第十八話  エアシポプケプの盾

 エアシポプケプが、苦悩の深い顔で、真比登をにらんだ。


「春日部真比登、おまえは、斧使いのラメトク(勇者)、カイクーを殺した。

 カイクーは、私の弟だ。

 なぜだ!

 なぜ、私の弟を殺した!」


(そうか……。おまえの弟だったか。……戰だからだ。憎くて、殺したんじゃない。

 ……だが、血縁なら、仇は、憎いよな? 当然だ。)


「………。」


 真比登は、全てを呑み込んだ顔で、無言を貫く。


 エアシポプケプが辛そうに顔を背けた。


「……正々堂々と勇敢比べをして戰った、とは、聞いた……。

 見事な勝負であったと。

 カイクーは、戰うのが好きなおのこだった。きっと満足したろう。

 だが、私は……。

 なぜ、おまえなんだ?!

 春日部真比登?!

 私はお前を、弟の仇として、殺さねばならない!」


 血がほとばしるような叫びを、年若い、青い羽根飾りの首輪をつけた男が遮った。中肉中背。

 まだ十代半ば、十六歳ほどに見える。


「オナ オロワノ アチャポ。パクノカ ロ。(父方の叔父上。もう、それぐらいで良いでしょう。)」

「アアン。……エカシ アシケウク ワ エ!(わかりました。……連れてこい!)」


 年若い男に素直に従ったエアシポプケプは、後ろを見て、何事か命令した。


 ガシャガシャ……。


 鉄のこすれる音がして、一人の山のような大男が、蝦夷の兵士に連れてこられた。

 異様だ。

 上半身を、鉄の鎖で縛められている。

 凶暴な顔で、目はどこか焦点があっていない。口は緩んで、ヨダレが垂れている。

 ここにいる誰よりも───。

 エアシポプケプより、真比登より、大きい。太い首、せりだした肩、アットゥシ(蝦夷の衣)に包まれた脚も、大木のように太いのがわかる。


「その男、セタシ。セタシ、犬の糞。女に罪をおかした。命令も聞かないし、兵として使えない。だが───、強いぞ。

 オピチレ!(放て!)」


(犬の糞かい!)


 セタシをいましめていた鎖が、外された。

 セタシは、さっとあたりを見廻し、


「ア クパ メノコ エイソコロ ハワシ ネ ワ。(女がいると聞いた話を、信じるぞ。)

 ウオォ───ン!」


 野犬のように吠えた。そのまま、こちらに勢い良く駆けだした。

 真比登は、


「弓矢、構え! ───射て!」


 よく響く声で命じた。

 矢の雨が降る。


 ───ウォオオオオッ!


 死兵となった蝦夷が突進してくる。

 突出したセタシは、腕を軽くふった。

 両腕に、鉄の鎖を巻いている。


「メノコ(女)! アヒャヒャヒャヒャ!」


 弓矢が弾かれる。


「進軍!!」


 カンカンカンカンカン!


 進軍のしょうが打ち鳴らされ、大角はらのふえが、ブフォ───! と鳴らされる。

 大地を揺らし、人馬が進軍した。……が、道が狭い。動ける人馬は限られる。


「勝負願おう!」


 エアシポプケプが、真比登に盾を投げつけるように当てにきた。

 真比登は流星錘りゅうせいすいを振り下ろし、防ぐ。


 ボア……ン!


 大きな木の、流星錘りゅうせいすい

 鉄の、盾。

 ふたつの重量のある武器が全力でぶつかると、重い音が響く。


(カイクーの兄、か、なるほど。こいつも、怪力に恵まれた男なのだろう……。)


 真比登は、エアシポプケプに敬意を表し、愛馬、麁駒あらこまから、ひらり、と降りる。


「その盾、見覚えがある。」

「そうだろう。おまえらのだ。」


 前の前、つまり、大川さまの前任の副将軍が、戰場に持ち込んだものだ。

 あっさり、戰場で死んで───。

 盾を回収しそびれていたのか。


 エアシポプケプは、盾を、防御にも使ったし、武器としても使った。

 真比登の流星錘りゅうせいすいを面で弾き、盾を振り回して、真比登の身体にぶつけようとする。


「カイクーが死んでから……、一年。おまえを倒す為に、どうしたら良いか考え、ずっと、この技を磨いてきた。」

「そうかよ。光栄だぜ!」


 真比登は歯をむき笑い、流星錘りゅうせいすいを両手に、旋回しはじめる。

 エアシポプケプも、盾に回す力を加える為、同じく旋回しはじめる。

 二人は、背丈は同じ、いや、エアシポプケプのほうが少し高い。

 体格は、真比登のほうが良い。エアシポプケプも、良く鍛えられた身体で、なかなかのものだ。


 二人は、身をまわし、離れ、近づき、お互いから意識をそらさず、


「おらぁ!」

「ホッ!」


 盾と流星錘りゅうせいすいがぶつかりあう。


 ボア……ン!

 ボアァァァ……ン!


 幾度も武器は交差し、その度、腹に響く音がなり、まるで、楽器を打ち鳴らしているかのよう。


 まわりの日本兵からは、


建怒たけび朱雀すざく!」

建怒たけび朱雀すざく!!」


 と、期待と尊敬の眼差しがそそがれる。





    *   *   *




 著者より。

 敵のおさらい。


 ・エアシポプケプ(大和朝廷がつけた漢字名は、江葦えあし毛牟けむ。奈良時代、カタカナがまだないからね。)……三十代前半。

 体格が良い。

 大和言葉を滑らかに話す。

 11年前、18歳の真比登と会っている。

 その時は、蝦夷に公平な裁きをした真比登に感謝を述べていた。

 そして、真比登が倒した斧使い、カイクーの兄でもある。

 輪っかの耳飾り。鋭い目、顎に細長い髭。

 実は、弟に負けず劣らず怪力で、鉄の盾で戰う。



 ・セタシ……三十代後半。山のような大柄な男。知恵遅れで凶暴、狂犬のよう。

 女に犯罪を犯したので、鉄の鎖でしばられ、隔離されていた。

 なぜ鎖なのかというと、紐はブチブチ引きちぎる怪力男だから。



 ・青い羽根の首飾りの男……16歳。中肉中背。

 わりと整った顔立ち。ちょっと偉そうなのは、郷長の息子だから。





 ↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093082960842139




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る