第十七話  花麻呂っ、約束、よろしくね?

 軍監ぐんげんである真比登、擬大毅ぎたいき五百足いおたり桃生柵もむのふのき領主の跡取り、寺麻呂てらまろさまに続き、古志加こじかと花麻呂が、列の先頭のほうにいる。

 真比登に、


「古志加と花麻呂は、今日は、オレのそばに。」


 と言われたからだ。

 馬上の古志加は、隣で馬に乗る花麻呂に声をかける。


「花麻呂っ。約束、よろしくね?」


 古志加はにっこり笑うが、藍色の布を額に巻いた花麻呂は、嫌そうに古志加を見る。


「だから、そうはさせないっての。」

「ん。」


(花麻呂、ありがとう。)


 古志加は笑顔を崩さず、こくん、と頷く。

 その約束とは、ここ、桃生柵もむのふのきに来て、初戰のあと───。








 花麻呂が、古志加を、女官部屋に送っていく、二人きりの夜道。


「花麻呂、あたし、やっぱ、おみなって、賊奴ぞくとにばれちゃうみたいだね?

 声でちゃうからなぁ。」


 古志加は不満で、むう、と唇をとがらせる。


「どうしても、やああーって気合い、発しちゃうんだよね。

 そうじゃないと、人を斬れないから。」


 くすっ、と冷笑を浮かべる。


「あたしに向かってくる賊奴、ヨダレ垂らしてる奴いた。気持ち悪い。」


 そいつは、古志加が剣で沈めた。

 もう、この世に生きてはいない。


「ねえ、花麻呂?

 ひとつ、約束して?

 あたしがもし、敵に捕まって、連れ去られたら、無理に救いに来ないで。」


 大人しく古志加の話を聞いていた花麻呂が、足を止めた。怒って古志加を見る。


「なんでだよ?!」


 古志加も立ち止まって、花麻呂を振り返る。


はずかしめを受ける前に舌を噛んで死ぬ。すみやかにそうするから、救いに来なくて良い。」 

「………。」


 花麻呂は納得してない顔だ。

 古志加は、軽く微笑む。


「戰場に立つ以上、剣で負ければ、死ぬ。

 それは、敵も味方も同じ。

 命のやり取りをしてるんだもん。

 敵を殺しておいて、自分の番になったら、殺さないでください、なんて言うつもりはないよ? 」


(それは花麻呂も同じでしょう?)


 そこで古志加は笑顔を消し、嫌悪感をあらわにする。


「でもあたしは、おみなだから……。恋うてもないおのこに辱められるなんて、どうしても嫌。そんな思いをする前にさっさと死ぬ。

 だから花麻呂、約束して。

 敵に捕らわれたあたしを救いに来ないって。

 来ても、ただ、あたしの亡骸があるだけだから。 

 花麻呂が危険をおかす意味がない。」

「………おまえの、髪の毛だけでも、三虎に……。」

「花麻呂!」


 古志加は、話をさえぎった。


 花麻呂は、もし古志加がさらわれて、舌を噛んで死んだら、その、遺骸いがいとなる髪の毛を切って、三虎に渡すというのである。


「やめて、必要ない。髪の毛なら、生きてる今のうちに切ったほうがよっぽど良いし、あたし、三虎に髪の毛渡すつもりは、ないの。 

 だって……、恋われてもいないのに、死んでから髪の毛渡されても、三虎、困っちゃうよ。」

「でもおまえ……。」

「必要ない。あたしは三虎の吾妹子あぎもこじゃない。髪の毛を三虎に渡したりしなくて、良い。」


(あたしは、三虎を恋うてる。

 三虎からもらった宝物や、思い出は、とても大事。

 でもそれは、あたしの問題であって、三虎のほうには、関係ないの。)


「ね? 花麻呂。約束して。」


 花麻呂は、眉根をつめた真剣な顔をした。


「……おまえがそう言うなら、わかった。でもな、おまえを死なせないし、敵に捕らえられるような目にも、あわせねぇ。絶対だ!」


 古志加は、くすっ、と笑って、


「ありがとう。」


 とかえした……。







(ありがとう、花麻呂。信頼してる。

 でも、約束は、忘れないでね。)




   



     *   *   *




 イウォロソの地は、三けん(約5.5メートル)ほどの一本道が続く。騎馬にとっては、狭い。

 イウォロソの地に真比登たちが到達すると、蝦夷たちが、郷からでて、待ち構えていた。

 いつも草むらに潜み、奇襲を好む彼らにしては、珍しい。

 こちらは六千人。

 蝦夷の兵士は、六百人ほどか。


 真比登は、怯むことなく、こちらを睨みつけてくる蝦夷の兵の顔を見る。


(敵ながら、皆、覚悟の決まった顔をしている。

 だが、どんなに雄々おおしいおのこたちでも───。

 この人数差、蝦夷の兵士は、今日、ほとんどが死ぬだろう。)


 五百足いおたりが、


「弓矢───。」


 と、弓矢兵に号令をかけようとするが、真比登は、


「待て。」


 と遮る。敵の列の中央、体格の良い敵将が、一歩前に進み出たからだ。

 その三十代前半のおのこは、丸い輪っかの耳飾りをし、目つきが鋭い。細いあご髭をたくわえている。手には、丸い盾を持っている。


(やはり、名の知れた敵将、江葦えあし毛牟けむとは、あの時の……。)


桃生柵もむのふのき建怒たけび朱雀すざく

 軍監ぐんげん春日部真比登かすかべのまひとー!」


 おのこは、大声で、なめらかに大和言葉を喋った。

 真比登をご指名だ。

 真比登も、相手の、あたりをつけた名前を、お返しに叫ぶ。


江葦えあし毛牟けむー!」

「……エアシポプケプだ!」

「エ、エア……。」


 真比登は、困った。


「エアシポプケプだ。」

「エアシ……ポプケプ?」

「そうだ!」


 ───真比登、言えたぜ……。

 ───良かった……。

 ───うべな、うべな……。


 ひそひそ、伯団はくのだん鎮兵ちんぺいたちがささやきあった。

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