失敗が許されない世界で

菅原 みやび

第1話 失敗が許されない世界があるとしたら

 チュンチュンと、小鳥の可愛らしい鳴き声が聴こえてくる。

 その鳴き声でふと目が覚め、まぶたを開くと薄い布地のレースのカーテンからうっすらと陽光が差し込むのが見える。

 「今何時だろう?」と思い、白壁に掛かっている壁時計に目を移すと、朝7時ジャストだ。

……起きなきゃ、仕事だ。

 俺は寝ぼけ眼で洗面所に向い、顔を洗いながらふと考える。

今日は月曜日、飯食う前に可燃ゴミ出さないと。確か7時半にいつも回収に来るよな?

 俺は可燃ゴミの入った袋を手に持ち、急ぎ足で家の外に向い、近くの区共有のゴミ出し所に向かう。

「おはようございます、佐藤さん。今日もいい天気ですね!」

 そう、俺の名前は佐藤忠雄さとう ただお。何処にでもいる普通の三十路みそじリーマンだ。

「あっ! 梨菜なしなさん、おはようございます!」

 灰色のブロック壁が積み上げられ作られた区共有のゴミ出し所。その前には、近所に住む梨菜さんがゴミを出しに来ていた。

「今日、可燃物のゴミ出し日でしたよね?」

「ふふ、そうですね」

 こんな感じで、梨菜さんは気さくで話しやすい若奥さんだ。

 ブラウンのシンプルなショートヘアが良く似合う、ボーイッシュな方だ。スカートではなく水色のジーパンとシャツを着ているからか、尚更見た目が男性のように見えるし、胸元にYの字曲線が無いのも、個人的にポイントが高い。

 春の日差しの温かい青空の最中、白い歯が似合う笑顔がとても眩しく感じる俺だった。

 さておき、俺がわざわざゴミの分別日を聞いて確認するのには理由がある。

 1つは、梨菜さんと純粋にコミュニケーションを取りたいから。

人妻かもしれないけど、逆にだからこそ落ち着きがあり、何かいいなって思える。

 勿論、これは本人には内緒だ。

 2つ目、それは……。

「はあ、間違えたら死刑ですからね……」

「そ、そうですね……怖いですよね」

 俺達は深いため息をつきながら、ゴミ袋の中身を互いに確認し合う。

 これはお互い気が許せているからこそ出来ること。

 そして、これは俺達の毎週の日課。

 俺も梨菜さんも、若くして死にたくはない。だから、やるしかない作業をしている。

「聞きました? 近所の老夫婦ろうふうふの方の話」

「いえ」

 嘘である。

 実は知っている。

 が、梨菜さんと長く話したいがために、知らないふりをする俺。

「最近、老夫婦が2組ほど収容所に連れていかれたらしいですよ……」

「年取ったら判断力が落ちるから、可燃物の中に不燃物ふねんぶつとか入れちまったんでしょうね……」

 他人事では無いので、俺達も一つ一つ丁寧に確認していく。

 そうなのだ、実は今現在、日本は……いや……世界は変わってしまった。


 数年前に突如とつじょ地球に訪れた、【宇宙種族、通称つうしょう『ロウ』】。

 地球文明を遥かに凌ぐ高次元こうじげんの文明を持った彼らにより、世界は一瞬にして牛耳られてしまったのだ。

「ふざけんな! 何、あっさり屈服してるんだ! どうせ植民地化しょくみんちかしたら、俺らは殺されるんだぞ!」

「そうだ! 最後まで抵抗し、戦うべきじゃないか!」

 など、ごもっともな言論と行動を起こそうとする勇敢な人々が、昔は沢山いた。

 が、今はいない。

 理由は『ロウ』達の情報網と圧倒的な化学兵器の前に、一瞬で反乱分子が処されたから。

 こうして、完璧な言論統制が行われ、文句を言うものも勇敢な戦士はいなくなったのだ。

 ただ、悪いことだけじゃなく、いいこともあった。

彼らの植民地となった結果、高次元の文明の恩恵を受け、その結果地球人の寿命は大幅に伸びたのだ!

 有難いことに、ガン成人病せいじんびょうなどの悩みはスッカリ改善されてしまった。

 更にはそれらの文明により、食糧難や居住などの問題もあっさり解決してしまったのだ。

 有難いことに、居住区は地球地下や月面や火星にも建設されていく。結果、食糧しょくりょうを生産する土地も増加し、それに比例し生産量も増加した。

 当然これらのことに対して、地球人は「ロウは俺達の救世主きゅうせいしゅだ」と、皆歓喜みなかんきした……。 

が、1つだけ問題があった。

 それは、宇宙種族『ロウ』が名の通り法に対し、異常なまでに厳格げんかくであることだ。

 例えば、交通ルール。

 50kスピードの道路で少しでも越えようものなら、即処罰そくしょばつの死刑。

 赤信号無視でも然り。お陰で交通違反は無くなった。

 というより、違反するものが全て処され、いなくなったからだ。

「お陰で無法者がいなくなって住みやすくなりましたね」

「本当ですね」

 最初は梨菜さんと、そんな会話をしていた。

 が、今ではそんな話は出来なくなってしまった。

「何に付けてもミス出来なくなりましたよね……」

「ええ……」

 俺達はお互いの可燃ゴミを入念にチェックしながら、深いため息をつく。

 何故なら、ルール違反は即死に繋がり、明日は我が身なのだから。

「彼らはおそらく、ミスをするという概念がないのかもしれませんね」

「成程、全て完璧であるのが当たり前ですか……。確かにそうかもしれませんね、佐藤さん」

「おそらく、ミスするものは淘汰され、ミスしない遺伝子が残った結果かも、ですね」

「はは……私達も長い目で見たらそうなるかもしれないですね」

 そうなれば、ある意味文化や思考が宇宙種族『ロウ』によって統一される瞬間かもしれない。

 もしかしたら、それが彼らの思惑なのかもと……。

 俺は思うのだ。

 ミスが全く許されず、思考がロックされた完璧な世界……。

 そこには人類の未来はあり、果たして進化出来るのかと。

 マニュアル化された世界に、芸術や美意識びいしきというものは存在出来るかと。

 昔は小説を書いていた俺だが、今はすっかり書かなくなってしまった。

 いや、書けなくなったのだ。

 言論統制によるものもあるが、何よりもミスが出来なくなり完全マニュアル化してしまった界隈。その関係で、嘆かわしい事に今ではほとんどがAI小説にすり替わってしまった。

 完璧なプロットに、完璧な面白いストーリー、当然誤字脱字ごじだつじは無い。

 お陰で校正や編集業は見事に無くなり、それらの業種の代わりに犯罪防止確認作業はんざいぼうしかくにんさぎょうたずさわる業種が強化されていく。

 俺は目の前のくたびれた顔をした梨菜さんの姿を見て、しみじみと思うのだ。

 度が過ぎると美は崩れ去るものだと……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

失敗が許されない世界で 菅原 みやび @sugawaramiyabi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画