第二十八話 握り飯
軍監殿は
後ろには、
幸い、蜂蜜をたっぷり入手できた。
紫蘇を揉んで水につけると、綺麗な赤色になる。紫蘇を
だから今朝、この赤紫蘇水を仕込んでおいたのである。
ぴた、と
「そうだわ、
突然、思い立った。
飲み物だけより、きっと、握り飯があったほうが喜ばれる。
あの兵士は、握り飯を、あれだけ美味しそうに食べていたのだから……。
(握り飯をふるまい、その握り飯をあたくしが手ずから握ったのよ、と言ったら、あの
きっと、照れて、また、
「もったいない事です、もったいない事です。」
と繰り返すかもしれない。
(きっと、驚くわ……。)
「ふふ……。」
「なんですか?
と可愛い
「なんでもないわよ。さ、
と女官を促す。
「はあ……。」
ああ、
六千人の征討兵は自分達で自炊をするが、やはり
八つの
カッカッカッ、とまな板を小刀で叩く小気味良い音が響いている。
十代半ばであろうか?
雀色の衣の若い
「
あたしは
と
「
と言うので、
「はあ、なるほど……。」
と
食べるに困らない女官とはいえ、贅沢に食事ができるわけではない。
このようなふっくらした体形の
雀色の衣も、女官のものではなく、
「
訊ねると、
「あはっ! そうです、違います。兵士つながりで、ここに置いてもらってます。やる事ないと、暇なので!」
と明るく笑う。
「さ、握り飯、いくつ作りたいです? 具材は何にしましょう?」
と小鳥売から訊かれる。
「ええと、
「ふむ。五百!」
「もっと少なくても……、良いわ。」
「おや、喧嘩になりますよ。ま、いっか! 早い者勝ちでも。夕餉は別にあるんだし。」
しししっ、と
「じゃあ、三百。そうね、梅干しの残りがここに……、あった! あたしは梅干しを細かく刻みます。二人は手を洗ってきてください。ねーえ、
と小鳥売が仕切りはじめた。
「おお……。」
と関心した。
「上手でしょ?」
「はい。とっても!」
小鳥売は、楽しくお喋りしながら、他の女官にも、
「手伝って!」
と声をかけ、あっと言う間に三百の握り飯を作り終わった。
握り飯の入った大きな
若大根売は
さっそく、
「なーっ、今度、剣を教えてくれよ! 強いの知ってるんだぜ!」
という大きな声が聞こえてきた。
(あれは春日部真比登さまの声。でも、変ね。あんな甘えた口調で、剣を教えてくれ、って、
ちょっとの違和感。
だが見過ごせない、と
佐久良売は顎をしゃくり、物陰に若大根売とひそんで、様子を
背の高い春日部真比登さまが、彼よりすこしだけ背の低い、ムスッとした顔の
(なあに? 本当に
「いいだろー、教えてくれよ!」
「やらん! オレは大川さまの従者だぞ!」
中肉中背の、新しい人影が近づく。
「なにぃ〜!
「や・ら・ん! バカなのか。
充分だ。頭から血の気が引き、手はわなわなと震えた。
すぅ、
* * *
「
遠くまで響く
「ヒッ!」
と
物陰から姿をあらわしたのは、うつむいて顔の見えない
「まずい……。」
とその場から素早く消えた。
ざり、と砂利のしかれた庭を
途中、嶋成とすれ違い、
「あ……。」
と嶋成は目を見開いた。
「オレ、
くる、と踵をかえし、脱兎のごとく逃げ出そうとしたが、
(すごい力だ……!)
背中から妖気を感じる。
怖い。
振り向きたくない。
「これはぁぁぁ……、どういうこと……?」
地獄の釜の底から響いてくるような声がする。
おそるおそる、
まだ、
ゆっくり、顔をあげる。
そこには、歯をむきだし、目が血走り、青筋が浮き、額に皺がうねうねと入った、
(ぎゃあぁぁぁ……! 怖ぇぇぇぇ!)
「洗いざらい話します……。」
* * *
なんだが兵士がざわざわとしている。
「なんだ?」
と
ゆらり。
と木桶を抱えた、細身の
顔は見えなくとも、髪型、衣、ほっそりした体つきでわかる。
怒気であろう。どう、と真っ黒い淀んだ気をまわりに放っている。
瞬間、
生存本能というものである。
「
と地獄の鬼の忠犬のように、
そこではじめて、
笑っている。
何よりも怖い、見る人の血の気をひかせ、小便をもらさせるような顔で、笑っている。
「あひッ!」
あまりの恐怖に、罪人は、がたがたと震えはじめた。
「はじめから騙してたのね。」
怒りのあまり頬が引きつり、青筋が浮いている。
「全て醜い嘘だったのね。」
「あうあうあう……。」
「耳をそぎ手足の指を落とし焼けた
激昂した。
きゃっ、と見守る兵士たちは耳やら指やら股間やらを押さえた。
「待たれよ!」
そこに、凛とした美男の声が響いた。
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