リリリリRe!

綾乃雪乃

そうして世界はまた、ひとまわり

『リリリリ!リリリリ!オイ!起きろ!寝坊スケ野郎!』



愛するまどろみから引き戻す目覚まし音が聞こえた。

瞼の向こう側から明るい刺激が瞳を刺して、私はまた現実へと還ってきたことを察する。

唸りながら瞼を開けば、丸まるとした鳥が視界に入った。



「う~ん、もうちょっと」

『バーカ!今日という今日は時間通りに起きるんだろ!』



どうやら目を刺したのは太陽ではなくこの鳥らしい。

黄金に輝く毛並みを発光させて、昼間のように部屋中が明るく照らされている。



「あ~……そうだった」



不思議と軽い身体を起こしてカーテンを雑に開く。

空はまだ明るさを取り戻し始めるところだった。



王宮魔導師団 第一師団 所属 副師団長次席 衛生師団 団長次席。

つまり何やってるですか?なんて聞かれそうな肩書を持つ魔術師がこの私、イニア・マリストスだ。


攻撃防御に治療や召喚、古代魔法も禁術もどんとこい!精霊との契約だって朝飯前のこの私。

国随一の魔導師だけど貴族じゃないせいで要職に就けないこの私。

器用貧乏の名をほしいままにする天才とはこの私。


……うーん、恥ずかしさが勝つ。



そんな私が日も登らぬうちに起きたのは、任務を与えられていたからだ。

隣国からやってきた聖女様の護衛である。

創世の神より賜りし浄化の力を与えるべく各国を周遊していたのだけれど、とある理由で急遽この国に戻ってきた。



「あと30分後には交代か……」

『そうだぞ!まったく、この大精霊様に目覚まし係をさせるとは』

「いやぁ、いつもありがとね。まだ出番は来ないからさ、しばらく頼むわ」

『はぁぁぁ我はなんというヤツと契約したのだ。こんなまるっころい鳥にされて威厳など微塵もない』

「最初はノリノリだったじゃん~!」



何だ出番って。とぶつぶついうふてぶてしい鳥に適当な返事をしながら着替え、寝癖を整えパンを咥えながら部屋を出る。

魔導師団の宿舎は聖女様が滞在する棟の隣だ。時間は十分残されている。





『イニア、おはよう』

「おはようございます、団長。……顔色悪いですね」



任務引継ぎ用の集合部屋に入ると、衛生師団の団長、私も直属の上司その1であるギシュニア老師がいた。

齢60歳ながらいつもは溌剌はつらつと元気な人なのだけれど、夜勤明けを考慮したってげっそりしている。



『……君は今日も変わらないな』

「そうですかあ?お褒めの言葉どうも~」

『褒めたわけではないんだが……いや、今に至っては褒めてるとも言えるな』

「朝から小難しいですねえ」

『はは、君ひとりくらいはいつも通りにしてもらえるとみんな助かるよ。今日は特に緊張感で息が苦しいくらいだ』

「緊張?」


『忘れたわけではないだろう?今日はいよいよ勇者の魔王討伐の日だからな』

「あー、そうでしたね」



この世界は人を含めた生物と魔物が共存している。

常に我々と生存競争を繰り広げており、強い力を持つ魔王に対抗すべく神は人に『勇者』の加護を与えるようになった。

ここ千年は勇者の勝利が続き、人々は豊かな生活を送っている。

小さな小屋のような家は大きくなり、高く伸びて十数人が住めるようになった。

様々な穀物が加工されて、よりおいしく栄養が詰まった食べ物にありつけるようになった。



今日の戦いの結果でこの幸せは終わりを迎える。

そんな状況じゃピリピリするのも頷ける。



そんな中、勇者を送り出したこの国へ聖女様が緊急来訪したというのも助長しているのだろうね。

勇者一行に剣と加護を与えて役目を終えたはずなのに。



「ああ、そうだ。イニア、時間通りに来てもらって悪いが引継ぎはもう1時間後で良いか?」

「…………ん?」

「どうした?」

「あ、いえ、何かあったんですか?」

「聖女が当直の者に頼みごとをしているらしい、それが終わったら交代になる」

「頼みごと?!」



思わず、大きな声が出てしまった。

高揚したままギシュニア老師に詰めよれば、目を丸くしてきたので私は慌てて冷静を取り繕う。



「どんな頼みごとを?」

『ああ……急ぎ祈祷をしたいから準備してくれと』

「あ、アッハイ、そうですかあ」



なんだ祈祷か。うっかりわかりやすく落胆してしまった。

ギシュニア老師は不思議そうな顔をしつつも気にしないことに決めたらしい。手元の紅茶を飲んでこちらに微笑みかけた。



『ともあれ時間が空いたから、ちゃんと朝飯を食べてきたらどうかね?パンのくずも取っておいで』

「あ、はーい」



彼は夜勤明けの休憩を楽しみたいのだろう。そう思って私はさっさと部屋を後にした。




どうしたものか1時間。とりあえず庭を散歩するか。

宿舎に戻って二度寝する?と思ったけれど、ポケットの中から鳥がじろりとこちらを見ている気がした。

絶対寝坊するからやめろ、ってところだろうか。



それならと私が選んだのは、中庭にあるベンチだった。




王宮にも繋がる庭には開けた空間が点在している。

そこには噴水があったり、像があったり、小さな花畑になっていたり。

私が選んだのはベンチだけが置かれている人通りの少ないところだった。



ここは空が良く見える。

1日の始まりを告げる澄んだ空。

ああ、美しい。


深く息を吸い込めば、すっかり朝の湿った空気が肌に貼りつき、冷たい空気が肺を刺激した。


はぁ、落ち着くなあ。あっという間に30分が経過。

何にも考えない時間っていいよなあ。

お偉いさんの会議に出席して、お偉い貴族様の出世のために心を砕いて働いて。

今日も今日とてたくさん給金あげればいいんだろって感じの扱われ方。


はあ、午後の会議、きっと長丁場だ。


気だるげに左側へ目をやれば、夜まで見る予定のなかった職場があった。





魔術師団の本部は5階建て、豪華な高層建築物だ。

研究、訓練、宿泊となんでも揃う最新鋭の施設がまとまっている。

今回のようなお偉い人の当直任務もあるから滞在時間が長くなりがちで、もはや自宅より住み心地が良いと思うくらい。

この前居座りすぎて怒られたけど。


特に屋上が好きだな。あそこの方が空が良く見える。夜になれば飲み込まれそうな美しい――――



『イニア!!』



叫び声が聞こえた。

驚きはどこかに置いてきてしまったらしい、ベンチの背もたれが私を放してくれない。

首だけ振り返れば、会ったばかりのギシュニア老師が走っていた。



『空を見ろ!』



ベンチに身体を預けたままもう一度空を見上げる。

鮮やかな赤と青の輝きの向こうに、黒い雲のような塊があった。

確かあの方向は、魔王城。



『はあ、はあ、イニア、黒いのがみえるか』

「……見えますね。しかもかなりの速さで大きくなっています」

『何の現象とみる?』



隣に立つギシュニア老師の顔面は蒼白だった。

何の現象?こちらに聞きつつ、長年前線を駆け抜けている彼なら答えは知っているはず。


仕方ない。私は一呼吸おいて、そのわかりきった答えを喉から引きちぎった。



『魔王の勝利の狼煙のろしでしょう』






魔術師団の本部に戻れば、大勢の仲間たちが走り回っていた。

空に浮かぶ狼煙の観測、被害状況の予測、勇者一行――――特に同行していた第一王子の安否確認、王への謁見調整、他国への情報共有、もろもろ。


人々の喧騒をかき分けて、私はゆっくりを歩みを進めていた。




勇者め、、やりやがったな。


なにが『次こそ誤りはしない』だ、何回聞いたと思ってるんだあのアホ。


聖女に動きがあったからもしやと思ったのに、結局こうなったか。




5階のさらに上に続く扉は固く閉ざされている。

手を掲げればあっという間に封印は解け、私は再び歩み始めた。



空はもう、闇に覆い尽くされようとしている。

3日後に第一王子は死体で発見され、さらに2日後には聖女がもがき苦しみながら死ぬ。

それから156日後、勇者はこの魔術師団の本部の扉を開くのだ。


この私に、禁術『リトライ』を頼み込むために。



「また、ひとまわり、か」



とある建物の屋上。

私だけの秘密の場所。

そこからは見下ろす街も、見上げる月や星も、私が日々神経をすり減らしながら惰性で生きている世界と同じとは到底思えないほど綺麗に映った。

だから私はここにいる時間が大好きだった。


どんなに冷たく汚い世界でも、ここから見れば美しく見えたから。






―――――――――リリリリRe! Fin


『リリリリ!リリリリ!オイ!起きろ!寝坊スケ野郎!』

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