第三十二話 大川さまのご趣味
三虎が大川の部屋に戻ると、床に大柄な
「すまない……。オレの天女……。すまない……。」
と
「なんですかこれ。」
と
「
今夜はここで寝かせる。」
三虎は、はっ、と目を見開き、
「大川さま、とうとう、そういうご趣味が……!」
「はっ?! いや
「そうです、か……?」
と、
「オレなんて、
オレは一生、
と、ぼろぼろっ、と涙を流した。
三虎は無表情のまま膝をつき、
ぼぐっ、と打撃音が響き、
「あがっ!」
と真比登は倒れた。大川は、
「あ。」
(三虎は
と思い、三虎は、
「こうしておけば良いんです。」
(ふん、大人しく寝てろ。)
と思った。
三虎は部屋の隅から、ごそごそと予備の
「
三虎が、大川を見た。振り返った顔は無表情。
「……ずっと泣いてました。そのまま部屋でお休みになったようです。人参と
「そうか。ご苦労だった。衣代なんていらないのにな。」
大川はふっと笑い、
(ずっと泣いてたのか……。)
「可哀想だな……。」
と、ため息をついた。
* * *
朝。
(ここ、どこ……。)
頭がズキリと痛む。
顎もヒリリと痛い。胃の腑がむかむかとする。
硬い床で寝かされている。
ゆっくり昨日の記憶が蘇る。
(やっちまった。酔って暴れちまったな……。顎の痛みは、鮮やかに大川さまに打ち抜かれた名残りだな。)
右手を後頭部にやると、たん
これは心当たりがない。
「皆に大きな怪我をさせてなきゃ良いけどな……。」
「
真比登は、がば、と上体を起こす。
「大川さま!」
「おはよう
「おはようございます……?」
衣の整った大川が、倚子に座って、微笑みながら、床の
朝日が押し出し
なんだか、いつもより艶がある。
(なんでだ?)
見ると、大川の髪が濡れている。水気をふくんでしっとり輝く髪が、ただでも美男の大川の色気を何倍にも引き立てている。
大川からは高そうな香木と甘い花の……
「えっ、オレ……? とうとう
「いやお前も大概だな。そんなわけあるか。」
大川がじとっ、と半目になる。
「そうですよね。失礼しました。昨日はすみませんでした。オレ、暴れてしまって……。お怪我はありませんか。」
「ああ。暴れた事は気にするな。
真比登、話をしよう。私の部屋に酔ったおまえを運ばせたのは、軍議前に話がしたかったからだ。
今回の事は、もとはと言えば私が、嫌がるおまえに縁談を押し付けたせいだ。悪かった。
そこでだ。この戰が落ち着いたら、佳き
私はこれでも
望むままの
どのような
「いりません。」
その表情は打ち沈んだ、暗いものだった。
「大川さま。オレの右の眉上に、傷があるでしょう?
これは、昔、
オレは、
「そんな
「そうかもしれません。
でもオレは、
それより今のまま、
「
触っても
そんな人を、オレは騙して傷つけてしまった。」
真比登は、右腕の傷を左手で触った。衣の下には、
───傷口が早く癒えますように。
この飾り布は、綺麗に洗って返すべきだ。
身近に身につけていたものは、呪具の対象にもなる。きっと、佐久良売さまは、
(飾り布を綺麗に洗ったら、返しに
でも、
そもそも、豪族の娘が医務室にいて、
(きっともう、直接、会うことはかなわない……。
もっと早く、偽りだと告げていれば良かった。
賊の襲撃から救い出してすぐ、縁談に配下を行かせたと、謝罪していれば良かった。
そうすれば、
こんなに
いや、騙した事に変わりはなく、早かろうが遅かろうが、
オレが、ただ、
すまない、
大川が気遣う目を真比登へ向けた。
大川からも、哀しみの気配が溢れだした。
「ではこの先、妻を作らないのか。
死ぬまで
「この数日間、オレは浮かれすぎてました。有頂天で、ずっと、ワクワクしていた。もう充分、幸せな夢は見ました。」
「そうか……。」
大川が小さい声で、
「では、おまえは、私より幸せなのかもしれないな……。」
とかすかに苦笑しながらつぶやいた。
カタン。
大川が倚子を立ち、優しいけれど
「慰めにはならぬかもしれぬが……。」
片膝をつき、
「私の秘密を教えてあげよう。」
左手で邪魔な髪をかきあげ、真比登の耳に顔を寄せ、ささやき声で耳たぶをくすぐりながら、
「……私は
とささやき、真比登の耳から顔を離した。
「え……? でも……、子どもが。」
「黄泉渡りした兄の子を養子にした。私に妻はいない。私も、生涯一人身のお仲間かもしれないぞ。」
至近距離から真比登を見る大川は、初めて見せる表情……、皮肉げで寂しそうな笑顔を浮かべた。
思わず、真比登はじっと大川を見た。
二人、見つめ合う。
「入ります。」
床に座る
「ンまっ!」
と赤い顔で口元を押さえて、固まった。
三虎は無表情のまま二人を見て、
「これはご趣味が……。」
と真顔で言った。大川が慌てて立ち上がり、
「違う、違う、誤解はするな! そんな目で見るんじゃない!」
と両手をぶんぶん目の前でふる。
真比登は居心地悪く、頬をぽりぽりとかいた。
「ほーら三虎! そこの女官はどうした?」
「
と真比登を見て言った。
「副将軍殿。そこの
軍監殿。お早く身支度を。その顔の左半分は、きっちりお隠しくださいませ。
あと、
よろしいですね?」
と冷たい目線で
* * *
かごのぼっち様から、ファンアートを頂戴しました。
かごのぼっち様、ありがとうございました。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093079725364470
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