第32話「のろまなダンジョン探索者とその撮影」

 俺が呑気にホットミルクを飲みながらいい感じに微睡んでいるところで私室のドアが叩かれた。なんだよまったく、王の魔にいないときに突然プライベートを破ってくるのはマナー違反だろうが。


「魔王様! 緊急です!」


 そう言いながら焦った顔のブレインが入ってきた。珍しく焦っているな。


「どうした、わざわざ休んでいるときに来たんだからよほどのことなんだろうな?」


「人間がダンジョンへ来ています! それもそこまでに居る魔物を蹴散らしているそうです! ダンジョンを破壊されないように急ぎ管理をお願いします!」


「アルマからの報告は聞いていないんだがな……まあいい、わざわざ人間が来たんだ、カレンを呼んでおけ。俺は配信の準備とダンジョンの構築をしておく」


「了解しました!」


 急いで出て行くブレイン。珍しいこともあるものだ、とはいえ、あのダンジョンまわりに強い魔物は配置していないのでそれほど問題はないと思うが、ダンジョンをまた破壊しながら進まれても困るし、せめてそのくらいの対策はしておこう。


 配信部屋にいき、ダンジョン入り口の映像を投影する。遠くの方に人間が……二人か。倒すのは容易そうだが面白いだろうか? 男女でパーティを組んでいるようだが、二人とは? 家族か恋人だろうか? 人間の関係性などどうでもいいか、早いところダンジョンを構成しなくてはな。


 時間はあるが、どんなダンジョンにしたものやら……とりあえず壁を全て金属板で補強しているものの、ここに来るとは思えないがオリハルコンなどの高級な武器なら破壊が可能なので人間に合わせて破壊しなくても進めるダンジョンにしてやるか。本当にこの前の連中は酷かったからな。


 難易度の低いものを沢山集めて……構成は終わったので後はランダムに繋いで完成だ、配信の予定を緊急で流すか。人間が常識的な時間に来てくれて助かった、真夜中に来たらスポンサーたちがリスナーの少なさに文句を言うこと間違い無しだからな。


 最近では配信にも認知が進んで、枠を取ると待機してくれている魔族は多くなってきた。多少の申し訳なさはあるが人間が来るまで広告を流さないとな。幸い今回は魔族の中でも比較的評判の良い企業が宣伝に名乗り上げてきたので全年齢対応の健全な広告配信が出来るようになった。


「魔王様! 実況担当カレン、参上しました!」


「うむ、音声チャネルを繋ぐので実況準備を始めてくれ」


「ブレインも参りました、人間の情報を集めてきました」


「よろしい、報告を」


「はい!」


 ブレインの急ぎの調べによると、やって来たパーティは恋人関係であり、二人ともそこそこの実力者だそうだ。少なくともブレインがその道に強いとは言え、無名なら情報がろくに集まらないので、その程度の情報を急いで集められる程度に花が売れているということだ。いいではないか、是非とも魔王城の財政改善のためにダンジョンに潜ってもらうとしよう。


「よし! 配信を始めるのでカレンは実況出来るようにしておけ」


「準備出来ています!」


「では配信開始!」


 連続で流していたシリーズものの広告が一区切りついたところでダンジョン入り口の映像に切り替える。仕方ないことだがここで同接が跳ねる、広告を見てくれというのはわがままだろう。魔族にそんな優しさを期待する方が間違っている。


 人間がもうじき入ってくるところまで来ていたのでダンジョンの扉をこちらの操作で開けた。過剰なサービスだが、人間がキレるとダンジョンを破壊し始めると理解したので出来る限り無用に破壊されて欲しくないのだ。


 近づいただけでダンジョンの扉が開いたことを不審に思いながらも二人組はダンジョンの扉を抜けて入り込んだ。その時に装備を映像で確認したが、ダンジョンを覆うように敷設したタングステンなら破壊されないであろう装備だった。おそらく鋼鉄の剣だろう、女の方は弓矢を持っている。どちらも壁の破壊は不可能な装備だ。これで一安心だな。


「魔王様、今度の人間はなんですか? アルマから報告が来ていないのですが……」


 アイツは魔族の中でも忠誠心の高い方だからな。来ると決まったなら報告をしてきそうなものだ。


「何かの手違いか……どこかでダンジョンの位置を聞きつけたのか、なんにせよイレギュラーだがここまでは無事だから後はいつも通りの対応をするぞ」


 珍しいミスをしたのだろうが、この三者がそろっていれば配信で数字を出すことは出来るのでいいとしよう。


「アルマさんも人使いが荒いですね、少しは控える期間があってもいいでしょうに、完全にオフの気分でしたよ」


「言ってやるな、アイツもアレで忠誠心が少し高くて熱心なだけだよ」


 こうして今回のパーティは男女ペアとなった。生きるときも死ぬときも同じな夫婦関係なのかと思ったがブレインの解説によるとそういうわけでもないらしい。であればもっと関係を試すギミックを仕掛けておいてもよかったなと、手遅れになってから思いつく。何時だって名案は手遅れになってから気付くものだ。


「さあ入ってきました! 今回の挑戦者はこの二人! なんと呑気にカップルでやって来たエンジョイ勢です! ダンジョンは遊びじゃないんですよ、普通にムカつきますね」


 多少私怨のこもったカレンの言葉から本格的に始まった。同接は順調に増えている。何の迷いも無くダンジョンに入るような連中だ、それほど難しいものを使わなくて助かった。この手の安直な気分で来るやつは難しいと逃げかねない。逃げられないようにするのは簡単だが、それをやると安全地帯を作ってひたすらそこにこもられかねない、それはあまりにも配信として面白くない。


 それがなお悪いのは、入ってくるまでそういう戦略をとるパーティだと分からないことだ。人間の性格はある程度分かっても、追い詰められたときに進むか戻るか、あるいは止まるかなんて事は分からん。なので出来るだけ攻略は出来そうに思わせる必要はある、実際に攻略出来るかどうかとはまた別の話だ。『できそう』と思わせないと逃げ帰るのがオチだからな。


 そうして無事ダンジョン内部に送り込むことには成功したわけだが、ご丁寧に照明まで点けているというのに慎重に進んでいる。そんな序盤にヤベー罠を仕掛けて退場させるわけがないだろうとこちら側の都合を説いてやりたくなるほど慎重で画が面白くない。


『今回の挑戦者は随分と慎重派ですね、こんなノロノロ進んでいてダンジョンクリアまで食料が持つのでしょうか? 疑問は残りますが、今回は耐久配信ではないので出来ればさっさと奥に進んで欲しいですね』


 ああ、カレンもイライラしてんなあ……ブレインの方はもう無言になってる、顔が不機嫌なのが怖い。まだ腹が立つままに叫んだ方が安心出来る。アイツはなんだか暗いものを一人で抱え込んだままいずれ炸裂させそうなので怖い。普段キレるような奴じゃないからな。


『まて! この先にアイテムが落ちてる、気をつけろ! きっと罠に違いない』


 そろそろ疲れるだろうから退屈な休憩を短くするために回復薬をおいてるんだよ! なんでかんでも疑いやがって! こっちは親切心もあっておいているんだぞ。


『なんかこのパーティ、ムカつきますね……言語化出来ない不愉快さを感じてしまいます』


 ピシ


 カレンはパーティにイラついているのが分かる、問題はブレインが急に来た上に遅々として進まないので手に持っているペンにひびを入れてるし……この場の全員がこの二人にイライラさせられている。ある意味これまでのパーティよりよほど厄介だ。クリアするならするでさっさと進めばいいのに、こうやってだらだらした映像を垂れ流すのが一番ダメだ。頼むからもう少し勇気を持ってくれ、いや、なんで魔王がクソみたいな人間に勇気を持てとか思っているんだ? なんだかコイツらを見ていると俺までイラついてきたな。


『ヨシ! このポーションは安全みたいだ、残りは飲んで少し休もう』


『はあああ!? あのポーションは即効性のあるやつですが、飲めば進めるんだからさっさとがぶ飲みして進めって言いたいですね』


 まさかこんな事になるとは、疲れたポイントにポーションを二つセットしておいたのに、どちらか罠だとか思ってんのか? 正気かよコイツら、何? ポーションの鑑定書がないと飲むことも出来ないの? よく普通に生活が出来たなこの二人。


 仕方ないので通路を進行中に広告を流した。確かに配信中に広告を挟むようにはしているけど、いつもは休憩所とかの安全地帯で回復しているときに流してるぞ。まさか普通に通路を進んでいるだけの時に流すとは俺も思っても見なかったよ。しかも『観ている人が退屈だろうから』なんて理由で広告を流すことがあるなんて想像出来なかったよ。


 広告中なのでため息をついた。ホントなんなのこいつら!? まさか広告の方が退屈しないからなんて理由で移動中に流すとは思いもしなかった。普通逆だろ? まだバカみたいな話をしているパーティの休憩中の方が、コイツらの行軍よりよほど面白いぞ。


「魔王様、さすがにこれは私のフリートークでもネタが尽きますよ」


「済まんな、ここまで慎重派が来るとは俺も思ってなかった。多分コイツらはアルマが送り込んだんじゃないだろうな。どうやって入ってきたのかは知らんが、不測の事態があったとしか思えん。アイツなら観てて多少なりとも面白そうな奴を送ってくるからな」


 公開情報なのでそれを流しているアルマを責めるのはお門違いだが、割と真面目にダンジョンの移設を考えるレベルでつまらん。広告と進行中のパーティを表示しているのに広告の方に目がいってしまう。というかこれ静止画ではないよな? マジで動きがないから実は写真を写していると言われても驚かんぞ。


「魔王様、差し出がましいですが、コイツらは救いようが無いので強制排除を提案したいですな」


 ああ、ブレインでさえキレてるし……コイツはなんとか配信を盛り上げるアイデアなりなんなりを出してくれそうなのに、ついに匙を投げられてるよ。この場の三人が三人ともあの二人はクソだと判断が一致しちゃってるし、もうこれどうしようも無くない?


「召喚陣でも出してオーガでも入れるか?」


「帰還陣を出して逃がした方がいいのでは? アイツらきっとオーガなんて出たら逃げ回りますよ」


「だってあの二人が帰還陣を見つけてそれを踏むと思うか? 踏むなり踏まないなりは自由だけど、コイツらはどっちも選ばず延々悩み続けそうじゃん」


「一理ありますね」


「やりそうですな」


 あー……どうすっかなこれ。広告主に怒られたくないからあんまり退屈すぎる配信はしたくないんだよな。ずっと広告を流していてもそれはそれで問題が出そうだしなあ。


「問題はスポンサーが保険会社なのでオーガを突っ込ませて蹂躙するとそれはそれで問題があるんだよなあ」


 魔族の保険であっても保険金が出るからと言って進んで死なれては困る。もしもの時のためのものだが、見せしめのように人間を殺すのはよくない。ギリギリで死なないラインを探りたいんだがな。


「先が思いやられますね」


「仕方ない、そろそろ部屋につくから配信に戻すぞ。カレンは実況に戻れ」


「はーい」


 ここにいる三人の最大の敵、それは勇者などではない、本当に危険なのは危険であると主張したりしないのだろう。一見無害そうに見えてじわじわ害悪をまき散らす最悪なタイプだ。正面切って戦えば負けることはあり得ないが、コイツらを倒しても得るものが無いからたちが悪い。


 こうして、俺がはじめた配信の最大の危機はじわじわと数字を締め上げて減らしてきている。いっそゼロになればどうとでもなるのにな。


「さて、いいか、こういう人間は今後も出てくるだろう、ここが俺たちの知恵の見せ所だぞ!」


「まったく……魔族使いが荒いですね」


「そうですね、ここで踏ん張れないと今後こういった者が来た時に同じ失敗をしますからな。人間どもの精神攻撃みたいなものですかな。上等です、耐えて見せましょう!」


 さあ、三人で意気込みを新たにして、この退屈との戦うとするか。


 こうして、配信初の危機がノロノロと俺たちに喧嘩を売ってきたのだった。

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