その2

 1週間後、帝都を出港したサラサはげんなりしていた。


 その間の宮廷内では、皇帝からの熱烈な歓迎を受けた。


「流石はルディラン侯爵家を継ぐ者。

 見事、見事!!」

 皇帝はサラサを前にしてはしゃいでいた。


 それは裏表のない称賛であった事は間違いがなかった。


 だが、それ以上に気になった事があった。


 周りにいた諸侯の目だった。


 今回の戦いのハイライトはセッフィールド島沖海戦で間違いがなかった。


 そして、スヴィア王国の戦略目標はセッフィールド島の奪取だった。


 その為に、色々と手を打ったのだが、サラサに撃退されてしまった。


 当然、囮として戦った他のスヴィア王国軍はまともに戦おうとはしなかったので、それに対応していた帝国軍も戦果を上げる事が出来なかった。


 となると、相対的にサラサの功績が際立ってしまう。


(何とも居心地が悪いわね……)

 サラサは表情にこそ出さないが、そう感じていた。


 周辺視野で、諸侯の表情を観察した。


 帝国の諸侯は誰もが、能面のような表情でいた。


 要するに、面にはあからさまに出さないが、良くは思っていない事だけは確かだった。


 帝国の諸侯に混じって、サラサの同国人がいた。


 バルディオン王国陸軍第3軍のサリドラン候だった。


 同国人が戦果を上げたので、少しは喜んでもいいかと思われたが、そうではなかった。


 まあ、派遣される前の彼の態度から見ると、お約束事かも知れない。


 そして、何より、帝国の諸侯と違って、あからさまに不機嫌であり、それを隠そうとしなかった。


 自分より目立ったので、恨んでいるようだった。


「いやいや、あれには流石に参ったわね……」

 サラサは艦上で、祝勝会の事を思い出し、思わず言葉に出していた。


「はぁ?」

 隣にいたバンデリックが微妙な表情でいた。


 何に対して、そう言ったのかは何となく分かってはいた。


 ストレス発散にもう少し激しく罵るのかと思いきや、意外と冷静に感想を述べてしまっていたのに、ちょっと意外さを感じていた。


 まあ、ちょっと物足りなさも感じていたのは、バンデリックの性から来るものだろうか?


 とは言え、このまま落ち付いてくれるのは有り難い話ではある。


(しかし、普通だったら貰った勲章の話でもするのだろうけど……)

 バンデリックはそう思いながら、サラサが自慢気に勲章を見せびらかしている姿を想像してみた。


 思わず、吹き出しそうになった。


 どうにも、想像しがたい事なのだが、無理矢理想像してみると、無理矢理自慢している姿しか思い浮かばなかった。


 そして、それが痛い。


 サラサの方は、バンデリックの不穏な行動を察して、ギロリとバンデリックを睨み付けた。


 バンデリックの方は、びっくりしながらも何事もなかったように、姿勢を正した。


 前を向いて、絶対にサラサと視線を合わせないようにした。


 いや、もう、それだけでバレバレだった。


 とは言え、少し大人になったのか、サラサはそれ以上突っ込まなかった。


(お仕置きは後にする事にしても、スヴィアが戦い方を変えてきたのが気になるわね……)

 サラサは、ようやく落ち着いて考えられる環境になったと感じていた。


 なので、今回の戦いの違和感を感じざるを得なかった。


 何か違う事に思いが移ったのを敏感に感じたバンデリックは安堵しようと、職務に励む事にした。


(まともに戦わず、違う場所に橋頭堡となり、拠点を築こうとしたのは事実よね……)

 サラサは更に深い洞察をしようとしていた。


 バンデリックの方は、今度はちらちらサラサを見ながら、お仕置きがない事を確認して本当に安堵した。


 後で、酷い事になる流れには全く気付いていなかった。


 そこに、伝令係からいきなり紙を渡された。


「……」

 バンデリックの安堵の時はないようだ。


 すぐに反応できないほど、意外な報告だったからだ。


「どうしたの?」

 サラサは、妙な空気が一転する気配を感じていた。


 そして、戦闘状態の指揮官の顔へと変貌していた。


「リーラン王国総旗艦艦隊に動きありとの事です」

 バンデリックが反応に戸惑ったのは、そう言った短い報告のせいだった。


 それは、本当にそれだけしか書いていなかったからだ。


「!!!」

 サラサの表情が一瞬で緊張した面持ちに変わった。


 ……。


 バンデリックも緊張した面持ちをしていたが、2人は互いに言葉を交わす事がなかったので、沈黙が訪れてしまった。


 そして、サラサの緊張した面持ちが沈黙と共に、ニヤリと不適・・な笑みへと変わった。


「どうやら、碌でもない事が起きそうね」

 サラサの言葉は迷惑そのものであるが、表情は真逆である事は言うまでもなかった。


 と同時に、先程までの洞察が吹き飛んでしまっていた。


 興味の対象が、宿敵へと完全に移ってしまった瞬間でもあった。


「はぁ……」

 バンデリックは溜息交じりにそう答えた。


 報告が一瞬遅れたのは、ここまで見越しての事だった。


 サラサが碌でもない行動を起こす予想をしていたからだ。


 サラサ艦隊は次の寄港地であるサキュスの目の前まで来ていた。


 後は湾に進行し、入港するだけと言った所だった。


「全艦停止!」

 サラサは、バンデリックの心配を他所に、命令を下した。


 バンデリックは呆れながらも、その命令を伝令係に指示を出した。


 命令後、艦隊はすぐに停止した。


「10隻、選抜しなさい。

 然る後に、リーラン沖へ向かうわよ!」

 サラサは意気揚々をして、命令を下した。

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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第2巻 妄子《もうす》 @mousu

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