第六話 急報
「あの子たち大丈夫かなぁ…」
冒険者ギルド、トランガルド支部。
職員の受付嬢フェリスは仕事を片手間にひとりごちた。
フェリスがギルドの受付嬢に赴任したのはつい一年前のこと。
ダンジョン開拓を諦め、冒険者も挫折し、絶望に明け暮れていた自分を救ってくれたのは、この支部のギルド長であった。
そんな
ようやくフェリスにも新米冒険者の案内担当を任されるようになったのだが。
「はぁ…」
何度くり返しても収まることのない溜め息が自然と漏れ出る。
新米冒険者の案内をするにあたって、担当の受付嬢には受け持った子たちの資料が渡される。
これはレベル、出生、名前といった情報が記載されているいわば履歴書みたいなものだった。
レベルとは、その者の強さに大きく直結しており、担当をする上でも知っておくべき大切な要素である。
だからこそ、受け持った子たちのレベルを最初に目にしたときフェリスは驚愕した。
▼ ▼
2週間前―。
「ねえフェリス、あんたがうちんとこのギルドに来てから、そろそろ一年は経ったんじゃないかい?」
ある晩、酒場にてギルド長との久しぶりのサシ飲みのこと。
恩人でもあり、今は直属の上司にあたる彼女が急にそんなことを聞いてきた。
酒を飲んでいる最中だったフェリスは目をきょとんとさせるも、酒を豪快に飲み干すと、身に沁みるように答えた。
「そうですね! ギルド長に誘われてからもう一年かぁ。早いなぁ…」
フェリスはこの一年で、過去の辛い思い出が少し癒えてきたように思えた。
ギルド長に出会う前は、生きることに消極的で時間が途方もなく長いように感じていたが、今ではそんな長いと思っていた時間がめまぐるしく過ぎていく。
そう実感すると、目の前の人物に
「そんでね、ちょっと仕事の話になっちまうんだけどさ。そんなあんたにもそろそろ新米冒険者を受け持ってもらおうかと思ってるんだ」
「え…」
新米冒険者の受け持ち。
それは新米冒険者の担当受付嬢になるということで、その者が新米期間を終了するまで間、素材の換金や案内のあれこれを受付担当が行う仕組みとなっている。
今までのフェリスは事務作業や新米を卒業した冒険者たちの受付を担当していたのだが、一年の経験を積んだことで、ギルド長から新しい仕事内容をやってみないかと問われてるわけである。
もちろん答えは決まっていた。
フェリスは卓の上に手をつくと勢いよく席を立った。
「はい、やってみます!」
恩人であるギルド長が自分に任せたいと言ってくれているのだ。断る理由はなかった。
ギルド長はフェリスの突然の行動に目をぱちくりとさせていたが、返事を聞きニッコリと笑顔を浮かべた。
ちなみにだがフェリスが立った衝撃で、胸についている大きなメロンの上下運動を見てしまった男達も勃ったのは彼女たちの知る由もない。
日は流れ、シルク達がくる一週間前―。
フェリスはギルド長から資料を手渡された。
「フェリス、あまり気を張るんじゃないよ。ほどほどに頑張りな」
「はい、ありがとうございます!」
昔のこともあってか、優しそうな目でギルド長は激励を飛ばしてくれたのだが、それがフェリスにはなぜかむず痒くて、お礼を言った後、すぐにその場をあとにした。
自分のできる限り新人の冒険者を支えよう。決意を胸に、張り切るフェリスであった。
自分のデスクに戻ってくると、フェリスは期待と緊張を胸に秘めながら資料を読み始めた。
しかし読み進めていくにつれて、どんどん顔の表情が驚きから険しいものへと変化していく。
フェリスの中で、なんだこれはという疑問が感情を埋め尽くしていた。
∇ ∇
出身:パリロ村
名前:レベッカ
年齢:十二歳
身分:平民
系統スキル:魔法
得意属性:火
スキル(一部抜粋):初級魔法―
調査コメント:親族からの報告によると、非常に傲慢で横暴。気に入らないことがあると思い通りなるまで暴れることがあるため要注意が必要。
それを除けば、十二歳で中級魔法スキルを覚えていたりと非常に優秀であるため、経過を観察してください。
危険レベル:5/10
レベル:10
∇ ∇
フェリスは最初、目を疑った。
それほどにレベッカの資料に記載されている内容はフェリスに衝撃を与えた。
「十二歳で、もう中級魔法を!? なるほど、この歳でそれほどのスキルを持っていれば、そりゃ傲慢にもなるでしょうね…」
フェリスは周りも気にせず声を張り上げると、おもむろにデスクに突っ伏した。
中級魔法を取得してるとなれば、レベルも同じく異質なわけで。
「それでこの歳でレベル10。どんな怪物よそれ……。これがあの噂で聞いたパリロ村の天才傲慢娘ってわけねぇ」
いくつもの職員の目線がジリジリと背中に突き刺さるがそれどころじゃない。
フェリスはギルド長め、と心の中で唸った。
気を張るなと言っておきながら、とんでもない子の担当を回してきたのである。
今になって、あの優しそうしていた顔がどこか憎たらしく感じるぐらいだ。
「まぁ引き受けちゃったのは仕方ない。次行こ次!」
仕事だと割り切りをつけたフェリスは手で頬を叩いて気合いを入れ直し、次の資料をめくった。
∇ ∇
出身:モロ村
名前:ソルド
年齢:十二歳
身分:平民
系統スキル:魔法(特殊),武器術
得意属性:該当なし
スキル(一部抜粋):特殊―
調査コメント:彼はスキルのほとんどが確認されていない魔法の特殊固有スキルで構成されており、男の中でも非常に稀で貴重な存在だといえる。レベルも高水準なため是非とも活躍に期待したい。
危険レベル:2/10
レベル:6
∇ ∇
これまた凄いやつが出てきたとフェリスは再度頭を悩ませることになった。
さっきのレベッカに劣らずも遠からずといったほどに彼はとんでもない逸材であった。
通常、特殊スキルの発現なんかは滅多にないことである。
それこそ血筋が関わってきていたり、性別が女でない限りは極々稀なのだ。しかし彼は公開されている三つのスキルの内、二つも特殊スキルを会得しているのである。
これは常軌を逸しており、この歳で二つ以上も特殊スキルを保持しているとしたら、王家や魔女の家系くらいであった。だからこそ、そんな子を任されたことに理解が追いつかなかった。
「う"〜〜〜〜〜」
フェリスは頭を抱え、絞り出すような声で唸り声をあげた。
どうして初の新米担当でこの子たちを任されたのか、フェリスには本当に不思議でならない。才能の塊のような彼らには是非ともベテランの受付嬢が付くべきだろうに、なぜ自分なのか。今すぐにでもギルド長に問い詰めたいところである。
しかし唸っていても仕方ない。引き受けてしまったのだから仕方ない。うん仕方ない、仕方ない。
そう自分に言い聞かせ、なんとかフェリスは最後の資料をめくり、まるで盗み見るように目を細めながらちらと見やる。
鬼が出るか蛇が出るかフェリスには怖くて仕方がなかった。
「へ?」
しかし、そんなフェリスから出たのは素っ頓狂な声であった。
フェリスは自分の目がついにおかしくなったのではないかと思い、何度目を擦っても一向に視線の先の情報が変わることはない。
∇ ∇
出身:パリロ村
名前:シルク
年齢:十二歳
身分:平民
系統スキル:該当なし
得意属性:該当なし
スキル:なし
調査コメント:親族の報告によると、レベルは0であるが剣の腕は中々のものとのこと(真偽不明)
極めて異例であるため、担当される受付の方は注意してください。
危険レベル:◾️◾️/10 ※測定不能
レベル:0
∇ ∇
もしこの情報が本当だとするなら、一体この少年はどうやって生命活動しているのだろうとフェリスは不気味に思った。
レベルが0なのであれば、そもそも生命を維持するだけの能力が体に備わっているのかすら怪しかった。
であれば、レベル0と1の違いは何なのだろうと考える。
レベルとは力の示す値だと思われていたが、この情報を見る限り、剣の腕は中々のものと記されている。そうするとおかしな話になるわけだ。
レベル0であるならば、本来それなりに力を得た時点でレベルが上がるはず。なのにこの少年のレベルは0のままであり、これではレベルが示してきた今までの概念が壊れてしまっているのだ。
フェリスには何がなんだかわからなくなってしまった。
ただ一つ言えるのは、こんな子達を回されたことへの不満だけであった。
その後ギルド長とも話をしたフェリスだったが、ギルド長曰く、あんたなら大丈夫とのこと。
何が大丈夫なのか、全く理解はできなかったがフェリスは結局諦め、受け入れることにした。
そして今に至るわけである。
彼ら三人が冒険者ギルドを去ってから
初めて三人にあった感想としては、力を持っていても、やっぱり普通の子だなという印象だった。
しかしなまじ力を持っていることは、時にその身を滅ぼすことになりかねない。自分を全知全能の神か何かだと思い、驕っているのは明らかであった。
しっかりと言い聞かせたつもりであったが、あの手の子供は何をするかわかったもんじゃない。
フェリスがもう何回したかもわからない溜息を吐き出すと同時に、ギルドの入り口の扉が勢いよく開かれた。
「突然の訪問失礼する!!ギルド長のソフィア・ログナード氏は居られるだろうか!緊急の事態につき、速やかに取り次いでもらいたい!」
ギルド全体に響くほど声高らかに発言したのは、この街の衛兵であった。
一体何事だとギルドが騒ぎになる中、奥からギルド長が顔を出した。
「一体何事だい? こんな急に、どうしたんだい」
「はっ! 魔物の生息地デボス密林より、
「なっ!!」
ギルド全体が震撼した。それほどに事態はことを要する。
「それで、情報の出所は…?」
「はっ! デボス密林から戻ってきた重傷の冒険者を1名を街の入り口付近で見つけ、保護し救助いたしました。その者によれば、紋章つきの魔物が現れ、仲間が必死に逃がしてくれたと聞き及んでおります」
ギルド長はその話を聞き、数秒黙り込んだかと思うと、すぐに声を張り上げた。
「今からデボス密林に向かう! フェリス! あんたも着いといで!」
不意にギルド長に呼ばれるも、それはフェリスにとって願ってもないことだった。
すぐさま、駆け寄っていく。
「あんたに任せたあの子たちはまだ帰ってきてないんだね?」
「はい……」
「無事であってほしいねぇ……とにかく準備が整い次第急いで出発だ! 装備を怠るんじゃないよ」
「はい!」
こうして、フェリス達はデボス密林へと向かった。
―――。
もちろん現在まで、デボス密林で発見された報告など一度もない。
そも、特別魔物がダンジョン以外で現れた報告など一度たりとて存在しないのだ。実に異常な事態であった。
「ヤツは見つからないねぇ……出来れば子供たちや生存者だけでも見つかればいいんだけどね」
ギルド長がそう呟くも、人どころか魔物の姿すら見つからなかった。
「何が起こっているんでしょう」
「さてねぇ。とりあえず探すしかないね、アタシから離れんじゃ―」
途端、密林の奥のほうで凄まじいほどの闘気が密林全体を震撼させた。
それはまるで心臓を鷲掴みにされたようだった。
「な…なんだい……この闘気は……!」
「くっ…!」
あまりの気の強大さに大地に膝をつく。濃縮された気の圧は、それほどまでに全身を畏怖させるものであった。
「どうやら、あそこで何かあるみたいですね」
「そのようだね。急ぐよフェリス」
気の放出が収まり十分に動けるようになったフェリスたちは、急ぐように先ほどの闘気のもとへと素早く駆けていった。
そこでフェリスたちが見たものは。
ボロボロな体、血まみれで伏す少年の姿であった―。
男弱女強のエロゲ世界 あぎとん。 @agito3110
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