エイリアンロウ
菅原 みやび
第1話 失敗が許されない世界があるとしたら
チュンチュンと小鳥の可愛らしい鳴き声が聴こえてくる。
その鳴き声でふと目が覚め、瞼を開くと薄い布地のレースのカーテンからうっすらと陽光が差し込むのが見える……。
「今何時だろう?」 と思い、白壁に掛かっている壁時計に目を移すと、朝7時ジャストだ。
(……起きなきゃ、仕事だ)
俺は寝ぼけ眼で洗面所に向い、顔を洗いながらふと考える。
(今日は月曜日か……。飯食う前に可燃ゴミ出さないと。確か7時半にいつも回収に来るよな?)
俺は可燃ゴミの入った袋を手に持ち、急ぎ足で家の外に向い、近くの区共有のゴミ出し所に向かう。
「おはようございます! 今日もいい天気ですね!」
「あっ! 梨菜さんおはようございます!」
灰色のブロック壁が積み上げられ作られた区共有のゴミ出し所の前には、近所に住む梨菜さんがゴミを出しに来ていた。
「今日可燃物のゴミ出し日でしたよね?」
「あ、そうですよ!」
梨菜さんは気さくで話しやすい若奥さんで、ややブラウンのシンプルなショートヘアが似合うボーイッシュな方だ。
スカートではなく水色のジーパンとシャツを着ているから尚更見た目が男性のように見える。
胸元にYの字曲線が無いのも、個人的にポイントが高い。
春の日差しの温かい青空の最中、白い歯が似合う笑顔がとても眩しい。
それはさておき、俺がわざわざゴミの分別日を聞いて確認する理由。
それは2つ理由がある。
1つは梨菜さんと純粋にコミュニケーションを取りたい事。
(人妻かもしれないけど、逆にだからこそ落ち着いてて、何かいいなって思えるんだよね)
これは本人には内緒。
2つ目、それは……。
「はあ……間違えたら死刑ですからね……」
「そ、そうですね……怖いですよね」
俺達は深いため息をつきながら、ゴミ袋の中身を互いに確認し合う。
これはお互い気が許せているからこそ出来ること。
これは俺達の毎週の日課。
俺も梨菜さんも、若くして死にたくはないからやるしかない作業。
「近所の老夫婦の方が最近2組ほど収容所に連れていかれたらしいですよ……」
「年取って判断力が落ちてるから、可燃物の中に不燃物とか入れちまったんでしょうね……」
他人事では無いので、俺達も一つ一つ丁寧に確認していく。
そうなのだ、実は今現在、日本は……いや……世界は変わってしまった。
数年前に突如地球に訪れた、【宇宙種族通称『ロウ』】。
地球文明を遥かに凌ぐ高次元の文明を持った彼らによって、世界は一瞬にして牛耳られてしまったのだ。
「ふざけんな! 何あっさり屈服してんだよ! どうせ植民地化したら俺らは殺されるんだ!」
「そうだ! 最後まで抵抗し、戦うべきじゃないか!」
など、ごもっともな言論と行動を起こそうとする勇敢な人々が昔は沢山いた。
が、『ロウ』達の情報網と圧倒的な化学兵器の前に、一瞬で処される。
こうして、完璧な言論統制が行われ、文句を言うものも戦士もいなくなったのだ。
ただ、いい事もあり、彼らの植民地となった結果、高次元の文明の恩恵を受け、その結果地球人の寿命は大幅に伸びた。
有難いことに、癌や成人病などの悩みは改善されてしまったからだ。
更にはそれらの文明により、食糧難や居住などの問題もあっさり解決してしまった。
居住区は地球地下や月面や火星にも建設され、結果食糧生産する土地も増加し、それに比例し生産量も増加した。
当然これらの事に対して、地球人は皆歓喜した……が、1つだけ問題があった。
それは宇宙種族『ロウ』が名の通り法に対し、異常なまでに厳格であった事だ。
例えば、交通ルール。
50kスピードの道路で少しでも越えようものなら、即処罰の死刑。
赤信号無視でも然り。
お陰で交通違反は無くなった。
というより、違反するものが全て処され、亡くなったからだ。
「お陰で無法者がいなくなって住みやすくなりましたね」
最初は梨菜さんともそんな会話をしていたが、今ではそんな話は出来なくなってしまった。
「何に付けてもミス出来なくなりましたよね……」
「ええ……」
俺達はお互いの可燃ゴミを入念にチェックしながら、深いため息をつく。
何故なら、ルール違反は即死に繋がり、明日は我が身なのだから。
「彼らはおそらくミスをするという概念がないのかもしれませんね」
「成程、全て完璧であるのが当たり前ですか……」
「おそらく、ミスするものは淘汰され、ミスしない遺伝子が残った結果かもですね」
「はは……私達も長い目で見たらそうなるかもしれないですね」
そうなれば、ある意味文化や思考が宇宙種族『ロウ』によって統一される瞬間かもしれない。
もしかしたら、それが彼らの思惑なのかもと……。
俺は思うのだ。
ミスが全く許されず思考がロックされた完璧な世界……。
そこには人類の未来はあり、果たして進化出来るのかと……。
マニュアル化された世界に芸術や美意識というものは存在出来るかと……。
昔は小説を書いていた俺だが、今はすっかり書かなくなってしまった。
いや、書けなくなったのだ。
言論統制によるものもあるが、何よりもミスが出来なくなり完全マニュアル化してしまった界隈。
その関係で、嘆かわしい事に今ではほとんどがAI小説にすり替わってしまった。
完璧なプロットに、完璧な面白いストーリー、当然誤字脱字は無い。
お陰で校正や編集業は見事に無くなり、それらの業種の代わりに犯罪防止確認作業に携わる業種が強化されていく。
俺は目の前のくたびれた顔をした梨菜さんの姿を見て、しみじみと思うのだ。
度が過ぎると美は崩れ去るものだと……。
エイリアンロウ 菅原 みやび @sugawaramiyabi
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