第四十一話 敷 〜しくしく〜
山の
万葉集
* * *
朝日がきらきらと、
庭の
抜けるような青空。
遠く、薬草園から、
八月の朝は、なんと美しいことか。
(不思議ね───。今朝初めて、この美しさに気がついたように思える。
あたくしのまわりには、こんなに光が満ち
(あたくしの望みは何だろう?)
早く戰が終われば良い。
父上も無事で、
あたくしは、
隣には、
真比登と婚姻したら、彼が
あたくしにしきりと婚姻して欲しがっていた父上は、───
あたくしも
そうなったら良い。
それが、あたくしの望み……。
真比登を
あたくしは長女だけど、もう、
その点は真比登に了承してもらわないと……。
(考えすぎだわね!)
ふふ、と
恋うてる、と言ってはもらったけど、妻にしたい、とは言ってもらってない。もっと冷静にならなければ。
今のあたくしは、まるで
あたくしは、
でも、違った。
真比登なら、愛せる。
どうして、こんなに真比登が良いのだろう?
自分でも不思議だが、恋とは理屈ではない。
それが間違えようのない真実であると、身のうちで燃え続けるちいさな
真比登が
父上も、副将軍殿も、口を揃えて、真比登は並びなき強さを誇ると言う。
きっと、ずば抜けて、真比登は強いのだ。
寂しい影をちらつかせる真比登……。
もっと真比登のことが知りたい。
あの優しい眼差しで見つめられながら、真比登に深く
もう、真比登でなくては、嫌。
他の誰にも、肌を許したくはない。
……この想い、早く気がついて。
「書けたわ。」
巻き物になっている紙に書いた。
これを真比登の部屋に飾らせる。
良い飾りになるし、手習いの手本としても良いし、
(ふふん! これでどう?!)
もし真比登に虫が寄り付こうとも、この書が壁から見張っているのである。
(あら……? でも、もしかして、真比登、すでに、他の
あの
佐久良売が縁談相手につきつけた、あの厳しい条件は、本心でもある。
どうなのであろう?
しっかり確認しなくては……。
(他の
「さ、
今度こそ、手作りの握り飯を真比登に食べさせるのである。
* * *
一昨日、毒矢を受けた真比登であるが、昨日一日、自室で寝ていたら、復調した。だが、昨日見舞いにきた
「医師が休めって言ってるんだから、明日も休まなきゃいけないでしょ。」
「うべなうべな!(そうだそうだ)」
と、今日も丸一日、自室で休む休日となってしまった。
(
(剣でも、手ほどきしてやるか。)
「武芸を教えてくれ───!」
と、腕の立つ者にまとわりついて、良く教えを
「やったぁ───!」
と喜ぶであろう。
(
そんな事が気になる己は、つくづく
(ふぅ……。まだかな。)
もう
真比登が今朝選んだ竹色の衣は、良い生地のものだし、顔も綺麗に剃ったし、
相手は豪族の娘だ。
身だしなみ。そう、これは身だしなみ……。
そうだ! 棚にしまいっぱなしの、
真比登は沢山、
真比登は棚を引出し、適当にしまい込んであった物のなかから、一番上等と思われる、
奈良の貴族は、
真比登はもう一つ、今度は渋めの、
ふと、赤い縞模様の石があしらわれた、白い貝殻の首飾りが目についた。
「こいつ、どうすっかな……。」
真比登は棚にしまい込んであった首飾りを手にとった。
なかなか、
戰場で敗走する
牢屋にいる蝦夷達に渡すのは論外。
どうやって、蝦夷の郷に、この首飾りを届けるか。
いっそ、戰が終わるまで待って、勝者として蝦夷の郷に赴き、この首飾りを知る者に渡せたら良いかな、と思う真比登である。
きっと、あの
楽しい話ではない。真比登はため息をついた。
「佐久良売さまの
女官の声が扉の外からした。
* * *
佐久良売は、礼の姿勢をとった真比登に迎えられた。顔色は良い。すっかり毒は抜けたようだ。
「今日は、巻き物に書をしたためてきました。壁に飾りなさい。この部屋は、飾りが少くてよ。それとこれは握り飯です。……あら?」
竹編みの籠を机に置いた佐久良売は、引き出された棚にキラリと光る首飾りを見つけ、瞬時に
「女物の首飾りですって?」
真比登は佐久良売さまの剣幕にぎょっとして、
「えっ? いやこれは違うんです!」
と
「ふぎゃっ! 女物ぉ?! この浮気者!」
と大声をだし、これに肝をつぶした真比登は、
「ひぃっ、違う!」
と
「その
首飾りを真比登に突き出し、
「これは誰に……。」
言葉尻が消え、首飾りを己の首にかけ、
「………。」
顔から表情が消えた。
(悲しい。)
……うぅぅぅぅんてぇぇぇぇㇺかぁぁぁぁぁぁ……。
海鳴りのような、頭に響く音。
(悲しい……。行かなくては。)
「あたくし、行かなくては。」
場所はわかる。牢屋だ。
佐久良売は部屋を飛び出した。
↓挿絵です。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093077814135895
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