酒と馬鹿と被害者ムーブ

浅賀ソルト

酒と馬鹿と被害者ムーブ

飲酒運転をして人を轢いてしまう事件は後を絶たない。しかし轢かれた方も酔っ払って道のど真ん中で寝ていたとなると話はややこしいことになる。

飲酒運転ほどではないが、寄って道で寝て轢かれてしまう人間というのは年間に何人もいる。あの路肩の段差が枕にちょうどいいらしい。それで車に轢かれるところを想像するとそれだけで恐怖でしかないが酔っ払いのやることはよく分からない。

ドライバーが酔ってなかったとしても前方不注意ということで無罪にはならないから——なることもある。なんならドライバーから見えないように寝る酔っ払いや、車両専用道路に入り込んで中央分離帯の段差を枕に寝る酔っ払いもいるからだ——轢いたドライバーの方が悪いということで裁判は進む。

私の弟は居酒屋から出てその横にある駐車場の出入口に寝ていた。轢いた車とは別の車のホイールを枕にしていたらしい。

血中アルコール濃度0.04%で、酒気帯びではなく飲酒の状態の容疑者が駐車場から車を出しそのまま表の通りを100メールほど走って信号で止まったところで周りの人が気づいて通報した。引きずられて意識不明の重体だった。死んだのは翌朝である。

弟は友達と一緒に飲んでいたが歩いて酔いを冷ますとかいって別れて一人になったらしい。そんなに酔っているとは思わなかったと友達は泣いていた。道端で寝るほど酔っていたとは思わなかったそうだ。

その日も暑い夜だった。最近の日本の夏の夜はまったく寒くない。ちょっと寝たくなる気持ちは分からないでもない。いい気分で夜道を歩いていたのだろう。

私はちょっと実感がなかった。スマホに連絡が来たときにはおかしな予感があったが、それでも出るまでは何があったのか予想もしていなかった。

弟が車に轢かれて重体、いますぐ病院に行けと言われた。

そうは言われても弟は名古屋で両親と実家暮らしで、私は東京で一人暮らしをしていたし、連絡が来たのはもう夜の11時くらいだったので大変だった。帰省で使ってはいるが高速バスの予約と出発にはギリギリだった。

夜行バス特有の疲労感の中で早朝の名古屋に下りると、親戚が迎えに来ていた。両親は病院から離れないという。

その親戚が運転する車の中で事件の経緯を聞いた。

酔って寝てて、飲酒運転の車に轢かれちゃったんだって。

なんとなく助かると思っていたのかもしれない。しかし、意識が戻らないまま弟は死んでしまった。

早朝の人のいない名古屋の爽やかな朝と、そこから直行する病院までの道のりの景色は妙に綺麗でドラマのようだった。

ちょっと時系列を整理しよう。

ここで私が語るのは両親のことだ。

事故で息子を失った親のリアクションというのは——そして弟を失った姉のリアクションというのは——呆然から怒りへと移行する。

この怒りのことを書いておきたいのだ。

親にかわいがられたのは弟の方で、私はどちらかというと可愛げのない長女として扱われてきた。だから弟への感情も多少は複雑なものがあった。といっても弟が生きていたらの話だ。

呆然としている両親を見て、弟のことより私を見てよとかそういう気分にはなれない。むしろ両親より私の方が頭に血がのぼってわけが分からなくなったくらいだ。

うまく時系列が整理できない。

警察官がいて、過失傷害から過失致死へと容疑が変わったのがその日のうちだったと思う。テレビでも報道があったが、ドライバーの飲酒よりも弟が駐車場で寝ていたことの方が注目を集めてしまった(「無罪」という書き込みまであった)。

姉の私はどちらかというと話の外で、警察官の説明は主に両親に対してだった。だから両親や警察官から聞くよりネットニュースで事情を詳しく聞くことになった。

冒頭に書いたような経緯はそうやって知ったものだ。

あとは刑事罰と賠償金がどのようになるかということになる。この話が時系列として出てくるのは事件が起きて、逮捕されて、葬式があって、そのあとのことになる。

よく言われることだが葬式までは忙しい。悲しんでいる暇がない。

わーっと準備があって、そこで親戚や弟の友達が泣いているのを見て、自分たちも泣けるようになる。

両親はその葬式を悲しみではなく怒りで乗り越えた。ずっと相手のドライバーへの怒りを口にしていた。

話はとても事務的だ。

ドライバーは当然こう主張する。変なところで寝てる方が悪い。自分にも不注意があったが10:0で悪いということはない。いくらか情状酌量の余地があり、賠償金についても交渉の余地がある。

検察としては酔ってなければ気づいたはずだと言う。轢いたとしてもそのまま引きずることはなかっただろうとも言う。飲酒運転した奴が100%悪い。

賠償金については民事の話なのでさらにまた別の話としてどこまで過失——落ち度とか油断とかそういう意味である——があったのかという話になる。

簡単にまとめているが一年とかすごい時間のかかっている話なのである。

普通はせいぜい半年くらいで、ここまで時間がかかるのは珍しいということだった。これはこちらの雇った弁護士が言った事である。あまり自分の過失を認めたがらないタイプで、できるだけ路上で寝てたことの責任を大きくしたいようですね。

そんなことを交渉しているうちに向こうの主張の書いた紙が届いた。

こちらは飲酒運転をしたが、このくらいの酒では自分は酔わないし、問題なく帰宅していた。あの夏の夜も何事もなかったはずだった。運転技術に問題はないし、判断力が酒で鈍るということもない。夜中の駐車場に寝ている人がいるなど予想できるわけもない。あんなところで寝る酔っ払いの方が駄目な人間であり、非常に迷惑している。これは不幸な事故だが、あんなところで寝てたら轢いてくださいというようなものだ。こちらは酔っ払いの迷惑行為に巻き込まれた被害者であり、むしろ謝罪と慰謝料を求めたいくらいだ。しかし日本においてはなんでもドライバーの責任にされてしまう。これは本当に理不尽で筋の通らないことだ。怒っているのはこっちの方だ。

妙に冷静な頭で、私はふーんと思った。

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