第二十一話  若大根売は見てむ、其の二

 佐久良売さくらめは、顔半分を領巾ひれでさっと隠した。

 動揺を隠す為である。

 真比登まひとはそんな佐久良売に気がつかず、


「佐久良売さま。これは小鳥売ことりめです。

 オレの家のはたらでして……。

 戰場に行くのに、ついていくって言ってきかないもので、一緒に桃生柵もむのふのきに連れてきたのです。」


 と、にこやかに紹介をした。

 小鳥売ことりめは伏し目がちに、たどたどしい礼をした。

 見様見真似でやっている、教養のない礼なのは一目瞭然。


(家での働き……。)


 働きは、食事や家まわりの仕事をするおみなだが、その家の主が率寝ゐね(共寝)を要求したら、逆らえない弱い立場のおみなである。


(そういう事なのっ? しかも連れてきたって……、戰場でも手放せないって事?!)


 佐久良売は、豪族の娘であり、自分の容姿にそれなりの自信がある。

 しかし目の前の女は、若さがはちきれそうな、ふっくらした顔をして、身体の肉付きも豊か。

 細身で、二十歳をとうにすぎた佐久良売とは、違う魅力を放っている。

 そう、おのことは、そういうおみなの方に、惹かれるものなのかもしれない……。


 ずっと、小鳥売ことりめが、衣は質素でありながら、ふくよかな肉付きである事に、違和感があった。

 食事に困らない女官だって、小鳥売ほどふくよかなおみなはめったにいない。


 だが、小鳥売がそれなりのおのこ吾妹子あぎもことして愛され、惜しみなく食事を与えられているのなら、その疑問は氷解する。


「ま、ま、真比登……。」


 口が、あわあわ、と動き、うまく言葉が発せられない。


 真比登は小鳥売を、優しく微笑みながら見て、


「佐久良売さま、前に言った、お願い事は、小鳥売の事なんです。こいつはきちんと可愛いのに、自分に自信が持てないようなんです。

 佐久良売さま、どうか小鳥売を、美しく着飾ってやってくださいませんか。お願いします。」

「ひぃ…………!」


(なんて事を頼むのっ?! あたくしに、あたくしに、吾妹子あぎもこの世話をしろと……。)


 小鳥売がすまなそうな顔をした。


「真比登……さま。あたしみたいな、卑しいはたらを着飾ってほしいなんて、やっぱり、佐久良売さまにお願いするのはいけません……。」

「何を言う小鳥売! おまえは卑しい働きなんかじゃない。」


(ああ……。もう駄目。)


「オレにとっては、もっと大切な───。佐久良売さまっ?!」


 佐久良売は、真比登の言葉が終わる前に、気を失った。
















佐久良売さくらめさま……。」


 佐久良売は、逞しい腕のなかで、心配そうな真比登まひとに見つめられ、目をさました。

 うっ、と涙ぐむ。


「ひどいわ、真比登。あたくしの他に吾妹子あぎもこ(愛人)を作って、それを着飾れなんて……。」


 目尻に涙をためながら、真比登をにらむと、真比登が、


「誤解ですって!」


 と慌て、ふっくらとした丸顔の小鳥売ことりめが、


「ほら、やっぱり……。真比登は言うのが下手くそなんですよ。」


 と呆れたように真比登を見た。

 そこにはこびは見られない。


「小鳥売は、オレの家族みたいなものです。吾妹子あぎもこなんて、とんでもない。オレは佐久良売さくらめさまだけですっ!」


 若大根売わかおおねめと小鳥売の前であるが、真比登が、ぎゅうう、と佐久良売を抱きしめた。

 その強い抱擁で、佐久良売はちょっと落ち着いた。


「どういう事なの?」

「小鳥売は、五百足いおたりに恋してるんです。着飾らせて、五百足いおたりに見せてやりたいんです。五百足いおたりだって、憎からず思ってるでしょうに、あいつ、自分から動けないんですよ。」 


 五百足いおたりとは、真比登が信頼している擬大毅ぎたいき(副官)だ。

 さっきまで飄々ひょうひょうとしていた小鳥売が、ぽーっと頬を赤くし、うつむいた。しばらくして、きっ、と顔をあげた。


「厚かましいお願いですが、もし、着飾らせてもらったら、今夜、あたしから五百足いおたりに告げなむ(愛の告白)をします!」


 郷では、おのこから告げなむされるだけでなく、おみなから告げなむする事もある、と佐久良売は聞いたことがある。


 佐久良売はその勇気に感化され、


「……のった!」


 気がつけば真比登の腕のなかで、力強く頷いていた。




    *   *   *




 ここからは、おみなの時間である。

 佐久良売はさっさと真比登を追い出した。

 若大根売わかおおねめと小鳥売は、


「小鳥売、どうして教えてくれなかったの?」

「だって、軍監ぐんげん殿の、たった一人の働きって、なんだか威張ってるみたいじゃない?」

「そう?」

「あたしは、郷の避難してきた人にまぎれて、何事もなく過ごしたかったの。」


 などと会話している。

 佐久良売は衣装の入った唐櫃からひつ(大きなモノ入れ)を若大根売わかおおねめに開けさせた。


「あまり高い衣は駄目だけど、着てみたい衣はあるかしら?」


 その色とりどりの衣の豪華絢爛さに、小鳥売は、ごくり、と唾を飲み込んだ。


「な、何を着たら良いのか……。」

「そうね。自分をどう見せたい? 華やか? 大人っぽく?」

「大人っぽくで!」

「なら、この、紫色の衣が似合うでしょう。おみなを大人びて見せる色よ。普段使いだから、色は薄めだけど、綺麗な色がでてるでしょう?」


 紫草むらさきの根で染めた衣を佐久良売は手にとった。

 色が薄め、というのは、佐久良売の基準であって、この衣の生地も、紫草むらさきで十回、繰り返し染めて、明るい紫色を出している。

 佐久良売が言う高い衣、というのは、三十回、染めを繰り返し、くっきりした紫色を出した衣である。

 郷の女が着る衣は、一回、二回染めが主流で、良くて、せいぜい、三回染めの、薄い色だ。

 衣の薄さ、柔らかさもふくめ、質が全く違う。


「とても綺麗です。」

「決まりね。」


 てきぱきと、帯も領巾ひれも、佐久良売が選んでゆく。


「もったいない事です……。」

「あげないわよ。今夜一晩、貸すだけよ。」

「もちろん、承知しています。」


 小鳥売はぺこりと頭を下げた。佐久良売は、


「あなたは、真比登の家の働きなのでしょう……。その、真比登の……。」


 と言いかけ、真比登の事が気になりすぎか、とすこし恥ずかしくなり、


「あなたの想い人はどんな人なの?」


 と無難な話題に切り替えた。小鳥売は、にこり、と笑い、


五百足いおたりのことも、真比登のこともお話しします。だって、多賀郷たがのこほりの家では、一緒に住んでますから。」


 と、若大根売わかおおねめに着替えを手伝ってもらいながら、話をしだした。



   







 


↓挿絵です。 https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093076202803441  

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