パーティーに招かれる殺死杉刑事

春海水亭

前編


 ◆


 宴会場『モケーレ・ムベンベの間』にて、ホテル『永遠の安らぎ』の落成記念パーティーは盛大に行われた。


 パーティーの参加者数が四百四十四名なのに対し『モケーレ・ムベンベの間』の収容キャパシティは百人。素直に招待数を減らすべきではないか、複数の会場を使うべきではないかとの声も上がったが、実際に開催されると満員電車のような人口密集地になることもなく、ただ『モケーレ・ムベンベの間』の秘めたるポテンシャルに圧倒されるばかりである。収納上手。


「お好きなお飲み物をお取りください」

「ありがとうございます」

 そのパーティーに少々遅れて到着したのが、殺死杉謙信である。

 普段からスーツの男であるが、今日はパーティーに合わせてか胸ポケットにスリーピークスに折りたたんだ白いハンカチーフを入れている。

 ウェルカムドリンクを受け取り、その足は真っ先に料理ボードへ、ローストビーフをこれでもかと貪るつもりであった。

 自分で作ったり、あるいは店で買ったりする分には量が足りないので、あまり遊ぶ勇気が無いのだが、食べ放題だとグレービーソースだけでなく、シンプルに肉の味を楽しんだり、ワサビを用いてみたり、塩で食べたりすることが出来る。ローストビーフでポテトサラダを包んでみたりするのも良いだろう。色々な食べ合わせも試してみたい。ホテルの食べ放題といえば、殺死杉にとってはローストビーフであった。


「グヒヒ……これはこれは殺死杉刑事」

「おや、アナタは……」

 ローストビーフを皿に山盛りにした殺死杉の前に現れたのはふくよかな中年男性であった。周囲の華やかさを引き立てるために色合いは地味にしているようだが、よく見れば仕立ての良いスーツを着ている男である。

 ホテル『永遠の安らぎ』のオーナー、超越業カルマ屋だ。


「この度はご招待頂き誠に嬉しく思いますねェーツ!!」

「いえいえ、楽しんでいただけたら幸いですよ……グヘヘヘヘ」

「ケヒャヒャヒャ!!」

 和やかに笑い合う二人。

 しかし、今日のパーティーは仮面舞踏会ではない。

 しばらくすると殺死杉は笑いの仮面を脱ぎ捨てて、真顔で超越業屋を見た。


「しかし、穏やかではありませんねェ……殺戮刑事をパーティーに招待するなんて……」

 殺戮刑事――殺人鬼を法廷を通さずに処刑することで残された遺族と自分の恨みを晴らしつつ自身の殺人欲求も満たす一石二鳥のお得刑事である。そして、何を隠そう殺死杉謙信は殺戮刑事の一人である。


「念のためですよ、念のため……殺戮刑事がいて、犯罪を行おうという不埒者もいないでしょう?」

 超越業屋に殺死杉をパーティーに誘うような親交はない。

 警備という名目のために、殺死杉はこのパーティーに招待されたのである。


 殺死杉はソースのついていないローストビーフを口に運んだ。

「しっとりとして柔らかいお肉ですねェ……噛みしめる度に牛肉の味が広がります……ローストビーフはローストビーフ単体で食べても十分に美味しい、しかし物足りない……そういうことですねェ……?」

「どういうことですか?」

 殺死杉はローストビーフに醤油とわさびをかけて口に運ぶ。


「口の中に広がる和の味わい……そして刺激……美味しいですねェーッ!!」

「ありがとうございます」

「しかし、家でローストビーフを食べる時はねっとりとしたグレイビーソース濃厚な味わいの満足感を求めてしまうもの……つまり、そういうことではありませんかねェ?超越業屋さん?」

「……あの、食事を使った例え話に用いる食レポに尽力しすぎていませんか?」

「ローストビーフの塊肉そのままに齧り付いてみたい時もありましたが、結局スライスした肉が一番美味しいもの……ケバブとかもそうですねェ……塊肉は口の中で味わうには大雑把すぎますからねェ……」

「例え話の方を切り捨てている……」

 山盛りのローストビーフがひょいひょいと殺死杉の腹の底に落ちていく。

 機を逃すつもりはなかった。

 ローストビーフというものは確かに美味しいが、なにか違うなあともなりがちな料理である。

 質、量、ともに十分な食べ放題のローストビーフは殺死杉にもたらされた福音なのだ。


「タンパク質同士ということもあって、卵の黄身と絡めた他人丼というのも好きなんですよねェ……」

「丼飯を持ってこさせましょうか……?」

「いえ、この場合のローストビーフは私で、白米はアナタですよ超越業屋さん……」

「例え話に戻ってきている……?」

 驚愕する超越業屋をよそに、殺死杉は言葉を続ける。


「殺戮刑事をパーティーに招待するというのはあまりにも穏やかではありません……皿の上のプリンを掬うためにブルドーザーを使うようなものです」

 バーリ・トゥードの公務員、殺戮刑事は一パーティーの警備要員として呼ぶにはあまりにも過剰戦力である。

「脅迫という名の黄身かなにかを受けていらっしゃるのでは……?」

 食事の方にだいぶ気を取られていて、話の内容がシッチャカメッチャカだったな――その言葉と共に超越業屋は息を呑んだ。


「殺死杉さん……確かに貴方のおっしゃるとおりです」

「ほォ」

 殺死杉が手で緩む口元を隠した。

 三度の飯よりも殺人が大好きでお馴染みの殺戮刑事である。

 ローストビーフは好きだが、殺人チャンスはそれ以上に大好きである。


「実はこのような脅迫状を受けていたのです……」

 震える手で超越業屋が差し出したのは一枚の写真であった。

 悍ましい写真であった。

 大量の人間の生首がアスファルトの地面に並べられている――しかも、その生首を用いて『地獄のパーティーになるぞ』という文章が地面で書かれているのだ。


「いくらなんでも事件が起こりすぎてますねェーッ!?」

 伸ばし棒を作るだけでも数人の生首を要求される。

 その上、地獄という複雑な漢字をも生首で構成しようというのである。

 果たして、その被害者数が如何程のものか。

 狂気の大量殺人事件である。


「被害者は弊社の社員です」

「言うのもバカバカしいですが、パーティー中止して素直に通報して欲しかったですねェ……ん?」

 無残な死に顔を見て殺死杉が首をひねる。

 警察でこの大量殺人事件を取り扱った覚えはない。

 つまりは超越業屋がこの大量殺人事件を内々で処理したということになる。


「弊社の今年度の目標は人件費十割カット――」

「まあ、大幅にカットされたでしょうねェ……」

「その目標達成のための取り組みの一つとして、弊社では逃亡中の犯罪者の積極的な雇用を行い、ギリギリの衣食住でタコ部屋も同然に働かせてきました」

「人権もカットされていますねェ……」

「この写真の彼らは将来の幹部候補生とも言われた立派な連続殺人鬼達だったのですが……」

「あっ!道理で見覚えがあると思ったらッ!」

 犯人許すまじ――殺死杉の内側にむくむくと怒りが湧き上がってきた。

 自身の獲物である、殺しても良いタイプの犯罪者を獲られたのである。


「殺死杉刑事!どうか弊社をお助け下さい!!落成記念パーティーが地獄のパーティーになったら弊社も終わりです!!」

「もう終わりだと思いますがねェ……?」

 殺死杉がじっとりとした目で超越業屋を見た。

 殺戮刑事といえど警察組織の一員である。

 この状況を見逃すつもりはない。


「まぁ、脅迫犯の方は私が殺しておきますので、パーティーは中止して、アナタも法の裁きを受けて下さい」

 そこまで言って、殺死杉はパーティー会場を行き交う係員に声をかけた。


「ところで料理を持ち帰りたいんですが、タッパーありますかねェ?パーティーが中止になったら料理が勿体ないですからねェーッ!」

「お待ち下さい、殺死杉刑事……従業員の過半数に罪はありますが、残りの従業員とこのホテルには罪はありません。そしてこの儂の罪は金で赦されます……どうか、このパーティーは立派にやらせて下さい!ホテル『永遠の安らぎ』には数多の人間の未来がかかっているのです!!」

 パーティーの招待客の視線、そして恐怖を殺死杉は一身に受けていた。

 超越業屋が殺死杉に土下座を行ったのである。

 殺死杉謙信は結婚したくない公務員ランキング問題外でお馴染みの殺戮刑事であり、土下座という行為は否が応でもした側に対する同情を集めてしまうもの。事情を知らない招待客から見れば、恐るべき殺戮刑事が超越業屋に土下座をさせたとしか思えぬのだ。


「困りましたねェーッ!顔を上げてくださいよ超越業屋さん……」

「なにとぞ!なにとぞ!金だっていくらでも払いますので!!」

 ヒソヒソと殺死杉の方を見て招待客が言葉を交わす。

 殺死杉の圧倒的なアウェイであった。

 超越業屋は暗黒土下座といたたまれない空気でなし崩し的に殺死杉を味方につけてしまいたいらしい。


「しょうがありませんねェーッ!」

 殺死杉がダンゴムシのように丸まった超越業屋の肩に優しく手を置いた。

「おお!殺死杉刑事、儂を助けてくれますか!?」

 顔を上げた超越業屋に殺死杉は手錠を掛けた。

「衆人環視の中、悪人扱いされたら人間ついつい撤回したくなりたいものですが、殺戮刑事にそんなものは通用しないんですよ」

 そう言って、殺死杉は拳銃を天井に向かって構えた。

 引き金は三回。豪奢な天井に三発の銃弾が星座のように三角形を刻む。


「パーティーは中止です!全員伏せなさァーいッ!」

「「「きゃああああああああああ!!!!」」」

 殺死杉の言葉に伏せる者が半分、そして戸惑って動けない者。


「ま、待ち給え……君……何が目的かは知らないが、金ならいくらでも払うから、この私は助けてくれ給えよ……この数多のギャングを配下に持ち、過疎村を滅ぼして麻薬栽培村に変えるという手法で麻薬栽培業界に革命を起こしたこの麻薬皇帝様はね……」

 殺死杉は麻薬皇帝を射殺し、その死体を踏みつけるように足を載せた。


「えェーッ!このパーティーを地獄のパーティーにするという脅迫状が届きましたッ!と言うと皆様がパニックになるので、まずこのパーティーを占拠した上で、皆様に避難誘導を出させて頂きますッ!今の麻薬皇帝は見せしめですよォーッ!とりあえず皆様一旦伏せて下さいねェーッ!」

(ちょうどいいところに殺しても問題ない麻薬皇帝がいて助かりましたねェ……)

 殺死杉の言葉に逆らうものはいなかった。


「えぇーッ!一斉に出口から脱出しようとすると、将棋倒しになったりして危険ですからねェーッ!係員の方は誘導をお願いしますッ!順番に列を作って脱出なさって下さいよォーッ!」

 殺死杉の言葉に促されて、係員の誘導のもと、招待客が脱出を開始する。


「待ってくれェーッ!!成功祈願のために生贄まで捧げた儂のパーティーが台無しになってしまうッ!儂は最高のパーティーで同業者にマウントを取り、ゆくゆくはホテル業界をも支配する人間になりたいのですッ!従業員なら幾らでも殺しても良い!儂の金も差し上げようッ!だからパーティーは中止にしないで下さいッ!」

 超越業屋の涙声の訴えは、平時なら同情を集めパーティーを再開させる可能性すらあっただろう。

 だが、今この瞬間は殺戮刑事の恐怖が会場を支配していた。

 超越業屋を尻目に、招待客は次々に脱出していく。


「儂のパーティーがあああああああああ!!!!!」

 会場に一人取り残された超越業屋の叫びを聞く者は誰もいなかった。


【後編に続く】

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