第26話 タフィリア・アルメスト④ ~アルメスト帝国第三皇子、次期ダイド大公家当主~

 

「そう…ですか。

 ふふ…けどなぜでしょうね。

 王国にいたころ、一番長く住んでいたはずのベネディクト伯爵家は焼失、一応とはいえ実父であるはずの伯爵が亡くなったというのに…なんでしょうこの【対岸の火事】にしか思えないのは。

 養父のレゼドのお義父様が亡くなったというなら慌てて帰らないといけないと思うけれど…」

「…そうか」

 そう淡々とルイーザが話す。

「それに…もし二人が私と交流を持っていたなら…」

 そしてそこで少し悲しそうな顔をした。 

「私の部屋のすぐそばには使用人用の階段があるのだけれど…私の部屋の中には、いつか逃げ出すために秘密の扉を作っておいたの。

 伯爵とジェニーは、火災が起きた吹き抜けのあるエントランスしか逃げ場がないと思ったのでしょうが…実はそこから逆の逃げる方向にあった私の部屋だった物置の隠し扉を知っていれば、逃げ出せたかもしれませんね」

「…」

 皮肉な話だ。

 レゼド侯爵の話では、伯爵はともかく、ジェニー嬢はその機会があった…カトリーヌ・ジェニー双方とも、来た当初はお互いに相手に好意的に過ごそうとしていた時期がある。

 しかしイメルダがすぐにジェニーにカトリーヌとの交流を禁止したため、その機会を失った。

「…そういえば、イメルダ夫人は…」

 二人の最期を伝えると、聡明なルイーザはもう一人の元家族の名前を挙げた。

「彼女については…書かれていなかったな。

 そういえばライス辺境伯から、彼女はカトリーヌ嬢・・・・・・に対する保護責任者遺棄の疑いで投獄されているといわれていたな」

「…なるほど、皮肉ですね。

 罪を負ったことで難を逃れるとは…」

 ここまで話してわかったことは…ルイーザはすでに、自分が【カトリーヌ・ベネディクト】であったことを吹っ切っていることだ。

 今の彼女は名実ともに、ルイーザ・レゼド、いや僕の奥さんであるルイーザ・アルメストなのだ。

 だからこそ…最後の最後、イメルダが起こした…いややらかした・・・・・ことは伝えるわけにはいかない。

 

 それからしばらくして、イメルダ元夫人の処刑が行われた。

 容疑はベネディクト伯爵家への放火、しかも逃げ場がないと思われたエントランスに火を放ったことで殺人容疑もかけられ、重罪となり、比較的罪の重い火刑に処されることになった。

 不幸中の幸いで、使用人のほとんどがルイーザへの冷遇で処罰されて住み込みの使用人がいなかったこと、警備の関係で伯爵家にいたヘルプの使用人や護衛も別棟の使用人控室にいたことで難を逃れている。

 伯爵家の敷地は王家が回収、領地は農地が主であるため、いったん王家預かりになった後、農務卿を務める公爵様に下賜された。

 その間、引退していた先代のベネディクト伯爵が代官を務め、レイモンドさんや一時期ベネディクト伯爵家で働いていた新執事さんなどの協力で恙なくほとんどの領地は公爵領となったそうだ。

 なお、一部の有用な土地は代官として優秀だった、先代ミレド男爵の功績で、当代のミレド男爵に下賜され、身分も子爵に陞爵されたそうだ。

 ちなみにあの家の次男は、男爵家から追放され平民になり、どこにいるのやら…という感じらしい。

 

「そういえば大公家の執事のことなのだけれど」

 間もなく大公を僕が引き継ぐにあたり、使用人としてはルイーザの侍女・マチルダ以外は連れていく予定はなかったが、叔父上の引退とともに叔父上の執事と叔母上の侍女も引退することになった。

 叔母上の侍女の代わりに、ルイーザの侍女としてマチルダがいるが、執事は新しく雇うことにした。

 と言っても、実はこれも考えていたことで、すでに大公家で執事見習いとして働いてもらっている。

「ええ、そういえばあたりはつけておられるとか?」

「ああ、今日は君に紹介しようと思ってね」

 馬車の中、そんな話をしながら大公家に向かう。

 実はその執事は、ルイーザも知っている人物である。

 大公家につき、いつものように叔父夫妻の歓待を受ける僕とルイーザの前に、叔父上が彼を紹介してきた。

「…まぁ!

 領地にいらした文官様ではございませんか!」

「ご無沙汰しております、カトリーヌ…いえ、ルイーザ奥様。

 タフィリア様に執事としてお仕えする予定の、カインでございます」

 彼は、以前ベネディクト伯爵領で優秀な文官として代官の先代ミレド男爵を補佐した人物だった。

 ベネディクト伯爵が任命したミレド男爵次男に嫌気がさしているところへ、僕がもうすぐ帝国に帰った際に執事を探している、君なら問題ないと引き抜いたのだ。

 その後、次男坊の悪行がすべてばれた後、恥知らずにもベネディクト伯爵は彼を代官に任命すると宣言したがそれを拒否し、引継ぎの後、大公家の執事見習いとしてこちらに来てもらっていた。

「…タフィは私の周りの重要な人をすべて救ってくれましたね」

 そういってルイーザは僕の手を握った。

「…もちろんだとも、大切な婚約者だ」

「…ありがとうございます」

 そこで叔父上の咳払いが聞こえ、「そういうことは後でしてくれんかね?」と苦笑された。

 

 そして間もなく、僕は大公となり、ルイーザは大公夫人として忙しい日々を過ごすことになる。

 ルイーザも母上、ミリエラ姉上、マリー姉上や前大公夫人の叔母上とともに、立派な大公夫人として社交界の花になっている。

 

 そんな忙しい日々の中、ミリエラ姉上が何やら問題?らしきものを持ってくるのだが…。

 

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