転生を繰り返す白ヤギ王子は、最愛の騎士と巡り合う
後朝。
「おはようございます」
明るいが決して騒々しくない声色で挨拶しながらグナーデは寝室に入った。
この寝室の主であるミットライトはまだ眠っているようで、天蓋から下がった布は閉じられたままだ。
ここで、何も言わずに布をめくり開けるようでは従者は務まらない。
ミットライトには魂を分かち合った恋人がいる。その恋人との
「ミットライト様、おはようございます」
少し控えめに声をかけるが、返事はない。
ミットライトの恋人のヴィレは優れた騎士だ。ミットライトがグナーデの声に気づかず寝コケるのはいつものことだが、ヴィレならばきちんと気が付いて場を整えて布をあけてくれるはずだ。
「…………」
返事がないという事は、本日はミットライト様がお一人でお休みになっているという事なのだが――。
(気配が多い……?)
なにやら気配というか、圧というか……閉じられた布の向こうにミットライト一人以上のものを感じる。
「……失礼いたします、ミットライト様」
そう言って布をめくりあげると、毛布がこんもりと盛り上がっている。
その盛り上がりが――大きい。大きすぎる。
ミットライト一人どころか、小山のように盛り上がっていた。
「ミ、ミットライト様!?」
恐る恐るグナーデが毛布をめくると、そこには黒い塊が――。
「お前たちっ!」
グナーデの一声で、黒い塊が一斉に頭をあげる。
起き上がった影は6つ。頭にはピンと立つ三角の耳がそろい、みな揃ってグナーデの方を向いた。
ヴィレの仲間の狼たちだった。頭が6つという事は、3頭はどこか別の場所にいるのだろう。
しかし、森にいる狼たちと比べて大柄な狼たちが6頭も寝台に上がると他に誰かが眠るところもない。
「ミットライト様はどこに行かれた?」
グナーデが狼たちに問うが、狼たちは暢気にあくびなどしていて話を聞く気は全くなさそうだ。
「……くっ、仕方ない。かくなる上は……」
グナーデがパンパンッと2回手を打つと、「失礼いたします」という声と共に女官たちが現れた。
ぞろぞろと入ってくるのは昔から屋敷の中を仕切っている牝牛の獣人で灰色猫の獣人のグナーデより身長も高く体格も良い。その後に続く女官もみな大柄で逞しい。
そんな女官たちが、一斉に寝台を取り囲み、敷布に手をかけ引っ張り上げた。
「キャンッ! キャンッ!」
情けない声をあげて狼たちは寝台から放り出され、グナーデは彼らが部屋を出て行くのを確認してから、再びミットライトを探し始めた。
◆◆◆
「……何か、声が聞こえたな」
そう言ってヴィレが体を起こそうとすると、その腕を枕にして眠っていたミットライトが抗議の声をあげた。
「う~……」
「もう朝だぞ?」
ヴィレはそう声をかけながら、自分の腕の中で眠るミットライトの柔らかな髪を撫でようとしたら、その手にがっぷりと噛みついたものがいた。
「痛てッ! こらっ」
ヴィレが慌て腕をあげると、ちゃっかり寝台にもぐりこんでいたノインがぶら下がっている。
「お前っ、いつのまにっ!」
自分の手に噛みついているノインの襟首をつかんで引き離すと、ぶらぶらとぶら下げたままヴィレはノインをしかりつけた。
「お前は……人のベッドに入ってくるなって言ったよな? 今度やったら飯を抜くって言ったはずだぞ!」
しかし、ノインは知らん顔で、ウーッと抗議の声をあげるばかりだ。
「こいつ……寝室の扉をしめたはずなのに……」
仔狼のノインはまだ扉を自分で開けることができない。それなのにいつの間にかちゃっかり寝台の中に入り込んでいた。
ヴィレに捕まれて不機嫌そうに尾を揺らしているノインを見るが、どう考えても一匹で部屋に入ってくるのは難しいだろうと思われた。
「ほらっ、もう入ってくるなよ! 今日は朝飯抜きだからな!」」
そのままポイッとノインを廊下に放り出すとしっかりドアを閉めた。
ドアの外ではキャンキャンとノインが抗議の声をあげていたが、ヴィレはそれを無視してミットライトの眠っている寝台に戻ったのだが――。
「は?」
ミットライトがふかふかの毛皮に顔をうずめて眠っている。
柔らかな毛並みに顔をうずめて気持ちよさそうだが――この毛皮はいったい?
ヴィレはミットライトの顔をうずめている毛皮を徐にわしづかみにすると、毛皮が抗議の声をあげた。
「ウォン!」
「ツヴァイ? アインス!?」
二匹の狼――ツヴァイとアインスが腹や背に顔をうずめているミットライトを起こさないように、頭だけそっと上げて小声で抗議してくる。
「ああ、いや、つかんだのは悪かった、悪かったが……なんでお前たちがここにいるんだ!?」
「うるさい、ヴィレ」
訳が分からず声をあげると、眠っていたミットライトが眉間にしわを寄せて眠そうな顔のまま起き上がった。
「お前はもう少し静かにできないのか?」
「は? それは俺が怒られることなのか?」
「大きな声をあげて騒いでたのはお前だろう?」
ミットライトの眉間のしわが深まるが、ヴィレも納得がいかない。
寝台に腰かけているミットライトの後ろにはアインスとツヴァイがそっと寄り添いながらも知らん顔をしている。
「だいたい後朝だというのに、お前は情緒ってものがないのか……」
「それは……その……」
確かに声をあげてしまったのはヴィレだが、その原因たちはミットライトの後ろにいる2頭とドアの向こうで抗議の声を上げ続けているノインだ。
ミットライトもその声に気が付いたらしい。
「ん? ノインが外にいるのか?」
寝台から降りて、素足のまま扉に向かい、そのまま開いた。
すると、それまでギャンギャンと喚いていたノインが、ミットライトの顔を見るなり耳を寝かせて「キュゥ……」と鳴く。
「なんだ、寂しくなったのか? 仕方のない奴だ」
ミットライトはノインを抱き上げる。
「ああ、すっかり目が覚めてしまったな。グナーデを呼んで着替えたら食事にしよう。お前たちも腹が減っただろう?」
「「「ウォンッ!」」」
3頭は声を揃えて良い子な態度で返事をする。
返事の後は寝台から降りてミットライトの足元に揃って座り込む。
(アインスかツヴァイがドアを開けて入ってきたんだな)
この2頭のどちらかであれば扉を開けるなど造作もないことだ。それにくっついてきてノインも部屋に入ったのだ。
ちゃっかりミットライトの腕の中に納まったノインの尾は機嫌よく揺れている。
(まったく……)
狼たちはミットライトとヴィレの大切な仲間だ。
ミットライトとの逢瀬の真っ最中には邪魔をしに来ることはないが、二人がのんびりしていればこうして傍にやってくる。
(群れの一員というのは……少しくすぐったいものだな)
ヴィレが聖グランツ皇国にいたころは狼たちと触れ合うには場所を選び、誰にも見つからぬように慎重にしなくてはならなかった。
だが、ここではそんなことは気にせず、堂々と仲間であると知らしめて良いのだ。
「……ヴィレ?」
少しぼんやりと考え事をしてしまったヴィレをミットライトが呼ぶ。
「なんだ、珍しくぼうっとしていたな。お前も腹が減ったのか?」
ノインを抱いてミットライトが笑っている。
アインスもツヴァイもくつろいでヴィレを見ている。
「腹は減っているが、こうしてみなと居るのも悪くないと思ってな」
ヴィレがそう言うとミットライトは嬉しそうに笑みを深めた。
今日も幸せな一日が始まる。愛しい恋人と仲間と共に――。
―― 終
BL掌編書き集め 貴津 @skinpop
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