24.赤いタオルを掲げる意味とは

「……五百名ほどいますね」

「そのようですね」


 馬車でリオン、いやレオ一向に追い付いた『聖女』と、『聖女』の付き添いで来た神殿騎士団。今は遠目からレオ一向を見ているが、その異様さに驚いていた。レオとシル、マカロン王女を先頭に一定の距離を置きながら赤いタオルを掲げながら付いてくるその数は五百名に膨れ上がっていた。神殿騎士団団長は渋い顔をしながら『聖女』に言った。


「イーノキ教を名乗る集団をマカロン王女と『白獅子』殿が率いています。……『聖女』様。我々としてはこれは見逃す訳にはいかないかと」

「何をでしょうか」


 『聖女』は涼しい顔で答えた。


「何を、ですか。『聖女』様。如何に『白獅子』殿と懇意があるからと、我らの教えに叛くような真似を見逃す訳にはいきますまい」

「いつ、『白獅子』が私達の教えに背いた、と?」


 『聖女』の言葉に圧力が入る。団長は思わず身がたじろいだ。


「ご、誤魔化せれませんぞ。我らの教えがありながら別の、イーノキ教なる教えを」


 団長はされど答える。答えるが動揺から言葉に詰まる。


「聖教会は唯一つの神を称えよとの教えは無かったはずですが?」

「それはそのような考え事態が有り得ぬと!」


 いくら『聖女』の言葉と言えども流石に看過出来ないと語彙を強く反論した。これが分からぬ貴女ではないはずだと。しかし、『聖女』からは更に冷たい目線を向けられた。


「貴方の眼は節穴ですか?」

「な、何を」


 分からない。今見ているものなら同じものしか見えていないはずだと団長は再度彼等を見るが分からない。彼らも『聖女』と神殿騎士団に気付き、なんだなんだとこちらを見ている。


「見なさい。彼らの掲げる赤い布を」

「それが……『赤』、まさか」

「赤は『朱天狐』の色。聖女を表す色。聖教会の象徴たる私の色。つまり彼らは私達聖教を何ら他意にする意思はなく、私達に属した上でその闘魂の神イーノキを讃える、そういう意思表示ですよ」

「なんと……ですがそれでは何故『白獅子』殿はこの国で今、新たな教えを……」

「……今、聖教内にあの『形天』の人間が複数名入り込んでいるとの事です」

「それは!?」

「今後、教会内で意図的に派閥争いが行われる可能性があります。それに乗じて『形天』の人間が台頭してくるかも知れません。その場合、追いやられるのは清廉潔白かつ出世欲など無い真なる殉教者でしょう。そんな彼等の行く場所は何処になるのか分かりますか」

「まさか、その為のイーノキ教。イーノキ教が『聖女』の庇護の元に広まるとあらば確かに奴等も迂闊には手を出せない!」

「そうです。『白獅子』は我らを守る為にイーノキ教を作ったのです」

「なんと……なんという事だ」


 神殿騎士団団長は己の浅はかさに恥じる。それは話を聞いていた神殿騎士団の団員達も同様だ。


「ふふ、彼等が私達に気付きこちらを見て動揺しているようです。行きますよ。武装は解除して下さいね?」

「はっ!」






「という事で宜しいんですよね? レオさん」

「アッハイソウデス」


 突然神殿騎士団を率いて現れたクルスさんに「イーノキ教は聖教の管理下って事でええんやなおおん?(意訳)」と笑顔で言われた。これブチ切れられてないか。怖い。背後にゴゴゴゴゴって擬音が可視化してる。思わず正座しちゃったね。いや当たり前っちゃ当たり前だけど。クルスさん背後の神殿騎士団の方々も俺を見てなんか神妙な顔をしておられる。クルスさんここに来るまでに暴れてちゃったりした? なんかごめんね皆さん。

 ちなみに髪色落とせと言われたので素直に染めてた茶から白髪に戻した。おこなクルスさんから言われたらしゃーない。いやー俺がリオンしゃなくて『白獅子』だってばれちゃうなーまいったなー。え、みんなそうだと思ってた? まじ?


「リオンさん『白獅子』だったんですね……」


 ええそうです。気付いて無かったの貴女だけだったみたいですよランさん。いやマカロン王女様。いえ貴女は貴女で今家族の国葬が行われるのを知り悲しみに暮れてるんでしょうけども。


「つまりレオカミュ……」


 ん? 何考えてます?


「いえ、父と母の事なら城から逃がされた時に既に覚悟は出来ておりますので……」


 あ、そうなんですね。いま不穏な単語が聞こえた気がしたのは気のせいかそうかそうか。

 さてはくっそ逞しいなあんた?






「マカロン王女を狙うのは中止、ですか」


 ホースチェストナッツの国王と王妃を毒殺し、混乱に乗じ現在政務を摂る大臣パッパラパーは自身のメイドに向かい怒鳴り散らしていた。


「当たり前だ! 屈辱だ! わざわざ赤い布を掲げた多数の人間を連れよって! 分からぬワシではないわ! 王女の後ろに『聖女』と教会が付いたとこれみよがしに見せ付けよって! 終わりだ! もうワシは終わりだ!」


 赤は『聖女』の色。一国の王女がその色を使う意味が分からぬ訳が無いという。まったく分かってないんだけど分かっているらしい。


「……はあ、つまらないわね」

「何?」

「もういいわ」


 それだけ言って、メイドは大臣の首をあっさりと刎ねた。


「良かったのですか? 『翠玄武』」

「ええ、もう使えなそうだし」


 メイド、こと『翠玄武』に控えていた他のメイドが声を掛ける。


「大臣は自分の犯した罪の大きさに耐えかねて自死したのよ」

「……どう見ても他人が首を刎ねた後ですが?」

「後で首を縫い付けて服毒死の体にしといてちょうだい」

「面倒ですね」

「じゃあ焼死でいいわよ」

「それなら。それでこの後はどうするのです? 王女の後ろについてこの国を操るのですか?」

「いえ、残念だけどしばらくは関わらないわ。『聖女』も『白獅子』も出てくるなんて付いてないわ。せっかく操りやすい馬鹿見つけたのにね」

「……我ら『形天』としては今回の目的は達しています。国を手にするのはついででしたから構いません」

「そうね。ま、でもこのままちょっとは癪だし、最後にぱぁーっと派手にやっちゃいましょう」

「ええ、我らは混沌を招く者。その目論見は正しい」

「驚くかなー。楽しみだなー」

「きっと驚くでしょう。まあ、貴女が関わっている時点でホースチェストナッツとホスグルブの亀裂は既に決定的ですがね」

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