第33話「ダンジョンに必死にならなくて金が稼げるわけ無いだろ」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛クッソムカつく!!!! なんだよコイツら! 虫だってもう少し忙しそうに生きてるぞ! 魔族ほど寿命が無いのはともかく今くらい必死になれや!」


 俺はついに配信部屋でブチ切れていた。理由? そんなもんあのクソパーティに決まってる。


 そう、最悪でもカレンのトークで場が繋げると思った、たとえダンジョンと微塵も関係の無い話が延々続くことになろうと、酷い結果かも知れないが、トークが切れるなんて思ってなかった! 少しも思ってなかったんだよ!


「魔王様……確かに理論上使えるのですが、我々が彼女を休ませるために話すのは無謀では?」


「仕方ないだろ、カレンの喉が嗄れるなんて思ってなかったんだよ。魔族なら体は丈夫だから大丈夫だと思ったんだよ。いいか、カレンにはしっかり喉用のポーションを渡した。後はコイツらが逃げるか死ぬか、もしかしたら奇跡的に暖のジョンをクリアするか、あるいはカレンの喉が復活するまで話を繋ぐぞ」


 我ながら無茶振りもいいところだと思う。しかしカレンの喉を完全に潰すのはあまりにむごい、トークをしている間はそれなりに楽しそうにしているのに、喉が潰れたら魔族でも当面は喋れなくなってしまう。そして連中はノロノロと進んでいる、いい加減引き返してもいいはずなのに戻りもしない、考える限り最悪の行動をしているのでなんとか俺とブレインでこのパーティがどうにかなるまで引っ張るしかない。


『え……えーっと……魔王様の右腕『ブレイン』と申します』


『固いぞー、カレンくらいフリーダムなノリでいくぞ』


『魔王様! 一応魔王なんですからもう少し威厳を……』


『バカか、魔王であっても今やっているのはリスナーを楽しませるトークなんだよ。カレンのノリがウケたんだから俺たちはそれに寄せていくべきなんだよ、お前ももっとフランクな感じでいい、というか堅苦しいと同接が減るだろうが』


『は、はぁ……? はい! ここからしばし魔王軍の名物参謀のブレインと魔王様直々のお言葉で繋いでいきます! さあこのクソみたいな連中について魔王様の見解はいかがですか?』


 よしよし、多少ではあるが緊張がほぐれたな。堅苦しいことは時に必要だが、魔王なんてものは魔族のために存在しているのだから安売りだろうが俗っぽかろうがやってやろうじゃないか。


『皆さん、どうも、なんだか分からないうちに魔王になっていました! 私が魔族の王である魔王でーす! 堅いこと言わないからみんな気軽に視聴してくれよ!』


「魔王様……なんかノリがおかしくないですか?」


 ちょっと無理があったようだ、消音にしてブレインが突っ込んできた。


「よし、じゃあ俺がこのノリを続けるから、お前がそれにツッコめ。カレンのトークを完全に真似出来ないならそれさえネタにするぞ、いいか? 音声を復帰するぞ?」


「いいんですか……」


 あきれているブレインだが、俺たちのトークをなんとか持たせるために、多少の無理は承知だ。


『魔王様! カレンほどノリがよくないですよ!』


 ブレインの顔がひくついているのが分かる。恐れているようだが配信している映像がパーティの様子で本当によかった、ブレインの顔を見ているととても笑い飛ばすことが出来ない表情をしている。


『ブレインこそ堅いぞ! もっと自由にトークをしようじゃないか! じゃあ俺のこの前試しに作ったボツダンジョンギミックの話題でも……』


『それって面白いんでしょ……すか?』


『そらもう爆笑よ、石像だって顔が壊れるくらい笑う事うけおいのギミックだぞ』


『そんな都合が良いもの簡単に作れるはずないじゃないですか!』


『ふふふ……なんと魔王なら特権で配信を見ている身分証から笑いが止まらなくなるガスを放出出来るんだ!』


『それは面白いんじゃなくて強制的に笑わせてるだけでしょう! くすぐれば笑うかも知れませんがそれの何が面白いんですかねえ』


 よし、場が温まってきたところでようやくパーティが次の部屋についた。ここはボス部屋の前の回復所だ。どうせ粘るのは目に見えているのだから、止まったら広告を配信している間にブレインと次のネタを練るぞ。


『クソッ! こんなところにこれ見よがしに回復ポーションなんて置きやがって! こんなガキでも分かる罠にかかってたまるか!』


『でも、この先の部屋の扉に『この先ボスあり』って書いているよ? 回復が出来るなら……』


『……手持ちの薬草をすり潰して飲むぞ、これならこの怪しいアイテムを使わなくて済む』


『えー……アレクソ不味いじゃん』


『毒よりマシだろ?』


『まー、やっぱりこうなるよなー……というわけでコイツらが動くまでしばし広告をお楽しみください!』


『魔王様、広告が本編より長くないですか!?』


『しっ! いいんだよどうせコイツら動かないんだから、というわけで皆さん、しばしお待ちください』


「ふぅ……なんとかなったな。同接が下がったのは仕方ないか……カレンのトークを聞きに来た奴らを俺たちが満足させられないからな。その分は予定通りだ」


「そもそも、このパーティが来ること自体が想定外でしょう? 魔王様、本当に大丈夫ですか?」


「気にするな、あと最後のツッコミはなかなかよかったぞ」


「ツッコミですか……八割くらい本音なんですがね」


 ふぅ、画面には無事広告が流れているのですりあわせをしなくては。


「この先にいるのは自動人形オートマタだが行動は把握しているか? 人形だから決まったとおりに動く、その分実況もしやすいだろ?」


「それを計画して……いるわけないですよね。コイツらが来たことが想定外ですし」


「さて、問題はコイツらがボス部屋に入るまでどのくらいかかるかだな。敵は動くだけだから武器は持っていない。いくらコイツらでも負け筋が無いし、そもそも休憩すら不要だ。一応作っておいたがコイツらには必要無かったな」


 ブレインは呆れて首を振った。


「保険の広告を流すのに死人を出したくないというのは理解しますが、魔王様は人間に甘すぎませんか?」


 そんな諫言をしてくる程度には落ち着いたようだな。


「いいんだよ、人間が死んだら生き返らないように魔族だって生き返らない……アンデッドは置いておくとして……生き返らないから命の無い人形なら使い放題だろ」


「魔族を死なせたくないのは分かりますが、人間も死なせないんですか?」


「殺すのは簡単だとしても、ショーの役者を減らす理由にはならないだろ?」


 そんなものだ、ただ人間が生きていれば再挑戦して楽しませてくれる可能性を生む。そうすれば同接が増えてくれる、なんと素晴らしい循環だろう。ただ、コイツらは冒険者に向いていなさそうだし期待は薄いがそれは仕方ない。


「泥人形と肉で出来た人形を戦わせると言うことですか」


「ま、そんなところだな」


 有限の資源をわざわざ減らすこともあるまい、人間は資源なのだから魔族が戦う必要があって殺すのは責めないが、魔王としては殺しても得にはならない。ただの損得勘定でしかない。


「おや、早いですね、そろそろ回復が終わったようですよ」


「早いな、よし、広告を次のループで切って配信に切り替える」


 そうしてダンジョンを映している画面を確認して広告を終了した。後はなんとか話を続けるだけだ……それが難しいわけだが。


『おっと、人間も復活しましたね。ではここからは私カレンも参加して三人で実況をします』


『大丈夫か、ほとんど休めてないだろ?』


『ふっ……このパーティがものすごく悠長に進んでいたので喉はいくらか回復しました、コイツらがダンジョンから出ていくくらいまでは持たせますよ』


 そうか……カレンのトークも魔王の持つ資源の一つなので無理のない範囲で頼むぞ、本当に無茶するなよ?


 俺がカレンに目をやると、コクリと頷いたので覚悟はしているのだろう。そうして三人体制でボス戦の実況が始まった。


『いくぞ! 魔族を打ち倒せ!』


『邪悪な魔族ごときが調子に乗らないで欲しいわね、いい? 根絶やしにするのよ!』


 その部屋に命のあるものはないので根絶やしも何もないが、勢いだけは珍しくいいのでそのまま実況に入る。


『長かった……長かったですよ魔王様、いよいよこの二人がボスに挑むようですね。普通のパーティなら次のダンジョンに向かっている時間ですが、いくら行動が遅くてもここまで遅いと感動すら覚えますね』


 ブレインが今までの鬱憤を晴らすように好き放題言っている。そのくらいの権利はあるさ。


『さあやって参りました! このダンジョンのボス、泥製の自動人形です!』


 幸いこのダンジョンのボスは雑魚ばかりなのを何度も流しているので、期待外れなボスだとは思われていないようだ。その証拠に同接はほぼ減っていない。


『俺が自ら作り上げた魔王謹製泥人形だ、精々がんばってもらおうか』


 なお、俺がわざわざそんな面倒なことをしたのは魔族の人形職人に作らせると人間ごときは本当に殺すようなスペックの人形を作るからだ。つまり相手を『殺さない』ために俺がわざわざ弱体化したものになる。


『いよいよボスとのご対面です! さあこの脆弱な人間どもはどう来ますかね? 解説の魔王様、どうぞ』


 ……乗ってやるか……


『えー、解説の魔王です、この慎重なクソパーティにとっては泥人形であっても酷く脅威の対象になると考えそうですね、ここはいったん慎重になるかと思われるな』


『オラオラ! 魔王様がわざわざ作ったんだからお前らは我々に迷惑をかけた責任を取って死ね!』


 おーい、ブレインが一番物騒なことを言ってるぞ。長時間の配信でついに切れてしまったようだ。


『さあ一名物騒な方がいますが魔王様はどちらが勝つと思われますか?』


『そりゃあ人間の方だろう、アレは人間の力を測るための人形だ、そもそも戦わせて勝つようなものじゃない』


『さあ魔王様の予想ではパーティの勝利となっていますが果たして本当に勝てる……』


 ブスッ……


 人形は男にコアを貫かれて崩れ去った。あっという間のできごとに俺たちは理解が追いつかない。


『え? なんでこんな突然!? 今までクソみたいな遅滞戦法をとっていたのに? 何が起こっているんですか魔王様!?』


『こっちが聞きたい! 人間のやることは意味が分かんねえよ!』


 なんでいきなり威勢がよくなるんですかねえ!? せめてもう少しその勇気を早めに出せよクソが!


『さて、前座は倒したがボスはどこに……?』


『出てこないみたいだけど……』


『おっと! ここでまさかの人間達の勘違い! コイツらボスをボスじゃないと思っているようですね』


『ふざけんなやゴラ! てめーらがもう少し早く頑張ってればこんな長くならなかったんだよ! 俺たち魔族の時間を返せクソどもめ』


『ブレイン、気持ちは分かるが余り汚い言葉を使わないように。それはそれとしてふざけんなよこの人間め』


『魔王様、ボスを一応倒したことですし宝物庫を開くべきでは?』


『ん? あ、そうだったな。いきなり勢いづくもんだから忘れてた』


 俺はそっとダンジョンの最奥、宝箱たっぷりの報酬部屋への扉を出した。入り口は閉めたのでそこしか進めないようにしている。一本道なら悩まないだろう。


『まさか……倒したと……あれが……ダンジョンのボス?』


『やった! 魔族なんて雑魚なんですよ雑魚!』


『雑魚はてめえらだろうが! 魔王様の配慮を感じ取れや!』


 もうブレインは知性派と言うより脳筋といった方が正しいような発想になってしまった。


『よし、じゃあ俺たちもダンジョンクリアした冒険者って事だな』


 こんな茶番をクリアして名乗るなよ、とここにいる三人の気持ちは一緒だっただろう。そうしてようやくこのクソ長い配信は終了……した?


『ちょっと! 宝箱を開けないの?』


『バカ! そんな露骨に罠ですと主張しているものを開けるなよ! ミミックだったとしても知らないからな!』


『おっとこれは……』


 そうしてこの厄介者たちは何一つ得ることがないままダンジョンをクリアした。


『馬鹿馬鹿しい、二度と来るな』


『せっかくボーナスを用意してやったのにな……』


『いいんじゃないですか? なんか勝手に無能が自己満足してましたし、あの実力で達成感を得られたならそれが十分な報酬でしょう』


『そうだな……それではこの配信は特別回として魔王城のみんなが協力してお送りいたしました! 機会があればまたいずれ! では視聴ありがとう!』


『はーい、魔王様直々の挨拶でこの配信は終わりです。付き合ってくれた皆様、本当に辛抱強く頑張ってくれました! 褒めたいくらいですよ! ではまた今度!』


 そして配信用の魔導具を終了させて一段落ついた。


「随分無茶な配信だったな……流石にしんどい」


「私を潰すくらいの配信時間ですよ、魔王様たちなら頑張った方ですよ」


「喉の方は無事ですか? カレンさん」


「ブレインさん、今さら痴的に振る舞っても怖いんですが……とりあえず普通に話すくらいは平気ですよ」


 俺とブレインが胸をなで下ろして、初の三人全員参加の配信はなんとか終わった。長い戦いだったが、これからもとんでもないパーティがダンジョンに入ってくるかもしれない。それでも……この三人がそろっていればなんとかなりそうな気がする。


 その気持ちは考えと言うより直感であり、きっと正しいのだろうと、そう、思った。


 ――一章完

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召喚魔王は財政改革のためにダンジョン配信を始めるようです スカイレイク @Clarkdale

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