第33話 堕ちる
振り返った俺の目に入ってきた光景は、想像を遥かに超える量の傷が刻まれた雪乃さんの背中だった。
その傷は切り傷をはじめとした色々な種類の傷だ。そのなかでも大きいものは、肩口から腰の辺りまでに走る切り傷だ。そんな傷が出来るのは、敵を目の前にして逃げるために背中を晒した場合か、不意打ちしかない。
雪乃さんの性格的に敵前逃亡をするような人物ではないと思うから、妖に不意打ちされたのだろうな。
「前は恥ずかしいからな。見せるとしたらそういう関係になったらだ」
そう言って彼女は脱いでいた服をもう一度着始めた。今になって気付いたが、背中を向けているとはいえ今の彼女は上裸なのだ。俺が前に周り込めば簡単に見ることが出来るだろう。
俺の中にある性欲の悪魔も流石に空気を読んだ。そもそも目の前で女性が上裸で背中を無防備に晒しているという状況だけでもエロい。童貞の俺にはそれだけで満足だ。
「まあ君には相手が居るから、私にはそんな機会ないだろうがな」
ガハハと笑う彼女の笑みは何処か痛々しいものがあったが、俺にはどうすることも出来ずにその日を終えた。
翌朝の雪乃さんは何事も無かったかのように朝ごはんを作ってくれていた。ただ俺からしたら何処か気まずいものがあるので、接し方が辿たどしくなってしまった。
気まずさを解消することなく、俺は逃げるように学校へと向かった。この気まずさは時間が解決してくれるだろうという甘い考えからだった。
学校に着いた俺は吹っ切れて、聞かれたら正直に説明することにした。同棲ではなく同居だということと、メイドではなく家政婦だということを強調してクラスメイトに説明した。
そしてメリットを説明することで学生であるのにも関わらず女性と同居しているという点を納得させた。俺たちは命を懸けて陰陽師をやっているため、生き残るために必要であれば対応が寛容になるのだ。
そのまま俺は雪乃さんと気まずいまま文化祭の日を迎えてしまった。
文化祭までの間に俺は何度かフェリーを使って本土まで赴いて妖の討伐を行った。霊力の総量が多くなったお陰で、二級の妖を単独で討伐することが出来るようになった。しかし一級や特級、妖王は全くもって歯が立たないから、まだまだ精進する必要がある。
文化祭は高専生のみの一日目と外部の陰陽師も参加出来る二日目の二部構成になっている。
一日目は特筆するような出来事はなく、ただBクラスの術を使って作るカフェは思っていた以上に美味しかったから満足だったな。
そして二日目。普段は文官として陰陽寮で働いている陰陽師や基本前線で動いている陰陽師たちが集まっていた。その中に十二天将が二人居たらしく、人だかりが出来ていて進みにくかった。
「どうしたんだ山田、霊符なんて持って」
「……倉橋か。人の身を捨て影をその身に宿す堕妖」
祝詞の詠唱だと?しかも内容を考えると蘆屋道満がやったとされる堕妖の術なのか!?
「止めるんだ!【木鎖】」
俺が霊力を使って生み出した木の鎖は霊符を持つ右腕を縛り上げ、霊符を指から引き離すことに成功した。
「倉橋残念ながら一歩遅かったみたいだよ。もう術は完成している【堕妖】」
その瞬間山田の身体からは邪悪な霊力が溢れ出した。それと同時に彼の身体を縛っていた木の鎖が簡単にちぎれてしまった。
しかし山田がこの瞬間にこの術を使ったのに疑問が残る。この術を行うなら昨日の方が最適の筈だ。今この時間は最低でも十二天将が二人居て、更に陰陽介クラスの陰陽師がうじゃうじゃ居る。それなのにわざわざ妖になるなど自殺行為に等しい。だから山田には俺が知らない勝ち筋があるのでは無いかと疑ってしまう。
邪悪な霊力を感じ取った十二天将の二人がこの教室へと入ってきた。
「堕妖の術なんて危ない術、どこから見つけてきたんだろう……堕妖の術にまつわる書物はもう存在しないはずなのに……」
彼女は義江さんの職場体験先であった甘露寺
「本を発禁すれば裏が儲けるために買いだめて売り捌くからな。きっと裏の人間が隠し持っていたんだろう」
彼の名前は
「それで君の友達か?」
「クラスメイトです」
「高専生か。なら醍醐の責任問題になるが……術を覚えた状態で入学されたら防ぎようがないから仕方ないな」
「どうして君は妖になったのかな?」
「俺はクラスで山田昭仁と名乗っていたが、本名は違う。俺の本名は蘆屋昭仁。蘆屋道満の落胤の末裔だ」
つまり蘆屋道満の血を引く人間ということなのか……。
◇あとがき◇
落胤……身分の高い男が正妻以外の身分が低い女性に産ませた子供。男からしたら不祥事でしかないので出来た子供は未認知であることが多い。そのため他人からしたら把握出来ないことが多く、戦国時代では族滅しても血統が残っていることもあった。その血が後々問題になることも多々あった。諸説あり。
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陰陽の道 Umi @uminarou
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