明日、二分の一の確率で世界が滅ぶ

ナナシリア

明日、二分の一の確率で世界が滅ぶ

 明日、世界が滅ぶ。そう言われたら、人々は何をするだろうか。世界はどうなってしまうだろうか。


 きっと、物価は一気に上がると思う。だって皆、最後にお金を使い果たそうとするだろうから、需要量が増えるから。


 馬鹿みたいに商品が売れるから、仕事は増えるかな? それとも、職員だって休みたいから仕事はなくなるのかな?


 世界が滅ぶ前に自ら命を絶つ人もいるだろうし、犯罪行為に手を染めてしまう人も多くいるだろう。


 総じて、世紀末のような世界になるはずだ。


 じゃあ、明日、二分の一の確率で世界が滅ぶと言われたら、人々は何をするだろうか。世界はどうなってしまうだろうか。


 経済学者でも心理学者でもない、ただの素人の俺には予想もつかない。


 もしかしたら先述したような世紀末になるのかもしれないし、世界が滅ばなかった場合のことも考えて普段通りに生活するかもしれない。


 物価は、少しくらいは上がるだろうな。仕事は、増えるのか、減るのか、わからない。


 明日世界が滅ばないことにかけたり、逆に明日世界が滅ぶことにかけて犯罪行為に手を染める人もいるかもしれない。


『——巨大な隕石が、地球の公転軌道上に――』

『——隕石はちょうど明日の終わりごろに地球に――』

『——これほどまでの隕石の衝突は想定されておらず——』

『——文明の崩壊は避けられないものと――』


 絶望を巻き起こすニュースが飛び交う中で、希望の光が一つ。


『隕石を、止められるかもしれない兵器があります。確率は、およそ二分の一』


 ——明日、二分の一の確率で世界が滅ぶ。


 俺に兵器の詳細は分からなかった。理解することが出来なかったし、明日滅ぶかもしれないのだからニュースなんて見るよりも有意義なことがある。


 だが、いざ前日になってみると俺は何をしようかわからなくなっていた。


 物価はどうしようもないほど高騰し、今何かを買おうという考えは浮かばなかった。


 世界が終わる前日に会いたいような人も俺にはいない。


 混乱が広がる外に出たって何か収穫が得られるとは考えにくかったが、群集の混乱の様子を一目見たくて、外出の準備を始めた。


 外はまるで世紀末で、でも余裕ぶってポケットに手を突っ込んで歩いている人なんかも居たりして、世紀末よりも混沌だった。


 今ならどこに行っても混んでいるだろうな、と考えるが、逆に学校なら誰もいないかもしれないと思い、歩いて学校へ向かう。




 学校は、閉鎖されているようだった。その影響か生徒もおらず、教員は何か用があるのか、誰もいなかった。


 かつ、かつ、かつ、かつ。廊下を土足で歩く俺の足音が無人の校舎に響き渡る。向かうのは俺のクラス。


 がらがら。雑音がないからか、扉を開く音がいつもより大きく感じられた。


「学校は閉鎖されてるよ」


 教室には、名前も知らないクラスメイトが座っていた。


「名前、何だっけ」

「明日世界が終わるかもしれないんだから、終わらなかったら教えてあげる」

「明日世界が終わるかもしれないのなんて、毎日だろ」

「そうだけど」


 いちいち鬱陶しいクラスメイトだ、大人しく名前を教えてくれればいいものを。


 俺は一人で過ごしたくて学校に来たというのに、と心の中で愚痴を言いながら踵を返した。


「せっかく会ったことだし、少し話をしない?」

「嫌だ。明日世界が終わらなかったら話をしてあげる」

「さては君、相当面倒くさいね」

「お互い様だろ」


 面倒くさい人が二人絡むと本当に面倒くさい。


「どうせ他に行く場所なんてないんだから、ちょっとくらい良いじゃん」

「……はあ」


 それは無言の肯定。


 正直なところ、俺は彼女とこれ以上話したくないと思いながらどこかで楽しみを感じているようだった。


「で、何の話をするの?」

「無難なのは、明日世界が滅ぶかもしれない話だね」

「考えてないってことね。考えてないなら引き止めないでほしいんだけど」

「私が君を引き留めたことで世界の明日が変わるかもよ?」

「変わらねえよ」


 俺とか彼女は世界の滅亡には全然関係なくて、関係あるのは隕石を止める兵器を作って調整して発射する人たちくらいだ。


「つれないなあ」

「世界が滅ばなかったら、君は何をするつもりなの」


 このままくだらないやり取りを繰り広げていても仕方ないので、しょうがなく俺が話題を振る。


「私は――」

「あれ、誰かいるのか?」


 今いいところなのに、どうやら見回りの教員か何かがいたようで、俺は素早くロッカーに隠れた。


「私も入れて!」

「入らないよ」


 俺は拒否の意を示したつもりだったのに、彼女は俺を無理やりロッカーに押し込んでそのまま閉めた。


「馬鹿、狭い」

「私と密着して興奮しちゃってるのかなあ?」

「してねえよ退け」


 彼女の言葉が憎たらしい。


「誰もいないか」


 教師は既に教室の中を検めたようで、扉をがらがらと閉める音が静かな校舎内に響き渡った。


「危なかったね」

「危なかったのはお前だけだよ」

「私の身体、どうだった?」


 言われて彼女の体つきを見ると、健康的な高校生といった風体だった。精神はこれほどまでにひねくれているのに、身体はここまでまっすぐなのか。


「一般的だな」

「これでもDなんですけど」

「別にその情報に興味はねえよ」


 彼女が鬱陶しくやかましいことに間違いはなかったが、この一瞬の時間で彼女に惹かれていった。


「世界、終わってほしくないな」

「私の名前を知りたいから?」

「そうだよ」


 困らせてやるつもりで言った言葉に、彼女は想像以上に驚いていた。


「世界が滅ばなかったときのために、連絡先を交歓しておこうか」

「いらねえよ、世界が滅ばなかったらそのあとで交換すればいいから」

「私のセリフパクったな!」


 彼女と過ごしている間に、今日が終わろうとしていた。外が橙に染まっている。


「明日の終わりに世界が滅ぶ……あと一日と四分の一くらいか」

「そうだね。もう暗いし、今日は解散しようか」

「俺は明日は来ない」


 明日会ってしまうと、世界が滅んでほしくないという気持ちが強まってしまいそうだから。


「明日は家でゆっくりしておくから」

「じゃあ明後日、会おうね」


 何気ない挨拶のようで、明後日会えるかわからないという不安を内包していた。


 夕暮れの光が、まるでこの世界が存外切ないということを知らせているようだった。




 家で過ごす時間は、名前も知らない彼女と過ごす時間と比べて、あまりにも惰性的だった。


 これが日常だったはずなのに、何かが足りないような気がする。


 とはいえ贅沢は言ってられない、今日の終わりに世界が終わらなければそれでいい。


「今日は、隕石の落下予定時刻まで起きてるか」


 ちくちくと時計の針は進み、孤独の沈黙の時間の中で今日の終わりが刻一刻と近づいてくる。


 ごくりと息を呑んで時計の長針が動くのを見守る。


 二十四時、二十四時一分、二十四時二分……二十四時十分。


 世界は、滅亡しなかった。




 そう思った彼は何も認識することが出来ずに塵と消えた。

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明日、二分の一の確率で世界が滅ぶ ナナシリア @nanasi20090127

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