100万回T大に合格した男

栄一

要約

S田は、T大学の講堂を見つめながら、ひとり呟いた。

「今度も、T大がしっかり、見えた。」

彼にとってT大はただの学び舎ではない。

実は、「何回も生き返る猫のおはなし」に出てくる猫のように彼は死んでも何度でも生き返り、時代をいくらか遡ったところから人生を再開できる特殊能力者(転生)であった。

生き返るたびにT大入試に挑み、そして合格を勝ち取る男であった。

彼にとって、T大学は普遍的で、不変量に等しい存在だった。


第一回目の人生では、彼は勉強熱心な高校生として目覚めた。

図書館の隅で本を読み耽り、予備校に通うことなく、簡単にT大合格を勝ち取ったが、極めて無念ながら、卒業することなく心臓発作でぽっくり亡くなった。


第二回目の人生では、T大に合格し卒業しただけでなく、T大教授として若者たちに知識の灯をともした。

併せて、数多くの業績を出したが、最後は老衰で亡くなった。


そして100万回目の人生では、彼は、なんと初めて自覚することなく幼稚園児として生まれ変わった。

現実の世界では、まだ文字も読めず、算数もできない。

だが、なんと、彼の心の中では、自分は既にT大の学生であるという確固たる信念があった。

彼の想像の中では、毎日が講義とディスカッションで満たされている。

しかし、ある日、その現実認識の狭間で、彼は自分が何者なのか、どこに属しているのかを見失った。

そんな時、彼は彼の妄想の中にあるT大の講堂を見て心を落ち着かせた。

その講堂は彼にとって安定と確信の象徴だった。

しかし、現実には、S田は、幼稚園の砂場で、一人、遊んでいるのだ。

そして彼は笑顔でつぶやく。「今度も、T大がしっかり、見えた。」


(完)

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