第四十五話 暁闇の恋
おほほしく
見し人ゆゑに恋ひわたるかも
夕方に月が照らし、沈んだあとの
目をこらして見ようとしても、
※おほほしく……ぼんやりと。はっきりしない。
※
万葉集 作者不詳
* * *
夕餉を終え、鍋を片付け。
鎮兵たちが、一日が終わる前に、焚き火を前にし、短い憩いの時間を過ごす時。
星がまたたく夜空を眺め、
(……たゆらちゃん……。)
もし
彼女は、
「えっ……! そうだったの!」
と驚き、嶋成を憧れの目で見るだろうか。
その時のたゆらちゃんの驚きを想像すると、身が痺れるような甘やかな気分になる。
と、同時に、まだ知られたくない、と心から思う。
身分を明かし、掌をかえすように、たゆらちゃんの態度が媚びたものに変わり、
「ねえ〜ん、若さまぁん、妻にしてぇ〜ん。」
と言われたら、今のオレはむしろ、幻滅してしまう。
名前だけで、恋されるのでは、意味がないのだ。
オレは、それが良くわかった。
たゆらちゃんには、オレ自身を見てほしい。
ただの嶋成として、たゆらちゃんの愛を得る事ができたなら。
きっと、生涯、手を取り合い、お互いを尊重し、深く愛し合える
そんな
そんな恋がしたいんだ。
オレ自身を、見てくれるだろうか、
(はあ……。たゆらちゃんと話がしたいな。
オレは、たゆらちゃんの事を良く知らないんだ。
たゆらちゃんは黙ってても可愛くて。
笑うと花が咲いたようで目が離せず。
胸が素晴らしくたゆらで。
剣が強くなりたくてここに来た。
それぐらいしか知らない……。)
たゆらちゃんには、頭に藍色の布を巻いた
夕餉をすませると、彼女は女官部屋にひきあげるが、なんと北田花麻呂は、女官部屋まで送っていく。
たゆらちゃんが一人でいる隙がない……!
オレは、両腕を頭の後ろで組み、星空を見上げ、悩ましくため息をついてしまう。
「はあ……。」
そばにいた
「どうした嶋成ー?」
とあっけらかんと訊いてきた。
(この恋愛充実野郎め!)
とオレはこめかみ辺りがヒクヒクするが、あまり羨ましがっても自分が寒いだけなので、また一つため息をつき、
「……なんでもねぇよ。……ああ、
と言う。
もう、オレが道嶋宿禰だという事は、皆にばれてる。でも、皆、前と変わらず接してくれるのは、本当にありがたい。
オレが、父親に背いて鎮兵になった事、
「こいつ、実家に何かおねだりしたみたいだけど、何も送ってもらえなかったみたいだぜー。ばはは。」
と笑って皆に言った事で、
「なあんだ。」
と、使えない奴、という目で皆から見られた……。
屈辱だが、同時に、この扱いが心地よい。
命を預け合う、仲間、だからな。
「わかった。」
とだけ言い───とはならず。
「古志加を恋うてるの?」
とズバッと訊いてきた。
そうだよ、コイツはこういう奴だったよ!!
オレは、頭の後ろで組んだ腕、その肘を手前に、顔を隠すようにして、
「う〜〜〜〜。そうだよっ。くそ……、これは、恋だ。」
と認めた。近くにいた
「ばはは。可愛い
と訊いてきた。ちなみに
「そんなの……、わかんねぇよ。全然、話しをする機会もないんだ。あの野郎……
「邪魔?」
とは源。
「こいつはやめとけ、って、今日、言われた。あれは
「ふうん。なんで?」
「知るかよ!」
「ふうん。」
源は、ぱっと立ち、あたりを見渡し、ちょうどたゆらちゃんを送って帰ってきたであろう北田花麻呂を見て、
「花麻呂ー! ちょっとこっち来い!」
と大声で突撃していった。
「おっ……、待てよ!」
オレはわたわたする。
源、おまえ、ちょっとは立ち止まれ!!
* * *
背が高く、福耳の鎮兵に、花麻呂はつかまった。
名前は源。覚えている。一昨日、下衆に襲われたのを助けてもらった兵士の一人だ。
花麻呂は警戒の目をむける。
「……なんです?」
「ちょっと話がしたい。それだけだよ。」
と、源は、屈託のない明るい笑顔を浮かべた。
「…………。」
目の前の若い男から、敵意やねじれた悪意は感じられない。
だが……。
一昨日助けてくれた相手を疑って悪いが、連れていかれた先でタコ殴りにされかねない。
花麻呂はここではよそ者だ。
そして、花麻呂を殴って言う事をきかせれば、女である古志加を、こっそり好きにできる、と思う不逞の輩がいても、何らおかしい事はない。
(上等だ!)
大人数でいくら殴られ蹴られようが花麻呂が屈する事はない。
最悪、死のうとも。
花麻呂が死んだら、三虎は事態を重く見て、古志加を兵士の仕事から引き上げさせるだろう。
だから、花麻呂は何も恐れない。
死んだとしても古志加を守る。その覚悟を持って、
「……
と花麻呂は答える。
きんくま様から以前ちょうだいした、ファンアートの再掲載です。
嶋成が描く未来予想図のなかの古志加は、きっとこんな感じです。
きんくま様、ありがとうございました。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093073539318384
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます