第二十九話 貔貅 〜ひきゅう〜
背の高い
「
大川は容姿
その大川が、
ぎくり、と大川が
だが、ごく、と一回唾を呑みこんだだけで、立て直し、理知的な笑みを顔に浮かべ、穏やかな物腰で話しはじめる。
「
今日び、
その条件を満たした上で、この
その
しかし、顔に
だから今回、縁談に代理をたてたのも、相手があなただったからではない。相手が誰でも同じ事だったでしょう。
私は歯がゆいのです。
ただ、こいつが自分を恥じ入っての愚行である事だけ、ご理解いただきたい。」
「もうけっこう!」
佐久良売は大川の頭のてっぺんから、
「!」
爽やかな紫蘇の香りがぷんと匂い立ち、赤い水まみれになった大川は、たいそう驚きつつも言葉が出ず、ひくひく、と頬を引きつらせた。
左手だけ、大川をかばう事が間に合った三虎が、遅れて
ガシャン!
(悔しい。)
騙されたのも悔しければ、豪族の娘の泣き顔を衆目に
「皆であたくしを騙して、笑いものにしていたのね!
さぞや良い酒の
その言葉に、
* * *
目の前で、
怒っている。
傷ついて。
恥をかかされて。
そうさせたのはオレだ!
こんなの望んだ事じゃない。傷つけたかったんじゃない。違うんだ。本当に恋うているんだ。心から恋うているんだ。オレの天女。
どうすれば良い。
どうすれば、
どうすれば、傷つけられた誇りを、すこしでも回復できる?
一番、オレにできる事をしろ!
* * *
「ちがう、そんな事はない、オレは、オレは、
わあ。
とまわりがどよめくのと、
木桶は命中し中身の握り飯がぶわっと広く散乱し、真比登は、倒れた。
佐久良売は身体を前に折り、力のかぎり大声を出せる体勢になり、
「玉の
喉がさけるほど叫び、わああ、と泣き声をあげながら走り去った。
「お恨み申し上げます。副将軍殿。佐久良売さまが朝から摘んだ紫蘇で作った
それだけ言うと、
「佐久良売さま、佐久良売さま!」
と名前を呼びながら、さっと駆け去っていった。
大川は、まだ呆然としていたが、三虎に白い
「……まさか、本当に井戸に身を投げたりしないよな?」
三虎は困ったように無言でいる。
「身投げなど、間違ってもないように、
「はい。」
三虎は頷き、姿を消した。
兵士たちはばらけて、後片付けを始めた。
「ああ〜、もったいねぇなあ。」
「うべなうべな。(そうだそうだ)」
「怖い
「斬首じゃなかった。」
「あやうく
「怖ぇな。」
「うべなうべな。」
など口々に、握り飯を拾う。
「うっ……、うっ……。」
「
と声をかけているが、反応がない。
大川は、
「皆の者、今夜の事は他言無用。
「
と兵士たちに有無を言わさず了承させた。そしてダンゴムシのような
「今は話せないな。私は着替える。う〜、べたべたする。」
とすこし涙目になって、自分の部屋に戻っていった。風にのって、
「───はぁ、怖かった……。」
という
「ほら〜、こういう時は呑むにかぎるよ、元気だせ、真比登よぉ。」
と数人の兵士で、ダンゴムシの真比登を焚き火の側に移動させる。
「うっ……、うっ……。」
と泣き、皆から進められるまま、浄酒を呑む。
呑む。
呑む。
べろべろに酔いはじめ、目がすわり、
「ううううう。」
と唸りだし、おもむろに立ち上がり、近くのクヌギの木を拳で殴りはじめた。
ガン!
ガン!
容赦なく拳は打ち込まれ、怪力に幹はしなり、葉はざわざわと揺れる。
「真比登……、悪い呑みかただぞ。」
目のすわった真比登が、じろ、と
「わっ!」
と驚く
「ん〜!」
と
ぽん。
酒壺が空になって、やっと解放され、できあがったのは、
「な、な、なにするんだよぅぅ〜、ぅひっく。」
泣きっ
この
「ひどいよおおぅ〜。うわああああん!」
「おい、足を痛める。やめろよ、
と兵士が声をかけるが、
「
「やべえ! 止めろ!」
皆、顔色を変え、慌てて
「オレ大川さま呼んでくる!」
と
* * *
「
「わかった。」
と
白い絹の夜着が闇夜にひらめく。
大川と源が戍所につくと、庭の中央に、
手には
まわりには、十人ほどの
離れたところでは、
「まるで
大川が秀麗な顔をひそめて、至極まっとうな事を言う。
じろ、と大川を睨んだ
大川は軽い動きでかわす。
高速の応酬。
両者、止まらない。
大川は木の幹が天にむかい伸びるように、背筋をまっすぐ保ち、足さばきは川の流れのように、するする、無駄なく動く。
全てさばく。
大川の髪の毛上半分を結った
髪の毛の下半分、胸下まで垂れたまっすぐの黒髪が、絹糸のようにさらさらと舞う。
無駄のない美しい動き。
まるで舞い。
顔面狙いの
「はっ!」
懐深く、低い姿勢から、
「良い一発、だ、ぜ……。」
真比登はどこか満足そうな笑顔を浮かべ、仰向けに倒れた。
沈黙。
「ふう。」
汗をかいた大川が肩で息をつくと、
おおおお〜。
まわりから喝采と、拍手がおこる。
韓国源がすかさず、
「ありがとうございます。大川さま。」
と礼の姿勢をとり、感謝を述べた。大川は
「いいさ。元はと言えば、私が種をまいたようなものだからな。呼びに来てくれてありがとう。ついでに、こいつを私の部屋に運んでくれ。」
「え?」
「こいつは、今夜、私の部屋で寝かせる。明日、軍議の前に話がしたい。」
「わかりました。」
ここは戰場である。人を運べる荷車がある。源はじめ、何人かで、
その人影を見送った兵士たちは、
「
「皆見てるなかで断られて……。」
「可哀想になぁ。」
と、しんみりとした。
大川は荷車には触らず、ただ先導をする。荷車を運ぶ
「あの赤い水、乾くとどうなんの?」
と大川の長髪に手を伸ばし、ギュッと握った。
「あっ、やめて! 触らないで! べたべたしてるんだよ! あれ蜂蜜入ってたんだよ! 夜じゃ髪の毛洗えないんだよ!」
と振り返った大川は真剣に嫌そうな顔をした。
「えっへ……、ごめんなさい。」
源はすぐに手を離し、愛嬌たっぷりの笑顔で謝った。
皆で
その頃、
「うわーん、うわーん!」
と大岩を抱いて、庭で泣き続けていた。
「しょーがねぇ。こっちも一発、やるか。」
「
「うべなうべな。」
その後すぐに、
さて、
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