第三十一話 手持ち無沙汰に立つ男
副将軍、
万一、
先ほど、
「一人にしてくださいってお願いしないと、一人にもなれないの?!
出ていって!」
と佐久良売さま付きの女官に辛くあたり、女官は部屋を追い出された。
その時に、三虎は
(あ、
……ま、良いか。)
女官は泣きながら
三虎は
(自分も
もっとも、三虎はもともとあまり表情が動かない
部屋のなかは
泣き声などは聞こえず、静かだ。
時々、かた、と人が動く気配がするので、死んでない。
ガララ……。
部屋の
左手に、酒壺を持っている。
「まあっ、主の
ふん、と鼻で笑い、
「あたくしを
挑戦的に笑いながら、右手でぐい、と薄紅色の夜着の胸元を開いた。
浄酒の匂いと、
* * *
(可愛げのない
そう佐久良売は不満で顔をしかめるが、従者を注視すると、酔った佐久良売でもわかるほど、息遣いが荒くなっている。
(あら……。)
と佐久良売は機嫌を良くする。従者を
「眠れないの……。」
(こっちに来るかしら?)
こういう時、
従者は一歩、こちらに踏み出しかけ、……それ以上動かない。ややあって、
「あなたは酔っている。
───そしてオレも。
心に決めた、たった一人の
と静かに言った。
(何よ、それ!)
袖にされた事だけは、良くわかった。
「これは駄目にした衣代です。人参と
と小包を従者の胸に押し付け、
「もう消えなさい。あたくしはどこにも行きませんっ!」
返事もきかぬまま、ガララ、と勢いよく
初めて
惨めだった。
「あたくしってそんなに魅力がないの……?」
そんな言葉が口からもれる。
おかしい。
だが、どうやら、自分の容貌を過信していたらしい。……年齢を考えるなら、それもそうだ。もっと自分の認識を改めねば……。
「…………。」
ガン、と木の枕に強く額を打ちつけた。今夜は眠れそうにない。
……いや、やっぱり、
あとから、顔をあわせるのが気まずい。
あの従者は、肌艶の良さ、着ている衣の質の良さで、一目でこちら側の人間……良い家の者だと分かった。
あんな目の腫れぼったい男の事など、なんとも思わないが、主である副将軍殿の罪を償わせるのには、ちょうど良いと思った。
似合わない事をした。
あんな事を言うんじゃなかった。
後悔で身体が火照る。
───あの
涙があふれ。
───何が妻にしたい、よ。嘘つき嘘つき! 名を偽って入れ替わってたくせに。
木の枕に額をこすりつけ、唇を噛み締め。
───あたくしをバカにして。騙して。
嗚咽がこみ上げ。
───無断であたくしの
泣きすぎて目が腫れ、痛い。
───悲しみと優しさの混じった目であたくしを見て。
泣きたくないのに。
───真剣な顔であたくしの手を握って。
泣き止む事すらできない。
───怖くないって、あなたが言ってくれたのに。
あまりにも惨めだった。
あまりにも。
(あたくしは
もう嫌。
嫌い。
あんな
* * *
知らずして
綺麗に見える明日香川の、下は濁っているとも知らないで、あなたとふたり、夜を
万葉集 作者未詳
* * *
あたくしは、怖い
たしかに、あたくしの怒ってる顔は、見てる人からしたら怖いだろう、と想像がつくから。
でも、その怖い
奈良で
熱烈な
恋文自体は、珍しいものではない。想いがなくても数をばらまく、
ただ、その
その
地方の豪族の娘にすぎない佐久良売からしたら、願ってもない良縁といえるであろう。
実際会ってみたら、顔だって悪くなかった。
重ねた夜は一度や二度ではない。
ある日、うっかり
「鬼より怖い
「ふん、
「ちっくしょう。こんなに簡単になびくなんてなぁ……。」
「はははは……。」
嘘だった。
初めから、何もかも。
甘い
全部、汚い
今の
だが、その時は、衝撃で足が震え、泣きながら自分に与えられた采女の部屋に逃げ戻る事しかできなかった。
(そんな評判、あたくしが望んだ事じゃない!)
その
それどころか、どんな
「
と訊かれても、
「あたくしはそういう話はいたしません。
と、ツン、と顎をそらした。
悲しい事や、悔しい事があれば、
心のなかで呪文のようにつぶやいた。
二十歳をすぎ、このまま采女としてやっていき、年老いたら寺に入るか、郷に戻って一人で死ぬのだろう、と、腹も決まった。
あたくしは婚姻しない。
恋もしない。
あたくしを数に入れないで。
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