第3話 イメチェン計画始動!!

  俺達は階段ダッシュの後、汗もかいているし昼ご飯もまだだからという事で一旦別れた。2時間後に集合ということで、俺は家に帰ると急いでシャワーを浴び始めた。


 ノズルを捻り、流れる出る温水を体に当てながら先程までの事を考える。


 あまりに急な事で、物事の整理を付けるのは難しかったが、シャワーヘッドから流れ出た水が体を伝ってゆくのを見ている内に、思考から無駄なものが流れ出ていく気がしていた。


 後に残った必要なものだけを拾い集める。不安だとか心配だとか恐怖だとか…無駄な物は無しだ。


 香奈は今から俺をイメチェンすると言っていた。必要な物をいくつか伝えられて、それを彼女の家に持っていく形になる。彼女曰く、少し外出する予定らしいので、人前でも恥ずかしくない服を着ていかないといけないな…


 頭の中で様々な事に一応の整理がついた事を確認し、ノズルを捻りシャワーを止める。タオルで体を拭き、ドライヤーで頭を乾かす。ボサッと長く伸びた髪の毛は乾かすの少し時間がかかる。


 脱衣室から出てリビングへ向かう。父さんは優香の迎えに行ったらしいので、俺と母さんだけで昼ご飯を食べる事になる。リビングには、既に母さんが昼食を準備してくれており、俺は軽く感謝の言葉を伝える。


 席についてまずは水を飲む。一杯じゃ喉の乾きは満たされず、二杯目を汲み始める。そこで母さんの声がかかった。


 「今日はあんたら何しとったん?」


 「瀬尾神社の階段走ってきた」


 「それだけ?」


 「うん」


 俺の返事に母さんはハァとため息をつく。そして隣にあった鞄から財布を取り出し、中から一万円札を出して机に置いた。


 「あんたねえ、折角のチャンスを無駄にする気?このお金あげるからデートにでも誘ってきなさいよ。まぁ…根暗なあんたには無理な話よねぇ…」


 どうやら母さんは俺と香奈の関係を勘違いしているらしい。俺とあいつはただの幼馴染だ。それにデートではないが今から外出する予定だし…、というかそんな事を母親から言われたくはない。


 「デートじゃないけど…今から外出する予定だから、これは有り難く貰っておくよ」


 そう伝えると、母さんの顔が見る見る真っ白になってゆき椅子から立ち上がると、フラフラと定まらない足取りでソファへと向かう。そのままソファに倒れる様に横たわり、一言だけ「これは夢よ」と声を出すとパタリと気絶した。


 何に驚いたのかは分からないが、特に気にする事でもないと思い、そのまま放置して俺は香奈の家へと向かった。


 香奈の家のチャイムを鳴らすと、中から香奈の弟である玲央君が出迎えてくれた。


 「あっ、誠さん。姉は二階にいるみたいです、どうぞお入り下さい」


 「ありがとう」


 香奈はあんな感じなのに弟はとても礼儀正しく真面目な性格なのだ。性格は全然似てないが、顔はとてもそっくりで中性的な美少年という感じだ。ツヨツヨ遺伝子っていいなぁ…、そんな事をしみじみと思いながら階段を登り、二階へと向かう。香奈の部屋に入るのは初めてではないが毎回緊張してしまう。


 ドアを数回ノックすると中から気の抜けた様な声が響いてきた。


 「いいよー、入ってきなー」

 

 俺はそれを聞きノブを回し室内に入る。扉を開くと同時に鼻いっぱいに芳しい香りが充満する。その時に自分が女子の部屋に居るという事を実感する。何故、芳香剤やそれに準ずる物が見当たらないのにこんなにも良い匂いがするのだろうか?世界三大ミステリーの一つにも数えて良いだろう。


 「あれ持ってきた?」


 香奈がクッションに寄りかかりながら俺に尋ねる。俺はその問いに答える代わりにバックの中から「あれ」と呼ばれたものを机の上に出す。


 「持ってきたみたいだね」


 彼女が机の上のものを一つずつつまみ上げる。


 俺が持って来た物、それは…


 「コンタクト、ひげ剃り、ワックス、くし…これで全部だよな?」


 おれの問いに彼女は少し考え口を開く。


 「うーん…言ってなかったけどお金は持って来た?」

 

 「勿論。外出するんだろ?なんか母さんが持ってけって万札くれた」


 俺がそう言うと彼女は不思議そうな顔をしたがそれ以上聞くことはしなかった。


 「よし。それではイメチェン計画を始めよう!!まずはコンタクトから行こう!!てかさ、持ってるのならなんで付けてこないの?」


 「うーん…部活する時は付けてたんだけど、今はやめちゃったし眼鏡のほうが楽かなって」


 そう答える俺に香奈はヤレヤレと首を降る。


 「あのね誠、オシャレにおいて度が入った眼鏡なんて言語道断よ!!顔のパーツで一番重要とも言える目を小さく見せるなんて、ありえないわ!!」


 眼鏡はダメか…俺のチャームポイントが一つ消え去ったな。


 「次にヒゲ、これもなしだわ。ヒゲは30を越えたダンディな男のみが許されるのよ。剃ってきなさい」


 言われるがまま洗面台に向かいヒゲを剃り始める。全て剃り終わった後に彼女に確認をしてもらう。


 「どう…かな?」


 「ま、いいんじゃない?それじゃ次は外出よ!!」


 ということなのでイメチェン計画の舞台は香奈の家から街へと移った。近場のバス停で二十分程かけて市の中心部へと向かう。


 「これは…どこに向かってるんだ?」 


 「美容院よ」


 美容院…はっ、もしかして…


 「え?もしかして髪の毛を切るのか?」


 俺の問いに何いってんだこいつ、みたいな顔をして答える。


 「当たり前じゃない。美容院に行って他に何するのよ」


 いや、それはそうなんだけど…俺が聞きたいのはこのイメチェン計画はそこまでするのかって事なんだけど…多分するっぽいな。

  

 バス停を降りて2、3分歩くと目的地が見えてきた。そこで俺を一人その場に置いて、香奈が店の中へと入っていく。


 しばらくして出てきた香奈が俺を手招きする。それに従い、俺も店の中へと入る。


 「ここは私の行きつけの店なの。予約もないみたいだったから、無理やりやってもらうわ。」


 そう言うと彼女は女性の美容師さんにスマートフォンを見せている。恐らく俺の髪型をどうするのかについて話しているのだろう。


 美容師さんは俺に座るように言い、言われるがまま座った俺の髪の毛を切り始めた。


 くしで髪をとき、長さを見ながら大きめのヘアピンみたいなやつで俺の髪を留めてゆく。あらかたヘアピンもどきを留め終わった彼女は、俺の側頭部からバリカンを入れてゆく。みるみる内に俺の長かった髪の毛が切り揃えられてゆく。


 二十分は経っただろうか?髪の毛を切り終わった彼女が俺を洗面台へと案内する。用意された椅子に腰掛けると、彼女は椅子を倒し俺の頭を洗面台に向ける。


 「こちらのシャンプーの方、使っていきますね」


 彼女はそう言って俺に数本のボトルを見せると、俺の顔にタオルのような物をのせ、頭を洗い始める。温水の当たる中で頭を揉まれる感触がとても気持ちいい。あまりの気持ちよさに眠ってしまいそうになる。


 その後はドライヤーを使い、水気を飛ばしてゆく。そこまで終わると香奈がスマホを持って近づいてくる。


 「何してるんだ?」


 俺の問いに彼女がニヤニヤしながら答える。


 「今からワックス付けるからさ、完成後の写真を撮るの。これからは撮った写真を真似して髪の毛をセットしてきてね」


 「まっ、毎日か?」


 流石に毎日は厳しいかもしれない…日によっては寝坊する事もあるだろうし、そもそも髪のセットにどれだけの時間がかかるのかも分からない。だが、そんな心配は無惨にも一言で切り捨てられる。


 「勿論」


 俺はハァ、と情けない声を出すことしか出来なかった。そうやってカメラを向ける香奈と話していると美容師さんのセットが完成したようだ。


 「こちらでどうでしょう?」


 俺は目の前に備え付けられた大きな鏡で自分の姿を見る。そこに映っていたのは……………









 







 別人だった。


 

 短く刈り上げられた側頭部に、緩やかなアーチを描くように額の中心で分けられた前髪、全体的に纏まったイメージがあり、先程までの長くボサついた雑多な感じが一切感じられない。


 自分ながら格好いいと思ってしまう


 髪のセットだけでこうも変わるものなのか、顔ですらいつもより小さく見える。ふと、鏡の奥でニヤニヤ笑う香奈を見つける。


 「何笑ってんだよ」


 「そっくりそのまま返すよ」


 俺は香奈に言われて初めて気づいた。自分の顔がニヤついていた事に。慌てて真顔に戻そうとする俺に香奈が話しかける。


 「いいでしょ?オシャレって。自分が格好良くなるとさ、全てがキラキラして見えるようになるんだよ。」


 そう言われてその意味を深く理解する。何故なら、俺は生まれ変わった自分を見て、一瞬でもインフルエンサーとして上手くやっていける自分を想像してしまったからだ。


 「そう…だな。あのさ…、香奈的に俺はインフルエンサーとして…いや、お前と一緒にあの番組に出るのに相応しくなれたかな?」


 言い終わった後に俺は自分の愚かさに気づく。こんなふうに聞かれて香奈が相応しくない、なんて言えない事に気がついたからだ。俺は生まれ変わった自分を認めて貰いたくて、相手に自分を押し付けてしまった。


 慌てて訂正しようと開く口は香奈の言葉で遮られる。


 「ダメだね。」

  

 「ふぇ?」


 予想もしていなかった返事に変な声が出る。そのまま固まる俺に香奈が付け加える。


 「私の横に立つんだったら…顔だけじゃダメだよ。総フォロワー5万のインフルエンサーにならなきゃダメ。」


 そして香奈は意地悪そうな顔をして続ける。


 「でも……意外と格好良くなったみたいだし、私が最初のフォロワーになってあげてもいいよ。」


 フフ、と小さな笑いが俺からこぼれる。ここは俺も言い返さないとな…


 「そうか、フォローしてもらってやっても良いんだぞ」


 「フフッ、言うようになったじゃん!でも、まだまだ道はこれからだからね!!早速、明日は香奈先生によるSNS講座じゃーー!!」


 どうやら明日も俺は自由になれないらしい……。まだまだ俺の道は遠い、でも…、五万人という大きな数字だって最初は1から始まったんだ。


 だから、その最初の1が彼女だったことが俺には大きな意味のように思える。


 笑顔ではしゃぐ彼女を見て、俺は小さな声で言った。



 「ありがとう」

 




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「問」コミュ障陰キャでも人気者になれますか?「答」モデル幼馴染が必要です。 かふ @kafusan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画