第四十六話  うわついた気持ちじゃない!

 花麻呂はなまろが連れていかれたのは、広場のはじ。小さなかれている。

 相手は三人の男。

 福耳のみなもと

 鷲鼻わしばなが目立つ嶋成しまなり

 あと一人、ぼてっと肉付きの良い丸い体型の男は、久自良くじらと名乗った。


 嶋成は、一昨日助けてくれたおのこだが、古志加に感謝の抱きつきをされて、目を白黒させて、鼻の下を伸ばしていた。

 でろーんと!

 それはもう長く!

 要注意、と花麻呂は見ていた。

 案の定、今日の午前中、古志加にちょっかいをかけてきた。


 源が、明るい声のまま、


「なあ、なんで、古志加はやめとけ、なの? 理由を教えてよ!」


 とズバッと切り込んできた。


(どうしよう、他に好きな男がいる、と言うか?

 しかしそれで、兵士たちの間で噂になると、古志加がここで働きづらくなる。まったく、気を使うぜ!)


「……やめとけ、は、やめとけ、だ。あいつに恋しても、無理筋だぜ。」


 嶋成の気配が敵意で尖る。

 久自良くじらが、


「恋うてる男がいるのか。」


 と核心をついた。花麻呂は、じろり、と久自良を見る。


「知り合って間もない、信用できるかわからないヤツらに、ほいほい話せる内容じゃないな。」

「そうかもな。」


 久自良が笑った。

 嶋成が、きっ、と花麻呂を見ながら、


「……うわついた気持ちじゃない! オレは、生涯を共に歩めるいもを探しているんだ。恋、を、するくらい、自由だろ。」


 とたどたどしく、顔を赤くしながら言った。


(あ〜、本気かよ。ここにも被害者が一人……。古志加よ……。まったく罪なヤツ。)


 花麻呂は憐れむ目をむけてしまった。源がまっすぐ花麻呂を見て、


「知り合って間もないけど、信じてくれよ。

 嶋成は良いヤツだ。

 日々、成長しようと頑張ってる。

 佐久良売さまをさらおうとした悪漢と、一人戦った事もある。腹を刺されて敗れたけど! 

 佐久良売さまに恋してたんだ。敗れたけど!

 佐久良売さまの事をしょっちゅう影から見てたけど、声もかけれなかったんだ。無害だよ!

 今は佐久良売さまをようやく忘れて、新しい恋に踏み出せそうなんだ。応援してやりたいんだよ。」


 とズバズバ言い、久自良は源を見て、


えぐるねぇ。」


 と言い、嶋成は、


「ぐぅわぁぁぁぁ〜〜!!」


 と頭を抱えて悶えはじめた。


「お、お、おまえ、し、知ってたの、佐久良売さまを影から見てたの……!」

「うん、知ってた!」

「ぅおおおおおおおお〜〜!!」


 嶋成は、顔を真っ赤にして悶え続けた。

 花麻呂は憐れむ目をむけてしまった……。


「な、良いヤツなんだよ。極めつけ、こいつ本当は、正四位上しょうしいのじょうの陸奥国みちのくのくにの大国造おおくにのみやつこの道嶋みちしまの宿禰すくねの嶋足しまたりさまの息子なんだよ。」

「はっ?」


 と花麻呂は驚いた。


(大川さまより身分が上って事じゃねえか!)


 花麻呂はつい、


「……もう一回、言ってくれない?」


 と人差し指を、一本、上にたてた。


正四位上しょうしいのじょうの陸奥国みちのくのくにの大国造おおくにのみやつこの道嶋みちしまの宿禰すくねの嶋足しまたりさまの息子。」

「……おまえ、すごいな。良く噛まないで言えるな?」

「そう?」


 嶋成は、


「名前、言うなよ〜。」


 とまだ悶えながら言う。


「こういうのは、言ったほうが良い、嶋成。

 花麻呂、良く聞いてくれ。

 嶋成は、親の力を借りずに、益荒男ますらおとして己を鍛える為に、ここで一兵士として頑張ってるんだ。

 古志加にも、この身分を伏せて、ただの鎮兵として、恋してほしいと願ってるんだ。

 そんないじらしいおのこの邪魔を、しないでくれ。

 花麻呂が、古志加を守る役目があるのはわかる。

 嶋成は、古志加を……、ええと、無理やりとか、そんな事はしない。そうだよな、嶋成。」

「もちろんだ。」


 花麻呂はぼりぼり頭をかいた。


(やりづらいな!)


「嶋成、良い友人を持ったな?」


 と嶋成を見ると、嶋成は、にっ、と嬉しそうに笑った。


「そうだろ。オレはここに来て、良い友人を持ったんだ。少々、暴走する事があるがな。」

「ばはは。ちがいない。」


 と久自良が同意し、たっぷりした腹を笑いで揺すった。源が、


「むっ? 暴走、してない。」


 とむくれる。花麻呂は額に巻いた藍色の布に手をやり、


「あ〜、話してくれてありがとうよ。秘密、なんだろ?」


 と口調を和らげて言った。嶋成が、


「秘密というか、はじめは秘密にしてたが、途中でばれて、その後は皆、この事には触れないようにしてくれてる。

 実際、父親から何か支援があるわけじゃないしな……。

 ありがたい事だよ。

 で、古志加には、お願いだから、まだ、秘密にしておいてくれ。」


 と頭をさげる。


(頭、ずいぶん素直に下げるんだな……。)


「その事はわかったよ。古志加には秘密にする。

 あ〜、嶋成……って、呼び捨てで良いんだよな?」

「ああ。」

「嶋成、進士しんし(志願兵)なのか?」

「そうだ。」

「……ちょっと気持ち、わかるよ。オレ、家が私出挙しすいこ(※注一)やってて、裕福でさ。親からは仕事を継げって言われてたけど、幼馴染にさそわれて、衛士になりたくなって、そこから何年もかけて親を説得して、衛士になった。裕福さより、剣をふるって、人の役に立ちたくてさ。」

「……!」


 嶋成が大きく目を見開いた。

 その目には、すれていない、純粋な光があった。


(こいつ、悪いヤツじゃないよな。……話して良いか。)


「古志加はさ……、ここには、戰をして、己の剣の腕を磨きたくて、来たんだ。おみなだからって、そこは見誤らないでくれよ?」

「もちろんだ。」

「それでな……、古志加、片想いしてるおのこがいるんだよ。想いがすごく強い。多分、古志加を振り向かせるのは、無理だ。意地悪で言ってるんじゃない。信じてほしい……。」


 嶋成は、悲しそうに目をふせた。源が、


「嶋成のほうが良いおのこなら、振り向かせられるだろ。」


 と、凛と言った。


 花麻呂の口元に、さびしい微笑が浮かんだ。


(こいつは、まだわらはだな。おみなの心というのは、そう単純なものではない。)


「おまえは眩しいヤツだな。……悪いが、オレの意見は変わらないし、これからも変わらず、古志加の警護を続ける。」


 源が頭をこてん、とかたむけ、


「なんでそこまで守ろうとするの?」


 と疑問を口にした。


「あいつと始めて会ったのは、まだあいつが十四歳の時だ。今よりもっと男っぽくて、下人扱いで、卯団うのだん……って言ってもわからないか、四つに別れてる上毛野かみつけのの衛士団えじだんのうちの一つな? そこの下働きを真面目に頑張ってた。

 ずっと、卯団うのだんの皆で、古志加を見守ってるんだよ。

 十六人のおのこのなかで、一人だけ、おみなの衛士なんだよ。

 わかる? 

 すっごく大切にされてるの、古志加は。

 卯団うのだん皆の女童めのわらはなの。

 あいつに何かあったら、オレは卯団の皆にあわせる顔がない。

 なのに古志加は全く自覚がなく、あっちにふらふら、こっちにふらふら……。」


 花麻呂が怒りの拳を握ると、今度は、三人の男から、花麻呂が憐れみの目で見られた。久自良が、


「戰場で縦横無尽だったもんな……。」


 としみじみ言い、嶋成が、


浄酒きよさけがあるぜ……。呑もう。」


 と誘ってくれたので、


「いただく!」


 と花麻呂は、どっかと腰をおろした。













 しばらく、浄酒を飲み交わし、別れ間際に、嶋成は、


「……オレは、諦めない。」


 とぽつりと言った。


(泣く事になるぞ。)


 と花麻呂は思ったが、もう、言うだけ野暮だ。肩をすくめるだけで、花麻呂は別れた。







 ───恋とはままならぬもの……。









   *   *   *





(※注一)私出挙しすいこ……出挙すいことは、百姓ひゃくせい相手の種籾たねもみの借金。

 私人しじん(裕福な一般人)が貸し出すのが私出挙しすいこ

 公人(国司)が貸し出すのが、公出挙くすいこ

 利率。10割。

 一割じゃないよ、十割だよ!

 現代の町金融も真っ青の利率である。

 種籾から米がたくさん実るから、この利率であった。

 不作などで種籾が返せない百姓は、下人に落ちた。






↓挿絵です。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093086762140010

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