第十四話 天女の夢
夜。
寝床に身を横たえて、
今日も疲れた。
足を切断した負傷兵は、気絶から目が覚めてから、ずっとすすり泣いていた。
今も医務室で、ひそやかな声ですすり泣いているのだろうか。
腹に大きな傷を負った、うつろな目をしていた負傷兵は、明日まで
そこで
自分だって、今日無事でも、明日はどうかわからない。
皆、
だがもし、万一、築地塀が破られたら。戦えない者が逃げるにしても、
そもそも、築地塀があるからと、安心ばかりしていられない。
築地塀があっても、ここは戰場である事に変わりない。
げんに昨日、攫われかけた。
助けが間に合っていなければ、どうなっていたか。
覚悟の上で、ここに戻ってきたはずだった。
休もう。
夜、早く休まねば、身体が保たないだろう。
そう思うのに、
意識を手放して無防備な眠りに入る前に、心のよろいの隙間から、弱気がすきま風となって忍びこんでくるようだった。
何も考えず、安らかな眠りについていた夜に、戻りたい。
早く戰が終われば良い。
お父さまが死んだりしないように……。
もう誰も傷ついたりしないように……。
様々な人の顔が心に浮かんだ。
お父さま。
花束をくれた人。福耳の真比登さま。
あと……あの人。
「あなたは怖くない。」
と言った人。
───そんなことないのに。
実際のあたくしは……。
などどいう事は、
───怖くて結構。
甘ったれた行動には、いくらでも怖い顔で叱りつけてやるわ!
長い采女の生活が、そのように、
新顔の采女は、甘ったれた
怖いと言われたって。
かまわない……。
そう思う
「あなたは怖くない。
そんな事を言うヤツは、本当に怖い目にあった事がないヤツだけだ。」
(あんな事、初めて言われた。
変な
あたくしが怒った顔を見て、頬を一回ぶたれてるくせに。
なんでそんな事を言えたのだろう?
変な
豪族の娘に
そのような、
真剣な顔だった。
まことの心から出ている言葉だと、なぜか、伝わってきた。
しかしそうなると、ますます、わけがわからない。
(お父さまや
その二人からも、怖くない、なんて言われた事がない。
家族以外は、皆、あたくしの事を怖いという目で見る。
やはり、あの
「あなたは神々しくて……美しい天女のようだった。」
言われた瞬間、その言葉が、なぜか胸の深いところまで、まっすぐ届いたのがわかった。
歯が浮くような言葉を
だが今まで、その言葉たちはどれも、風に吹かれる雲のように、あたくしの頭上をさーっと通り抜けただけだった。
なぜだろう?
何が違うのだろう?
真面目ぶった顔で、近い距離から、目をそらさないで言ったから?
頬をぶってやろう、とふった手を、あっという間につかまれて、その後はびくとも動かなかった。
男に手を離されたあとも、すぐには落ち着かず、身体と心を休めるために、少し休憩を取らざるを得なかった。
(仕方ない。あたくしも疲れてるのよね……。)
力強い手。
(昨夜、あたくしを馬上で抱いた時も、韓国源の腕は力強かった……。)
そこまで考えて、
* * *
夕暮れ。
影がのび、茜色に染まった幼い
あたくしは、
───どうしたの?
と、声をかける。
十歳くらいの
「お姉さまは、
奈良の平城京で仕えて、もう、なかなか会えなくなるのでしょう?」
ああ、そうか。
あたくしが十五歳。
あたくしが、奈良に行く前、ずっと泣いていた
「もう遊べなくなるなんて、イヤです。
お姉さまだって、知らないところに行くのは、怖くはないの?」
《あなたは怖くない。》
どこからか、
「あっ、鞠……。」
その鞠を拾う
筋肉ががっしりついた鋼のような身体。
力強く、温かい微笑みで、こちらを見ている。
あたくしに鞠を手渡してくれた。
《あなたは神々しくて……。》
また、甘い声があたりに響くが、目の前の
まっすぐな目をしている。
どんな困難にも立ち向かえるような。
───だあれ?
あたくしが訊いても、
ふと、手の力が緩んで、あたくしの手から、鞠が滑り落ちた。
《美しい天女のようだった。》
てん、てん。
鞠がはねて、
視界が開けて、明るくなる。
光が
なぜが視界がそのまま、ぐんぐん、ぐんぐん、上に上昇する。
「お姉さま……?」
すっかり泣き止み、ぽかん、と口を開けた
あたくしだけ、空に浮いているのだ。
───あたくしは、空を翔べたんだわ!
これで、いつでも帰ってこれるわよ、
「きれい……。」
───そうでしょう? あたくしは天女だったのよ。
あたくしは、こぼれるような微笑みで、空を飛翔した。
よくは覚えていないが、淡い夕暮れ時に、昔の幸せだった頃の、あけびのような甘さの残る、夢だった。
↓挿絵です。 https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16817330669049189064
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