第三十四話 米菓子が食べ終わりません。
「お姉さまは縁談のたび、相手の
いろんなお相手を父上が見つけてきましたが、全員にそうでした。
まるで、自分に恋をするな、そう
お姉さまは、あたくしや、塩売……、あたくしの女官から、恋の話を聞くのは好きですが、お姉さま自身の恋の話となると、貝のように口を閉ざし、けして話してくださいません。
なぜかはわかりませんが、心の扉をかたく閉ざして、
ですが、あれは一昨日のこと……。」
そこで
「例え話に、はじめて乗ってくれました。好みの
怖くない、と言ってくれる男。
花束をくれる男。
例え話にしても、ずいぶん具体的ね?
まさか、誰かお姉さまに、実際にしたのかしら? こんな大胆な事を……。」
(!)
(それはオレだ。
この身分の高い初対面の
その様子を、
「明らかね。あのね……、昨日、お姉さまが泣いたのも、騙された屈辱だけじゃないと思うの。
きっと、あなたは初めて、お姉さまの心の扉の取手に、手をかけられた
そんな
許せませんし、残念です。
お姉さまの心の傷は、計り知れません。
でもね、こうも思うのよ。
もし、真実、
そこで
「穢れを避ける時期をすぎたら、あたくし、
「えっ?!」
もう何を言われているのか、言葉は耳に入ってきているはずなのに、頭がまったく理解してくれない。
真比登は真っ赤な顔で
「あわあわあわ。」
と言った。
「話はこれで終わりではないわ。覚えておいてほしい事があるの。
お姉さまは、これまで五回、縁談をしているけど、そのうち、四回、当日に火事が起こっているの。
残り一回は、
(なんだ、その火事の数の多さは。)
「そんな……、あり得ない。」
「事実よ。」
(まさか、付け火……?)
「どんな火事だったんですか?」
「
規模も、そんな大きくないの。
でもね、必ず、縁談が行われる、夜の時間に火事がおこるの。
偶然にしては、誰かの悪意を感じるわ。」
(そうだ。偶然とは考えにくい。)
「心あたりは……?」
「ハッキリとは……。ただお姉さまは、これまで縁談のお相手を断る時、なかなかひどい断りかたをしてきたそうなの。もしかしたらそれで……。」
「一番ひどかった奴は?」
「一番始めに、縁談をなさった方よ。
縁談の最中に、料理の入ったお皿をお姉さまから顔面に投げつけられて、激怒して帰っていかれたそうよ。
貴族の息子、我々豪族より位が上のお方だから、きっと誇りが大きく傷ついたと思うわ。」
「残りの三人の方は、もう、別の
「その貴族の息子の名前は?」
「
* * *
六千人の兵が移動するなか、
「嶋成───ッ!」
声の大きさに、まわりの兵がぎょっとして足を止める。しかし、応答する声はない。
「
嶋成ではなく、金ぴか
「真比登。遅かったな。軍議の内容は
だが、次の言葉を聞いて、目を
「そうだ、
今朝言いそびれたが、おまえ昨日、
なんでもないように、そんな重要な事を言う大川さまに、
両肩をつかみ、言葉を叩きつける。
「嶋成の父親が貴族だなんて知らなかったぞ!
なんで貴族の息子が、
「本人が
「
呼ぶと、ひょっこり
「どうしました?」
「
「え? 新入り? 今日は……見てませんね。おい、誰か見たか?」
皆、首をかしげる。
そのうちの一人が、
「多分、非番じゃないか?」
と言う。
「クソッ。」
と吐き捨てる。
ざわざわ、と一の
「
南の平原へ、増援願う! 強い賊有り、
「……!」
額には青筋が浮かび、鬼神のような憤怒の表情をしている。近くにいた兵士に、
「
と怒鳴るように言いつける。
「
と頷き、引き返し、
「騎馬兵、騎乗!
疑念と怒りを振り切るように、風のごとく、南門へむかい駆けてゆく。
* * *
その頃。
頬からは涙がつたっている。
(涙が止まらない……。どうしよう。)
早く、医務室へ行かねば。
なのに、足が重く、のろのろと歩いてしまう。
心が虚ろのがらんどうだ。
(そんなに……、あの
騙された。許せない。酷い。もう嫌い。
そう思うのに、なぜか、あの
悲しそうな顔を。
そう。あの縁談の場で、さみしいぞ、とのつぶやきが聞こえたあと。怒りのまま振り返ったら、あの男は、とても悲しい顔をしていたのだ。
助けられた帰り道、馬上で目があった時も。
深い悲しみを、その顔に浮かべていた。
あれも。
あれも。
あれも。
全部、偽りだったの?
そんなの悲しい、やるせない。
(あれは偽りじゃない……。)
そう思いたい自分がいる。
なんでだろう? どうして、こんな酷い裏切りをした相手のことを、まだ、信じたいと思うのだろう?
あんな
そう思うのに。
一兵士だろうが、本当は
もう二度と会うことはないのだから。
そう思うのに。
涙がでる……。
駄目だ、こんな顔では。今日も、負傷兵が待ってる。医務室で、頑張らなくては。
しっかりしなさい、
「うっ……。」
足りない。
まだ涙が止まらない。
ぱん。
反対の頬も打つ。
まだ。
再度、右頬を打とうとしたが、その右手首を掴む手があった。
「あっ!」
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