第32話 メイドではなく家政婦である
校舎に着いた俺は出来るだけ存在感を無くして、義江さんからの尋問を避けようとしたが、無理だったみたいだ。
「彼女が貴方のメイドになってのは分かったけれど」
「だから家政婦なんだって」
「そのメイドが貴方と同棲しているのは、どうしてなのかしら?」
全く話を聞いてくれなくなっちゃったよ。以前までの義江さんはこんなにも人の話を聞かずに突っ走るような人間じゃなかったのに……何があったんだろう。
それと義江さんの俺への配慮のない声によって、今教室にいるクラスメイトたちに俺がメイドを雇って、同棲していると思われてしまった。
メイドじゃなくて家政婦なのに……同棲じゃなくて同居なのに……という俺の心の叫びは、声に出したところでクラスメイトの耳には届かないんだろうな。今の彼ら彼女らは義江さんの発言に注視しているんだからな。
「それは住む場所がないからだよ。そして一緒に住んでいる理由は……家から追い出したら雪乃さんがホームレスになっちゃうからね」
「わざわざ男子寮である貴方の部屋に住まなくても女子寮だったり、街の方に空き部屋の1つや2つあるでしょ」
「……それもそうか」
考えていなかったな。女子寮の方は分からないが、街に出掛けた時に人が住んでいる気配が無い家がいくつかあったから、そこを陰陽寮から借りればいいのか。
その提案をその日の放課後に持ち帰って雪乃さんに伝えたのだが、彼女から帰ってきたのはたった一言。
「家賃が勿体無いだろ」
確かに甲判定が出て強制的にこの寮に住んでいる俺はこの寮に無料で住んでいて、わざわざ追加で家賃を払うのは勿体無いと思うけど、女性と2人っきりで同居するのは精神衛生上に悪いから、お金を払ってでも別に家を持った方が楽なはずだ。
「お金は払うから別々に住んだ方がいいよ」
「もし万が一……いや億が一別々に住むとしても家賃は私が払うさ。そこまで私は落ちぶれちゃいないからね。まあここに住むから考える必要のない事だがな」
「……そうですか」
雪乃さんとの同居は避けられないようだ。まあ彼女の家事や料理は一級品とも言えるので、俺自身のパフォーマンスは上がるだろう。しかしクラスメイトからの視線が痛いだろうな……。
陰陽師としてのパフォーマンスか学生としての平穏、どちらを取るか……てかクラスメイトにメイドがいると思われた時点で、学生としての平穏は崩れ去っているのか。仕方ないか。
「じゃあこれからもよろしくお願いします」
「何だ急に敬語になりやがって気持ち悪い」
「辛辣だな……」
俺は雪乃さんとの同居することに決めた。俺たちは、同居する上で一番重要であるルールを改めて決めることにした。
「ルール?私は面倒くさいから適当でもいいぞ。別に裸を見られても構わないしな。もし見たいなら言ってくれ。傷だらけでもいいならな」
そう言って雪乃さんは、服をずらして腕が残っている方である右肩を見せてきた。
その行為は女性が行えばセクシーな行為だが、彼女の肩には刃物で切られたような傷や火傷のような傷で覆い尽くされていた。
彼女は陰陽師として飛び抜けた才能がある訳でもなく、
「こんな体を見たがる男がいるとは思えないがな」
彼女は自虐をしながら笑っていた。しかし一瞬彼女の顔に陰りが見えたのを俺は見逃さなかった。
しかし俺に何が出来るのだろうか。慰めればいいのか?いや俺には陰陽師としての才能があるらしいから、同情として取られてしまう可能性がある。だがこのまま放っておけるほど俺は非情な人間じゃない。
悩みに悩んだ俺は考え過ぎていたこともあり、とんでもない発言をしてしまった。
「少なくとも俺は雪乃さんの裸を見てみたいよ!」
「えっ……」
嘘はついていないが、言い方と言うものがあるだろう。女性相手に裸を見たいと本人に伝えるのはただの変態じゃないか!
辛い。雪乃さんが何も言ってくれないから、俺も喋りにくいじゃないか。
この部屋には時計の針が進む音だけが響いている。そんな時間が俺には辛すぎた。だからこちらからボケということでお茶を濁そうとした。
「いまのはじょ」
「見たいんだ……なら見せてあげる」
彼女は俺が言葉を発するのに被せて衝撃の発言をした。思春期男子としては正直嬉しい。だけど裸を見てしまったら雇用主と雇われ家政婦としての関係が崩れてしまう。
俺の頭の中では、そんな葛藤を具現化したような理性の天使と、性欲の悪魔が戦っていた。しかし思春期男子の性欲は凄かった。
性欲の悪魔が勝った俺は、黙って雪乃さんの次の行動を見守ることにした。
「……恥ずかしいから後ろ向いててくれ」
正直脱ぐところも見たかったが、裸が見れなくなったら元も子もないので、仕方なく俺は後ろを向いた。
「もうこっちを向いていいぞ」
期待に胸を膨らませて、俺は振り返った。
◇あとがき◇
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