第三十五話  建怒朱雀

 輝慕きぼ門を騎馬が駆け抜けた。

 真比登まひとは、開けた平原、土煙と怒号の喧騒にいろどられた戰場をさっと目でとらえ、意識を研ぎ澄ます。すると、ひときわ、目につく場所があった。

 兵士の喧騒が、そこに集まり、異様な熱気が空に放出されている。

 数多あまたの戰場をくぐり抜けた真比登まひとは、たがえない。


「おらぁぁぁ! どけ───ッ!」


 日本兵に当たらぬよう気をつけながら、両の手の流星錘りゅうせいすいをふるい、障害となる賊を次々と薙ぎ払い、一直線に目当ての場へ駆けた。


 馬から降りた熊手くまてが、一人の斧を持った蝦夷えみしと渡り合っている。

 熊手くまて真比登まひとより大柄なおのこだが、相手のおのこはさらに大柄だ。

 ぶうん、ぶうん、と勢いよく振り回される斧は、よほど重いと見える。熊手も勇壮無比なおのこであるが、革のよろいにいくつも傷をつくり、脇腹から出血している。


「お───らああああ!」


 真比登まひとは騎馬でつっこみ、流星錘りゅうせいすいで蝦夷の頭を柿をもぎとるように打撃しようとした。

 敵はこっちを見、斧で防御した。


 ガアアン!


 重い感触、腹に響く打撃音がし、敵は、腰を落としたまま、ずずん、と後ろに下がった。足をふんばり、防御の姿勢を崩さないままだ。これでは、真比登の一撃は効いていないだろう。


(嘘だろ?!)


 真比登の一撃である。にわかには信じがたい。


熊手くまて! お前を死なせるわけにいかない。悪いが、譲ってもらうぞ。」

「すまない、真比登まひと……。」


 熊手をかばう位置に立つ。


「熊手っ。」


 と味方が熊手を回収した気配がした。

 敵は、ギラギラとした、殺意と、戦いの高揚に彩られた目で真比登まひとを見る。


「ウェンペ アナㇰ、ライケ。」

「なーに言ってんだか、わかんねぇよ。」


 真比登まひとは軽く言い捨て、


「はいやッ!」


 麁駒あらこまの脇腹を蹴る。


 イイイイイン!


 麁駒あらこまはいななき、まっすぐ斧を持った敵に駆ける。


「おらぁ!」


 流星錘りゅうせいすいを馬上からふるうが、敵が斧の背を上手くつかい、右の流星錘りゅうせいすいをいなした。真比登は流れるように左の流星錘りゅうせいすいを脳天めがけ打ち下ろすが、敵はぐんっと高速で身をひき、かわし、真比登まひとの右腿を斧で勢いよく狙ってきた。

 真比登まひとはとっさに左手の流星錘りゅうせいすいの動きをかえ、斧にぶちあて迎撃した。


 ガアン!


「!」


 なんと流星錘りゅうせいすいが弾かれた。両者、距離をとる。


(本物だな、こりゃ……。)


 このまま麁駒あらこまで攻めても良い。だが、あの斧は危険だ。麁駒あらこまに怪我をさせるかもしれないし、あの一撃をくらうと、下手したら落馬させられる。それに……。


「ここまでの強敵は、久しぶりだなぁ。」


 真比登まひとは敵を見据えたまま、にやりと笑い、ひらりと麁駒あらこまを降りた。


(大地に両足をつけて戦いたい。)


 真比登まひとの意思が通じたのだろう。斧のおのこが、ウワハハハ! と豪快な笑い声をあげた。大きな輪飾りが耳で揺れる。


「ウコイキ エアㇱカイ オッカヨ、エレへ マカナㇰアン? カイクー セコㇿ クレへ アン。」


 と、右手の親指を、ビッ、と己にあて、目が笑みの形になった。口から下は、立派すぎる髭におおわれ、表情が良くわからない。


「カイクー!」


 今のは、言葉が通じなくても、なんとなくわかる。


「カイクー?」


 相手はそうだ、と言わんばかりに、笑みの目で二回、頷いた。真比登まひとは、にこっ、と笑い、己を指差し、


「ま、ひ、と。マヒト。」


 と名乗る。カイクーも、


「マヒト。」


 と口から言葉を出し、名前を確認する。真比登まひとも、うんうん、と二回、頷いた。

 そして、ふっ、と息を吐き、表情を削ぎ落とし、雑念を全て捨てる。勝負に雑念を持ちこむ者は死ぬ。カイクーが、


「オオオオ!」


 と斧を持ってつっこんできた。

 真比登まひとは軽く足を踏み出し、くるくると回転しはじめる。

 流星錘りゅうせいすいは重い武器。

 上から下に打ち下ろしても良いが、下にさがったものを、上にあげるのにはかなり腕力がいる。

 それより水平にかまえ、自身が回転し相手にぶちあてたほうが、効率が良いのだ。

 回ることで、相手からも真比登まひとに狙いがつけにくくなる。


「らぁ!」


 斧とぶちあたる。一撃、二撃、カイクーは斧の背を瞬時に力を逃がす場所にあて、真比登の攻撃をいなす。斧を豪快に、そして繊細に扱う。

 こちらは大石。カイクーは鉄。

 真比登は怪力。そしてカイクーも……。


(お前も、持ってるヤツだな。神から愛された子。怪力に生まれたおのこ。)


 では、存分に仕合おうか。


 両者、一歩もひかぬ、重量のある武器で火花を散らす。

 一瞬の隙も許されぬ。

 刹那の気のゆるみで、カイクーは頭が地に落ちた柿のように潰れ、真比登の首は飛ぶだろう。

 くるくる、真比登はまわり続け、カイクーは、


「ウワハハハ!」


 と笑いながら、素早く斧をふるう。


(楽しそうだな。この命のやりとりの場で。)


 つい、その声にのせられ、真比登まひとの口元も笑ってしまう。

 真比登は軽い足取りの旋舞で、幾度いくたび流星錘りゅうせいすいでカイクーを殴打しようとする。カイクーは、斧でさばき、目を血走らせながら身体を踊らせ、しゃがみ、時には真比登の回転にあわせ回り、隙をついて真比登の挂甲かけのよろいに斧を当て、ガギッ、と傷を走らせる。

 両者の力は拮抗しているか。


建怒たけび朱雀すざく!」

「おお、建怒たけび朱雀すざく!」


 と、それぞれ戰いつつも、ちら、ちら、とこちらを見やり、勝負の行く末を気にしている兵士達の鼓舞が聞こえる。


建怒たけび朱雀すざくという二つ名は、派手すぎて、照れる。

 それに、荒ぶる朱雀、というのは、あってない。

 憎くて戰うんじゃない。

 暴力に陶酔して戰うんじゃない。

 いつも、頭の芯は冷えて、オレは冷静だ。荒ぶってなどいない。)


 胴狙いの斧を、流星錘りゅうせいすいを使って弾き。

 膝狙いの流星錘りゅうせいすいを、斧で弾かれ。


 真比登まひとの腕の筋肉が、連続の技に、みちみちと悲鳴をあげる。心臓しんのぞうがどくどくと脈打ち、息は荒く、全身が熱く、カア、となる。

 まだまだ腕に力をこめ、足を高速でさばき。

 集中を途切れさせず。

 精神を研ぎ澄まし。

 勝て!


 真比登まひとの左手の流星錘りゅうせいすいが、カイクーの防御をはじいた。肩を打たれたカイクーは右にふっとび……と思いきや、


「ホ!」


 と気合をいれて、ぐるっと右向きに一回転し、勢いの載った斧の刃で、がつっ、と真比登まひとの右腕を大きくえぐった。衝撃の重さに、真比登まひとはぐらつき、右肩の袖のよろひが弾け飛び、血が、ぶしっと吹き出す。


「!」


 白藍(あさい藍色)の袖の衣がざっくり斬られ、なかから、血とくれない鮮やかな布が───。




 飾り布のはしがちぎれて、空中を舞った。




(ダメだ! それは佐久良売さくらめさまの……。)




 真比登まひとは思わず、左手の流星錘りゅうせいすいを手放し、その切れ端に手をのばし───。


「!」


 左手で切れ端を握るのと同時に、右肩の後ろに、とす、と衝撃を感じた。

 ついで、ビリビリビリ、と右肩が痺れ痛んだ。

 吹き矢を叩きこまれた。


 あと少しすれば、痺れ毒により、真比登まひとの動きは緩慢となり、昏倒こんとうするであろう。


 カイクーがこの隙を見逃すはずもない。斧を上段におおきく振りかぶった。

 致死の一撃。


「う───おお───おおお!」


 真比登まひとは右手の流星錘りゅうせいすいも手放し、ドン、と大地を蹴り、姿勢を低く、低く、カイクーの左脇を前に一回転して一気にすりぬけた。


「ムゥ!」


 カイクーが打ち下ろした斧を地面深くめりこませた。


「お───おお……。」


 真比登まひとは前に一回転したあと、足を大地に突き刺すように、動きを前向きから、横向きの回転に変え、右手はスラリと大刀たちを抜き、振り向きざま、背中を向いたカイクーのふくらはぎを、両足とも一直線にいだ。

 ぱつぱつ、とまわりに飛んだのは、真比登まひとの血であり、カイクーの血だ。

 がく、とカイクーはひざまずく。


「おらぁぁぁぁ!」


 素早く立ち上がった真比登まひとは、気炎をふきあげ。

 熛起ひょうき(火の粉散る早さで)。

 カイクーの首を一刀両断した。

 ごとん、と首は落ちた。

 真比登まひとは、己が裂帛れっぱくの気合を発する時、猛火もうかの翼持つ朱雀がたけえるが如く、熱い気炎をまわりに揺らめかせている事を知らない……。


 わああああ、と戰いを見守っていた兵が声をあげる。


「はあ……、はあ……。悪いな、オレは、負け知らずなんでな……。」


(本当の事だ。

 戰において、負けは死を意味するのだから。そして、勝ちと負けの差は紙一重だ。お前が勝ってたって、ちっともおかしくはなかったさ、カイクー。)


 荒い息がおさまらない。

 右腕から血が流れる。

 ひどく汗をかき、身体が痺れる。


「はあ……、はあ……。あな安らけ、しず御魂みたま……。」


 左手を硬く握りしめる。

 さきほどは、くれないの飾り布の切れ端ごと、大刀たちを両手で握った。

 切れ端は、今も左手にある。無くしてない。


(───佐久良売さくらめさま……。)


「真比登! 大丈夫か! 

 ………! …………!」 


 視界のはしに、駆けてくる五百足いおたりが見える。何か叫んでいる。

 耳が聞こえない。

 何を言っているかわからない……。







 視界が暗転し、真比登は気を失った。



 









 かごのぼっち様より、ファンアートを頂戴しました。

 かごのぼっち様、ありがとうございました。

https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093079815793347

 


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