第三十六話 我を可鶏山の
かづの木の
※
万葉集 作者未詳
* * *
「そんなに、ご自分の頬を叩いてはいけません。
佐久良売は、
(なぜ、貴族の息子が、一兵士の姿で、
わけがわからない。
でも、あたくしは、この方に以前、
「わかりました。」
「オレは……。オレは。」
嶋成は、話がしたい、と言いながら、言い
「百合の花束をありがとうこざいました。」
「えっ?!」
「あの花束は、ぐ……、
「あ、あいつめ……。」
嶋成は顔を赤くした。
「縁談の席の非礼を、謝罪いたします。あたくしを許していただけますか?」
「!」
嶋成が驚いて息を呑んだ。
* * *
一月前になるか、ならないか。
佐久良売が
佐久良売、二十三歳。
嶋成、二十一歳。
縁談で初めて会った嶋成は、
「
と言ってきたので、
漢詩をわかるか、ふっかけてやり、言葉につまった嶋成に、
「これが
と川魚の煮付けを顔面に盛大にお見舞いしてやった。
……赤い魚ではなかったのが悔やまれる。
「何するんだ、こんちくしょう!」
嶋成は真っ赤になって叫び、
「こんな縁談、こっちからお断りだ!」
と縁談の途中なのに、席を立ち、帰ってしまい、それきりになった。
* * *
「オレは、酷い事を言いました。
あの時のオレは、失礼だと思わずに、あんな事を言ったんです。佐久良売さまは、細身であっても、
バカでした。許してください。」
嶋成の目には、
「あたくしも、今考えると、やりすぎました。………では、あたくしも謝罪し、嶋成さまも謝罪してくださった。それで、もうこの件は、よろしいでしょうか。」
「まだ、訊きたい事があるのです。縁談では、オレが失礼な事を言ったから、
でも、オレが失礼なことを言う前から、
なんでです? なんで、オレとの縁談、そんなにイヤだったんですか? オレの、何が……。」
「嶋成さま。それは違います。」
「違うんです……。聞いてください。あたくしは……、あたくしは……。」
「あたくしは、
初恋と呼べるようなものは、まだ
奈良では、
「
───何かがおかしい。
あたくしは、恋ができない?
抱かれれば、何か変わるだろうか?
そう思い、熱心に
……条件の良い
「でも、ちっとも心は動かず、冷え冷えとした心で相手を見ることしかできませんでした。甘い言葉を言われても、返事さえ
始めは新鮮な驚きで、
あの関係は、酷い裏切りで終わったが、そうなる前にとっくにあたくしは、あの
───
そうやって自分の心から目を逸らし、ずるずると関係を続けてしまったのだ。
「あたくしは、家族のことが大好きです。お父さまも、
でも、
あたくしは、欠落を持って生まれてきたのでしょう。
あたくしは嶋成さまと
このような
あたくしは恋ができない。
だから婚姻もできない。
あたくしを、妻にできる
「………もしかして、それで、他の縁談も断り続けたんですか?」
「そうです。」
嶋成は黙った。
「
こんな愚かな
あたくしは、ここで、家族と過ごし、お父さまが黄泉渡りしたら、一人で生きていくのです。
それがあたくしの望みです。」
「佐久良売さま……。」
そこで、道の向こうが騒がしくなった。
「どけどけ!」
「わあっ。」
と
「何かしら?」
「いってみましょう!」
見ると、坂道に
「バカ野郎! いきなり飛び出してきやがって!」
「そっちが前を見てなかったんだろうが!」
と言い争っている。
その負傷兵は、
「きゃああああ!」
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