夢が無いから死のうと思う(更新停止)

@HumitukiHumi

きっかけ

 「夢が無いから死のうと思う」


 酷いくらい日差しが強いのに、まだ昨日の雨で出来た水溜まりが小さく残っている学校の屋上。


 同じクラスの女の子が柵の上から飛び降りようとしていた。普段から口数が少なくって、無表情の彼女は、僕に短くそう告げた。



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 高校三年生最後の夏も中盤に差し掛かった七月。放課後周りの生徒が帰り始めている教室の席で、僕は一枚の紙切れに酷く悩まされていた。


 『進路希望調査書』


 中学生の時や、高校二年生の後半なんかに何度か渡されていたこの紙は、前までは悩むことも無く書けていたのに、三年生になってから急に書けなくなってしまった。


 原因は、何の気なしに見ていたテレビで誰かが話していた言葉だ。


 「将来、自分の本当にやりたい事をやりなさい」


 その一言は、何故か僕の心に潜り込んできた。去年の冬までは、大学で英語を学び、世界を股にかけるような仕事をする事が自分のやりたい事だと思っていた。


 だけど、それが本当にやりたい事かと聞かれると、なんか違う。別に世界を股にかけるような仕事をしたいって言う気持ちは嘘じゃ無いし、大学でのキャンパスライフなんかは気になってはいるけど、本当にやりたい事と言われるとなんか違う気がする。


 今までちっちゃい頃とかに考えていた将来の夢なんかを思い返しても、本当にやりたいのかと聞かれたら全然そんな事はないし、別にいくらでも諦め切れる。それこそ中学生の頃なんかは漠然と得意な絵で過ごしたいなんて気持ちもあった。


 「あー、ダメだ」


 「どうしたんだよ湊」


 進路希望調査書を渡されてから悩み続けていた俺に、隣の席で親友の琥太郎こたろうが声をかけた。


 「今の進路で良いのか悩み始めてる」


 「進路?お前英語の勉強して世界中で働けるようになるために大学行くって言ってただろ?今更何悩んでんだよ。もう三年の夏だぜ?」


 琥太郎はそんな事を言ってくる。正しいのはきっと琥太郎だ。受験生が7月にもなって突然進路を悩みだすんだから、もし僕と琥太郎が逆の立ち位置だったらきっと同じ事を言っている。


 「自分でも今悩み始めるのは不味いって思ってるけど、悩み始めたのものはしょうがないだろ?」


 「確かにな。でもお前、すげえ顔になってたからよ。ちょっとでぼーっとしてろよ」


 「そうする」


 そう言って僕は扉を開けて教室を出た。向かう先はこの学校の屋上。本来なら鍵が閉まっていて開かないけど、偶然鍵を使わずに開ける方法を知ってから、僕と琥太郎は疲れた時やぼーっとしたい時なんかにそこで横になって空を眺めていた。 


 階段を登り、学校の先生ですら滅多に来ることのない屋上の扉を開けると、そこには女の子がいた。


 その子はテクテクと屋上に設置されているフェンスに手をかけると、そのままフェンスを越えようとする。フェンスの先には何も無い。三階建ての学校から飛び降りれば、ひとたまりも無い。


 「えっ!ちょっ!何やって!?」


 僕は焦って止めに走ろうとした。たった今飛び降りそうな女の子には見覚えがある。同じクラスの久瀬さんだったはずだ。僕が声をかけると、久瀬さんは僕の方に振り返り、一瞬少し驚いた表情を見せると、数秒こっちを見つめてから

 

 「夢が無いから死のうと思う」


 何の感情の機微も感じさせない無表情で、彼女はなんてことないように言った。


 「ど、どう言うこと?別に夢が無いからって死ななくても良いじゃんか!」


 「物心ついてからずっと将来の夢に悩まされてた。みんなあるのに私だけ無くて、みんなと同じで好きな音楽とか、好みの服装なんかはあるのに将来の夢だけなくて、それが無いとダメなんじゃないかって考えると自己嫌悪に陥って死にたくなる。で、この先も悩まされるならいっそ死んでしまおうと思った」


 久瀬さんは将来の夢が無く悩んでいるらしい。普段無表情で無口な久瀬さんが、そんな事を考えていたなんて思いもやらなかったし、将来の夢が無いことについて悩んでいる久瀬さんに、少し共感した。


 将来の夢と、本当にやりたいこと。他の人は違うものだと思うかもしれないが、なんとなく、似たような事で悩んでいるんだと思った。


 そんな事を考えていると、いつのまにか久瀬さんは僕から目を離して、再度フェンスから飛び降りようとしていた。どうにかして久瀬さんが飛び降りるのを止めないと!


 「久瀬さん!死ぬ前に一回将来の夢を探しに行かないか!?僕も本当にやりたい事が見つからないんだ!」


 「夢を探しに?」


 「そう!もう直ぐ来る夏休みを使ってさ!色んな人に話を聞いたり経験するんだ!どうせ今死のうとしてたんだ、いっぱいお金を使って!普段行けないような遠い所まで行って話を聞きに行ったり、普通じゃ出来ないような体験をしてみようよ!」


 僕が必死に言葉を並べている間、久瀬さんは全く表情を変えず、ただじっと僕の方を見つめるばかりで、何の反応も返ってこない。


 このまま飛び降りてしまうんじゃ…そう思った時、久瀬さんはずっとフェンスに掛けていた手を離して、僕の方に顔だけでなく体を向けた。


 「わかった。死ぬ前に最後に君と探してみる」


 「ほ、本当?良かった…」


 どうやら説得?は成功したみたいだ。僕はどうにか同じクラスの同級生が自殺を一旦止めた事にほっとする。


 「取り敢えず、一緒に教室戻ろうよ。多分あんな所で君が飛び降りようとして、きっと騒ぎになってる。先生に見つからない内に屋上から出よう」


 僕がそう言うと、久瀬さんは僕の方を指さした。


 「後ろ」


 久瀬さんに言われて僕は後ろを見る。するとそこには僕達の担任と、生徒指導の先生達が立っていた。


 「二人とも、着いてきなさい」

 

 心配の表情と共に、微かに怒りを感じさせる顔を浮かべたた担任の先生は、僕たちに言った。


 今日の出来事は、今年の夏が濃くなるきっかけだった。

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