第2話 我が家の猫と肉球
うちの猫は、
目も開かない赤ん坊のころに、旦那が拾ってきた。
道路を這って鳴いているところを保護された、というだけあって、初めは全身が汚れていて、黒猫を拾ってきたのかと思ったものだ。
次男のお気に入りのアニメの柄が描かれた洗い桶に溜めた微温湯の中で、徐々にきれいになっていく赤ちゃん猫を見て、
「漂白してる?」
と心配そうに訊いてきた旦那の間抜けな顔を、今でもよく覚えている。
ミーコはキジトラのハチワレ柄で、鼻の頭に黒い斑点がある。洗い桶の中で綺麗になるにつれて、鳴き疲れたのか、力を抜いてされるがままになっていく。
「ミルクあげなきゃな」
旦那はスマホをいじりながら、「薬局に行ってくる」と出かけて行った。
私はミーコをタオルで拭くと、これからこの猫に、どうやって旦那が買ってきてくれるミルクを飲ませようか。と考えた。
「寝ちゃったの?」
とタオルの中を覗き込んできた次男の頭を撫でながら、「大丈夫」と答える。
とはいえ、自信はなかった。私は子供のころから猫なんて飼ったことはないし、育てていると言えるのは、長男と次男くらいのものだ。
「ああ。そうだ」
次男の頭を撫でていたら、一つ思いついた。タオルを抱えたまま、私と旦那の寝室へと向かう。ベッドにミーコを寝かせると、寝室のタンスの奥にしまってある、段ボール箱を開けた。
その中には、長男と次男の子育てに使用した、雑多なものが詰め込まれている。おむつの残り、涎掛け、そして、哺乳瓶。
長男も次男も使った哺乳瓶を、台所で煮沸消毒しているときに、買い物を済ませた旦那が帰宅した。結局、駅前のペットショップにまで足を伸ばして、店員に言われるがままに、必要なものを買わされてきたらしい。
ミーコは恐ろしいほどの勢いでミルクを飲んだ。
そうして私は、久しぶりに乳飲み子と過ごす、忙しない時間を過ごすことになったのだ。
猫の成長は早い。人間の赤ん坊とは異なる。ミーコは一日ごとにぐんぐん成長し、目が開き、這って動き回るようになり、立ち上がって歩き、そして、寝室の中を探検するようになった。
私は二か月くらい、ミーコに付きっ切りで過ごした。
ありがたかったのは、子供も旦那も、私と赤ん坊猫の生活の邪魔を、してこなかったことだ。夫婦の寝室は私とミーコの部屋になり、旦那は子供と寝てくれた。子供たちは赤ん坊猫の姿を見に、寝室に来ることもなく、私たちに干渉しないでいてくれた。
ミーコの鳴き声が猫に相応しい「にゃー」になったとき、初めて、寝室から廊下へと探検に出発した。廊下に出たミーコは恐る恐る床の匂いを嗅ぎながら歩いていたが、突然、ドンという音がして立ち止まった。
廊下の先に立っていたのは次男と長男だった。ミーコは飛び上がって驚くと、必死な表情で寝室の中へ駆け込んだ。ミーコにびっくりしてランドセルを落とした次男が、「あれミーコ?大きくなったねえ」などと、親戚のおじさんみたいな感想を口にした。
それが子供たちとミーコの改めての顔合わせであり、それからお互いが慣れるまで、一月は掛かったのだ。
そんなミーコは今、胡坐をかいてゲームをしている次男の膝の中で、丸くなって毛繕いをしている。猫の毛繕いについては詳しくはないが、ミーコの毛繕いは、長い。一回に舐める毛の距離が長い。毛を整えている時間も長い。そして繰り返し執拗に同じ個所を整えるから、毛繕いの時間も長い。ゲームをしている次男は上半身だけで身じろきしながら、膝を占拠し姿勢を変えては毛繕いをするミーコに文句も言わず、画面を見つめている。
ミーコは毛繕いを終えると、自分の前足を口に近づけて肉球を吸い始めた。
人間の赤ん坊もやる指吸いを、猫が肉球ですると知ったのは、ミーコのこの癖からだった。
毛繕いも長いが、ミーコは肉球吸いも長い。何がそこまで熱中させるのかわからないが、ミーコは音を立てて肉球を吸い続ける。初めは音もない可愛い肉球吸いは、三分もしないでチュチュッと音を立てるものに変わる。
そして次男はそんな雑音にも気を取られることなく、ゲームを続けている。
この二人の関係はいつからこうなったかは分からない。しかしミーコの堂々とした、膝を占拠する傍若無人な態度を見ると、つくづくこう思う。
うちの猫は多分、我が家の次男のことを、自分よりも「下の存在」と認識している。
我が家の猫の話 @KoToPoEM
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