エピローグ ルイーザ・アルメスト ~帝国の大公夫人~

 

「王国発の歌劇もいいものね!」

 ある日、皇太子妃・ミリエラ様と第二皇子妃・マリー様がそろって大公家にいらっしゃった。

 というのも、ミリエラ様は昨日、皇太子様とお忍びで観劇に行ったそうだ。

 マリー様から紹介されたその歌劇は王国発祥ということもあり、私にもその話をぜひ、という運びになった。

「是非ルイーザにも見てもらいたいわ!」

「ええ…どんなお話だったのですか?」

 あまり観劇をしたことがない私は、まずあらすじを聞くことにした。

「貧乏男爵家に生まれた一人の女性が、ある伯爵の愛人になるところから話は始まるのだけれど。

 主人公はその伯爵家の長女なのよ」

「…」

 なんだろう何か聞いたことが…。

「王国ではその伯爵の愛人が主人公で、伯爵の長女ってのはチョイ役ですぐ死んじゃうんだけど、死んだところで後妻に入ってた愛人が虐待を繰り返してたことが発覚して捕縛される転落人生を描いてて、またこの愛人ってのが憎々しい演技が天下一品の女優がやってるものだから、王国じゃ【史上最も共感されない主人公】って言われてるらしいわ。

 帝国ではそれでは、ということで悲運の伯爵の長女にスポットを当てて、オリジナル展開で、彼女は何とか逃げ延びた先で王子様に助けてもらって大団円、となるから、話もすっきりしてて王国版の投げっぱなしよりも好感触ってことで、帝国版が王国に逆輸入されるそうよ?」

「…」

 あー、これは確定ね。

 後でタフィリアを問い詰めなければ…。

「どうかした、ルイーザさん?」

「…いえ、何でもないですわ、お義姉様。

 もう一杯お茶いかがです?」

 知らぬふりで私は二人のカップの紅茶を変えるようにマチルダに指示した。

 

「…タフィ」

 二人の義姉が帰った後、私は大公執務室にこもって仕事をしているタフィのもとに向かった。

「ルイーザ?

 どうかしたかい?」

 いつもなら休憩時間である時間を狙ってきたが、まさに執務中にしている眼鏡を置いて執事のカインとともにお茶をしていた。

「先ほどミリエラ義姉様が、最近話題の歌劇をご覧になったとのお話をされていましたが。

 その内容について、ご存じですわね?」

「…あ。

 あーあの歌劇の話、聞いちゃったかー…」

「…やはりあなたが嚙んでいましたか。

 どういうことです?

 まるでベネディクト伯爵家の話ではありませんか?」

「…あーいや、王国版は完全にベネディクト伯爵家側の話なんだ。

 君…いや、伯爵の長女が事故でなくなったというところを含めてね」

「…はぁ」

 ということは一からタフィが作ったわけではなさそうだ。

「原作者は、ルパート・モンテグロ。

 侯爵家の令息さ?」

「…なるほど」

 ルパート様が書かれたのか…道理で主人公のイメルダ元夫人を美化していないと思った。

「ルパート氏は今や時の人だよ。

 【知り合いの家で本当に起こったことをありのままに描いた】らしいよ」

「…」

「ちなみに結末は聞いたかい?」

 タフィは悪びれもせずにこちらに聞いてきた。

「いいえ?

 あの様子だと…あぁ、例の火事で3人とも、ということですか?」

「いや、イメ…いや伯爵の後妻は生き残っているが、火刑に処されるんだ」

「火刑?

 伯爵の長女の虐待でですか?」

「いや、もっと重い罪…放火」

「え…あ、ええ!?」

 さすがにそれは衝撃的な展開だった。

「つ、つまり…」

「あぁ、罪人として収容された後、何年かで市井に戻っておとなしくするかと思ったら、伯爵家のエントランスに放火して再び逮捕されて火刑にかけられるんだ。

 救いようのない女だろ?」

「…もしかして」

 さすがの私も、椅子にへたり込んだ。

「そう、この歌劇はイメルダ元夫人の人生譚だよ。

 もちろん脚色して歌劇にふさわしいレベルにはなってるけどね」

「…それじゃぁ、王国じゃあの方は悲劇の主人公に…」

「いや、この歌劇のタイトルは【悪女】なんだ。

 つまり、イメルダ元夫人の悪女っぷりをこれ以上なくあらわした舞台になっている。

 火刑に処されたときも、伯爵と娘への恨み言を重ね、あくまで【私は悪くない】とつぶやいているような女として描かれている。

 むしろ同情を買っているのは、物語の序盤で姿を消す伯爵令嬢のほうでね」

「…」

「そういうこと、つまり、君をモデルにしたキャラクターが悲劇の主人公なのさ。

 何しろ彼女が死んで体から痣や傷が見られたことで、悪女の虐待が明らかになり、それで逮捕されて何もかも失った挙句、最大の罪を犯すんだ。

 見事な悪女の転落人生だろう?」

 私は何も言えなくなっていた。

「けど…帝国版はその伯爵令嬢が救われる話だと…」

「実はね、僕の友人に劇団の脚本家がいてね。

 主人公の【悪女】役にぴったりの女優が劇団員にいて、彼女もやる気なんだけど、普段看板を張ってる女優の役どころがなくなってしまってね…それで言ったんだ。

 伯爵令嬢は死んだと思っていたけど、逃げた先で隣国の王子様に拾われて、隣国で楽しく暮らしてるって筋書きはどう?ってね」

「…!」

「第一幕が王国版のコピー、第二幕として逃げた伯爵令嬢が隣国に行くまでに親戚とか縁者に助けられながら逃亡という帝国追加版を二日続きでやる興行にしたら、王国版を食ってしまうくらいの大ヒットになったらしいよ。

 中には最初から伯爵令嬢だけを主人公にした短縮版を作った劇団もあるらしくてさ、今度その帝国版を王国に逆輸入して向こうで演じることになるらしいよ…あくまで第二幕はフィクションとしてね」

 やはり彼が一枚かんでいたのか…。

「…まったく、それって私のことじゃないの…なんで私には一言も…」

「だって、フィクションだからさ。

 それに、君が思い出したくないことでもあると思ったからね。

 まぁ…もう大丈夫そうだから言ってもよかったかもしれないけどね」

「…もう」

 私は、知らせてくれなかったことを少し不貞腐れたが、考えてみれば今だからそこまでの感慨はないけれども、ベネディクト伯爵が亡くなった直後に放火のことを聞かされていればもう少し動揺したかもしれない。

 こうなったことには、タフィに感謝している。

 

 こうして私は、タフィと結ばれ、住んでいた王国の王都から遠く離れた帝国の大公領で、幸せに暮らし始めることができた。

 マチルダやカインをはじめ、王国時代の知り合いも多く周りにおり、タフィやその家族、そして彼らから紹介された貴族の方々とも良好な関係を結ぶことができて、王国でも実家であるレゼド侯爵家やライス辺境伯家との関係から王国との懸け橋の役割も担っていることで、自分の立場を確立もできて、充実した日々が続いている。

 あの家から逃げ出したことで、お祖父様…いえお義父様やタフィ、ライス辺境伯様、帝国の皇帝様やお義兄・義姉様方のやさしさに触れ、あの頃を克服しました。

 もしかすると私は「悪女の被害者」かもしれません。

 しかし、その「悪女」よりも間違いなく幸せに過ごしています。

 

 ~fin....~

 

 

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そして悪女の被害者令嬢はいなくなった ~歌劇「悪女」のできるまで~ 粟飯原勘一 @K-adashino

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