動かない。

 セタシの顔がいやらしく笑う。

 でろり、と、赤く濡れた舌を出す。










「ふっ!」


 そのセタシの身体を、左から流星錘りゅうせいすいで殴り飛ばし、古志加の身体からどけた男がいた。

 真比登だ。


(もっと吹っ飛ぶかと思った。重たいな。)


 左足でセタシの腹を蹴り飛ばし、さらに古志加から距離をとらせる。


「そいつはやらせねぇ。約束なんでね。」

「グ……!」


 始終にやけ顔だったセタシの顔が、初めて、怒り顔になる。




   












 ↓かごのぼっち様からファンアートを頂戴しました。

 かごのぼっち様、ありがとうございました。 https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093091789306884

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