後編
◆
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
脱出する招待客に付き添ってホテルの外に出た殺死杉だけがその悲鳴を捉えていた。
悲鳴はホテル『永遠の安らぎ』の十六階の宴会場『モケーレ・ムベンベの間』から聞こえたものだ。
本来ならば聞こえるはずがないが殺死杉イヤーは地獄耳、悲鳴は犯罪者処刑チャンスである。聞き逃すことはあまりない。
「おやァーッ!?」
殺死杉は階段を駆け上がり『モケーレ・ムベンベの間』へと向かう。
辿り着いた殺死杉を待ち受けていたものは、不可思議な光景であった。
避難のために開け放っておいた『モケーレ・ムベンベの間』のドアが閉じられているのである。いや、それだけならばまだおかしなことではない。
「これは……密室……」
ドアにバツを描くように木材が打ち付けられており、床の部分には体重に作動して飛び出る槍の罠が設置されている。さらにドアの上部にはセンサー式のガトリングガン。トドメとばかりに、ドアの取っ手が南京錠でぐるぐる巻きにされている。
『愚かなる人間よ……立ち去るが良い……』
そして扉を守る門番――守護幻獣カルマスフィンクス。
容易に入れる部屋ではない。
殺死杉はたまたま持っていた爆弾を設置し、壁を吹き飛ばして『モケーレ・ムベンベの間』へと入った。
「そんなッ!超越業屋さん!?」
避難を後回しにしていた、なんなら今日の殺人デザートとして取っておいたのが仇となったか。
超越業屋は部屋の中央で死んでいた。
それも尋常の死に方ではない――まるでロードローラーに全身を押しつぶされたかのように圧死している。
殺死杉はまず、内鍵を確認した。
やはり、内鍵がかかっている。
外からも中からも出入りは不可能だった――ということになる。
そして、パーティー会場の様子を確認する。
このような殺人事件が起こった際、真っ先に疑わなければならないのは吊り天井だ。被害者が吊り天井のトラップに引っかかって死んだというのはこの国の密室殺人では上位の死因である。
だが、パーティー会場に異変はない。
殺死杉達が避難したままである。
吊り天井ならば当然被害者は会場ごと潰れていなければならない。
殺死杉はローストビーフを手に取り、ポテトサラダを挟んだ。
「あまり多く食べるものではないですが、これもまた美味しいですねェ……こういう食べ放題だからこその味でしょうか、ねっとりとした芋の塩気がローストビーフと合わせって……アルコールが欲しくなる味ですねェーッ!!」
料理に毒は入っていない。
この場合、タッパーに料理を詰め込んでいいものか悩ましいところだ。
次はチョコフォンデュだ。
噴水のように湧き出るチョコフォンデュに、殺死杉は自身の新しいナイフを差し出し、完成したチョコナイフを舐めた。
チョコの甘さとナイフの鋭さが合わさって得も言われぬ味わいである。
おお、甘ったるいチョコの中にある刃の清涼感よ。
殺死杉はナイフをペロペロと舐めて、糖分を補給する。
頭脳を求められる恐るべき事件である。
「こういう仕事はデスラさんの領分なんですがねェ……」
世界一賢い男にして殺戮刑事ニコラ・デスラは、現在も懲役の身である。
一人死んだ程度の事件では接触することすら許されないだろう。
それにこの事件の犯人は自身の獲物だ、譲ってやる気はない。
ニコラ・デスラならば天才的な閃きで解決するのだろうが、殺死杉は昔ながらの殺戮刑事だ。キルスコアは足で稼ぐ。
殺死杉はグラスに入ったプチトマトのカプレーゼを口に運んだ。
トマトもモッツァレラチーズも単体で喰うとさほどでもないのに、カプレーゼとして合わせて食うと本当に味が変わるのだ。そのようなことがある。
見過ごしたものですら、事件を握る鍵の破片だったということすらあり得る。
この会場の隅々まで探る必要があるのだ。
殺死杉はカナッペを口に運んだ。
気づいたのだ、そういえば主食を食べていないことに。
一日の基本はやはり炭水化物である。
パンにご飯に麺類、そういうものもいいが、こういう立食パーティーの会場では手軽に摘めて、普段は主食にはしないクラッカーを主役になってもらうのも悪くない。
生ハムのカナッペにはクラッカーの上に生ハムとクリームチーズが載っていて、それにオリーブオイルがかかっている。
生ハムのカナッペである以上、生ハムが重要ではあるのだが――ここで鍵を握っているのはクリームチーズだ。
単純にクラッカーの上に生ハムを載せるだけではダメなのだ。
乾いたクラッカーの食感と柔らかくしっとりとした生ハムの食感では相性が悪い、ただ単純にクラッカーの上に生ハムを載せたものになってしまう。クリームチーズ、そしてオリーブオイルという繋ぎがあるからこそ生ハムのカナッペとして一つの料理として成立するのである。
「美味しいですが、この生ハムのカナッペに事件のヒントは無いようですねェーッ!!」
次はどうするか、悩ましい問題である。
パスタでさらに炭水化物欲求を満たすか、あるいはアクアパッツァで今日は食べていない海産物の方に行くか、海産物で炭水化物という点で言えば寿司もある。
いや待て、天ぷらの具材とフライヤーまである。
本来ならばシェフが天ぷらを揚げてくれるのだろうが――自分で天ぷらを揚げるというのも乙なものだ。予備の油まであるので、いっそ天ぷらの具材のもの以外も揚げてみてもいいかもしれない。
頭を悩ませる殺死杉が発見したのは暗黒異空間ゲートであった。
「そういうことですかァーッ!!!」
そもそものこの会場のキャパシティを考えると、招待客の人数はあまりにも多すぎた。キャパシティ百人に対し招待客四百四十四人である。さらに係員などの主催側の人数が加わることになる。
であるというのに、何故すし詰め状態になることもなくこの会場内に無事に人間を詰め込むことが出来たのか――おそらくは空間を歪曲し、宴会場のキャパシティを実サイズの八倍程度に引き伸ばしたに違いない。
だが、その空間歪曲の歪みを利用して、外部から暗黒異空間ゲートを用いてこのパーティー会場の内部に侵入し、超越業屋を殺害、内鍵を閉じ、暗黒異空間ゲートから脱出。その後、再度暗黒異空間ゲートを外に開いて外からも厳重に施錠を行い、偽りの密室を作り出した――ということになる。
殺死杉はこのような推理をタコの寿司を摘みながら行った。
あまり味のつきすぎたタコ料理は好きではない、醤油ぐらいがちょうど良いと殺死杉は思っている。
タコは食感が楽しい料理であるので、たこ焼きもかなり好きなのであるが、やはりタコの独特の風味を楽しむならば寿司か刺し身が良い。ぐにぐにと口の中に留まるタコを何度も何度も噛み締めて原型が無くなってから殺死杉は飲み込んだ。
犯人は暗黒異空間ゲートを消し忘れたのか、あるいは罠か。
この暗黒異空間ゲートに入った瞬間、殺死杉は死ぬかもしれない。
だからといって目の前にある犯人に物理的に繋がっているかもしれない手がかりに背を向ける気はない。
殺死杉は暗黒異空間ゲートにロープで括った超越業屋の死体を放り込んだ。
そして五分経過してから死体を引き寄せる。
もしもゲートの先に即死トラップがある場合は、超越業屋の死体は戻ってこないだろう。
ロープを引く殺死杉の手は、未だ超越業屋の重量を感じている。
問題はない――暗黒異空間ゲートから死体を引きずり寄せた殺死杉は、準備を終えると暗黒異空間ゲートへの突入を開始した。
暗黒異空間ゲートをくぐった先にあったものは、とある部屋だった。
四十帖ほどの広さがあり、赤い絨毯が真っ直ぐと部屋の最奥にある玉座に向かって伸びている。そして赤い絨毯の両端には何かがあった。
土台だ。
本来ならば狛犬のように玉座に通じる何かのための石像が置かれていたのだろう。
だが、今は土台だけが残されていて本来置かれていた石像は床で粉々に砕け散っている。
「これは……」
大きく残った破片に殺死杉は見覚えがあった。
超越業屋の顔だ。
ということは、これは元々は超越業屋の石像であったということだろうか。
であるならば、ここはおそらく――
「貴方の考えていることはおそらく正しい……ここは超越業屋の社長室ですよ、殺戮刑事さん」
玉座に座る男が殺死杉に声をかけてきた。
社長室とは会社でもっとも偉い人間がいるスペースである。
玉座や社長を模した石像があってもおかしなことではない。
「アナタが超越業屋さんを密室殺害した犯人ですねェーッ!?」
「その通り……しかし、私にも同情の余地があるのです」
玉座から立ち上がった男は成人男性ほどの巨大な鉄の鈍器を構えていた。
成程、その鈍器で超越業屋をぺったんぺったん潰して殺害したらしい。
「一応、お聞かせいただきましょうか」
「超越業屋が人件費のために人権を削っていたことはご存知でしょう?私はその被害者の一人です……」
「ほう」
「私はかつて六十九人を殺害し、その逃亡生活の果てに、超越業屋に拾われ奴隷のように働かされていました……食事は粗末で衣服はろくに洗濯もされていない古着、しかも寝床は狭い、遊ぶ金だってないので、同僚の殺人鬼を殺害してストレスを解消する日々――」
殺死杉はナイフを構えた。
念のために聞いてみたが、やはり殺しても問題はないと判断したのである。
「――私は社長に直談判を行いました。他のカスどもはどうでもいいが私だけは人間としての生活が送れるようにしてほしい……!!三食ステーキで給料は月百万円、あとは一日に一人玩具として人間を殺させて欲しいと、しかし社長は私のことをゴミを見るような目で見たのです……そこで私は決意しました。社長に嫌がらせをした上で殺害し、この会社を乗っ取ってやろう……と」
「ケヒャァーッ!!!」
白刃が大気を削ぎながら男の元に飛来する。
殺死杉が投擲したナイフである。
「りゃっ!」
男は鈍器を盾のように構えて、ナイフを受け止める。
だが、あくまでも殺死杉にとっては牽制の一撃である。
赤い絨毯を一直線に駆け抜けて殺死杉は敵の元へ急ぐ。
「話は……まだッ!」
死が殺死杉の頭上を通過した。
男が鈍器を横薙ぎに振るったのである。
咄嗟にしゃがみこんで回避。
そのまま狙うは男の膝、殺死杉は刺突を狙うが――
「ハッ!」
「ケヒャァーッ!」
殺死杉の攻撃のほうが自身の攻撃よりも疾い、そう判断した男は鈍器を振るうのではなく、手から離した。
殺死杉の頭上目掛けて鈍器が落ちる。
とにかく成人男性大の鉄塊である、落ちただけで大惨事だ。
殺死杉はしゃがみこんだ姿勢のまま、横にローリング回避。
男は地面に落ちかけた鈍器を再度拾い上げ、正眼の構えで殺死杉に向き合う。
「堂に入っていますねェーッ!!」
殺死杉はバックステップで男との間に距離を取った。
質量を伴った恐ろしい死の嵐が男の周囲には吹き荒れている。
迂闊に近づけば死ぬ――しかし、生半可な遠距離攻撃ではあの鈍器に防がれる。
「さぁ、どうしますか殺戮刑事さん……逃げますか、それとも死にますか?いずれにせよ弊社の新たなる社史の一頁目は殺戮刑事の撃退に成功ですけどねぇ!?」
「まァ……ちょっと厄介ですが、正面からやってもそのうち勝てるでしょうねェ……」
殺死杉はそう言って、準備していた天ぷら油を取り出す。
天ぷら油の予備として用意されていた一斗缶である。
「……けれど、今日は折角なので現地調達した道具で殺害してみましょうねェーッ!!」
瞬間、男は悟った。
油――液体は鈍器では防げない。
おそらく目の前の殺戮刑事は一斗缶を己に向かって勢いよく投擲してくるだろう。
だが、中身は頑丈で――そう簡単に漏れたりはしない。
だが、殺戮刑事ならば一斗缶が破裂する勢いで投擲するなど容易い。
油をぶち撒けられて燃やされれば、酸欠かあるいは熱による死。
しかし投擲された一斗缶を鈍器で破壊しても、油をぶちまけることになる。
ならば、繊細なバッティングスキルで殺戮刑事にそのまま一斗缶を打ち返す。
ふわり。
柔らかな軌跡を描いて、一斗缶が男に向かって放られた。
絶好球――男が鈍器を構えて一本足で立った。
それと同時に、殺死杉がナイフを投擲する。
(ブラフッ!?)
一斗缶に視線を向けさせておいて、ナイフ投擲で仕留める。
咄嗟に、男はナイフを鈍器で受けた。
(問題はない、放っておいて――)
殺死杉が拳銃を構えて、一斗缶を撃ち抜く。
火花が散り、爆発した一斗缶が燃える油をあたり一帯にぶち撒けた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
燃える油を全身に浴びて男が悲鳴を上げる。
闇雲に鈍器を振るうが、それは男を救う役には立たない。
作動したスプリンクラーが男に水をかけ、そのそばから炎上を加速させていく。
「天ぷら油による火災は、水をかけてはいけませんよォーッ!!!ちゃんと濡れタオルとかで火を消さないと危ないですからねェーッ!!!」
殺死杉は燃え上がる男を見ながら、油断せずにナイフを構える。
しばらくのたうち回った後、男は死んだ。
火は未だに消えること無く、燃え続けている。
外にあるのだろうか、少なくとも室内には無いらしい。
殺死杉はあるものを探したが、結局は見つからなかったので社内電話を用いることにした。
「すみません、殺戮刑事の殺死杉というものですが……」
「さ、殺戮刑事!?あの!?」
「あの」
「こ、殺さないで……」
「いえ、アナタを殺したりはしませんよ……それより大至急で社長室に消火器と……あと、もしもあったらタッパーを持ってきて下さい」
【終わり】
パーティーに招かれる殺死杉刑事 春海水亭 @teasugar3g
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます