第3話元羊飼いの王様

 その後、リベカ率いる一行に導かれて、トミヒロたち農園の奴隷は、王国の城に連れて行かれた。

 城は、トミヒロが最初にこの世界に送り出された町の外れにある、小高い丘の上に建っていた。レンガと岩でできた外壁に周囲がぐるりと囲まれていた。城は、石灰石の石材をくみ上げた簡素なもので、城というよりはむしろ砦と呼ぶ方が適切な外観だった。東西には、石で組まれた塔がそびえ立っており、塔の先には火を吐く竜のロゴマークが付いていた。

 トミヒロたちは、リベカたちに率いられ、外壁の正面玄関を通って、城の2階にある大広間に連れて行かれた。

 大広間は、中央に深紅の絨毯が引かれており、正面の奥に、王が鎮座する玉座があった。

 リベカが、トミヒロたち奴隷約30名を引き連れて、この大広間に入った時、玉座には誰も座っていなかった。

 リベカは、大広間に入ると、高らかに宣言した。

「王よ、ただいま戻りました」

 大広間の奥の扉が開き、高貴な身なりをした一人の老人が来た。

「これはこれは、ご苦労、リベカよ。

 それで、背後の者たちは?」

「は、王の命令によって、いちじく農家経営者ヤコブから奪還して参りました。奴隷たちです」

 顔中から白いひげが伸びているその老人は、細い目をさらに細めて言った。

「困るぞ、リベカよ。そのような粗末な身なりの者たちを、この城に上がらせたのでは」

「しかし,これは王の命令です」

「私が王だ」

「しかし・・・」

 リベカは、先ほどの毅然とした態度と打って変わって、どこかためらいのある表情になった。その時、老人の背後から、伸びやかな女性の声がした。

「ご苦労、リベカ」

 トミヒロが老人の背後を見ると、高貴な身なりをした女性が立っていた。

 年は、リベカとあまり変わらない、十代後半に見えた。

 茶色の髪を肩で切りそろえ、男性の兵士が鎧の下に着る紺色のタイツを上下に来ている。その上から、金と純白で装飾された胸当てをし、肩からは深紅のマントを羽織っていた。彼女の頭には、湾曲した形状の金の冠が載っていた。トミヒロは、一目見ただけで、彼女が王族の女性であると理解した。

 彼女は、ヒールの付いた靴で玉座の前までつかつか歩いていき、そのまま玉座に腰掛けた。

 彼女は、リベカに指示を出した。

「ヤコブの件、ご苦労であった。

 それで、ヤコブの館からは何か出てきたか?」

 リベカは、下げた頭をさらに深く下げて、淡々と王族の女性に向けて話した。

「館からは、怪しげなものは一切でてきませんでした。しかし、ヤコブの雇っていた傭兵、やつは、魔王軍の一兵卒でした」

「うーむ、やはりヤコブめ、内通していたか」

 王族の女性は、考え込むように、顎に手を当てた。

 老人が急に、二人の間に割って入った。

「待て!待たんか!」

 老人が必死に話に割り込んできた様子を見て、王族の女性はあからさまに嫌そうな顔をした。

「どうしたんですか、サウルさま?」

「王は、私だ!私こそ、その玉座に座るべき者なのだ!」

 老人は、そう言って、玉座を指さした。

「お前がその座に就くことは、私が許さんぞ!」

 王族の女性は、迷惑そうな表情で言い返した。

「しかし、あなたは神に背きました。神は、あなたに力を残しておくことをせず、このボクに、あなたと同じ力を与えてくださいました」

「お前は、貧しい羊飼いの出だろう?なぜ、この国の王族の家系でない者が、この国を治めるのか!」

「それは、この国の民が、この国を治めるのにふさわしい者を選んだからでしょう?」

 王族の女性は、淡々と老人を諭して行く。

 老人は、自分のかつての地位に未練たらたらという様子で、王族の女性を睨んでいた。しばらくすると,「わしはもう知らん!」と大声で怒鳴って、大広間の奥の扉からどこかへ歩いて行った。

 サウルと呼ばれた老人が見えなくなったことを確認して、王族の女性は、トミヒロ達に話しかけた。

「君たちが、ヤコブの農場で働かされていた奴隷たちかい?ご苦労さまだね」

 王族の女性は、サウルに呼びかけた時とはまったく違う、優しい言葉遣いでトミヒロたちに話しかけた。トミヒロは、理由も分からず、心の底からの安堵を覚えた。

 王族の女性は、奴隷たちに話しかけた。

「一人一人、名前を教えてくれないか?ボクは、民の名前はなるべく覚えたいんだ。

 右端の君から、名を」

 王族の女性は、いきなりトミヒロを指名した。

 トミヒロは、いきなり彼女に話しかけられるとは思っていなかったため、慌てふためいて言った。

「ト、トミヒロと言います!王様!」

 王族の女性は、トミヒロが慌てふためく様子を見て、くすりと笑った。

「『王様』なんて呼ばないで。元はこの国の貧民街で、孤児だったんだから。『ダビデ』でいいよ」

「はいっ、ダビデさま!」

 トミヒロのぎこちない返事に、ダビデは優しく微笑んだ。

「ところで、君、変わった名前だね。

隣国の出身かい?」

「いえ、そうではありません」

「では、この国の生まれなのか?」

 トミヒロは,とっさに「日本です」と答えそうになった。しかし、ここに送り出される前、天使を自称する少女に、ここは自分が元いた世界とは別世界である,と言われていたことを思い出した。それで、トミヒロは、「ここより遙か東の、小さな島国の生まれです」と答えることにした。

 ダビデは、トミヒロの返事を聞いて、しばらく黙り込んでいた。そして、トミヒロの右にいた奴隷の少年を指名し、名乗らせた。

 一通りの奴隷達の自己紹介が終わったところで、ダビデは、一人の召使いを呼んできた。

 召使いは、初老の男性だった。

 身長は、180センチメートルくらいだった。背筋はまっすぐ伸びており、体型は、モーニングの上から見ても、筋肉質であることが見て取れた。

 顔立ちは、彫りが深く、目つきは鋭かった。前頭部の髪の生え際がやや後退しており、残りの毛をすべて伸ばして、後頭部で1つに縛り上げていた。あごひげは胸の下まで伸びており、それをバンドで1つに縛っていた。

「ジークムント、この者たちに挨拶を」

 ダビデが、初老の男性に言った。

 男性は、軽く頭を下げ、事務的な口調で言った。

「『ジークムント』と申します。この城で、ダビデさまの側近をしております。どうぞ、よろしくお願いします。」

 重低音の、重厚な声だった。

 トミヒロは、彼はいわゆる「いけおじ」だと思った。

 ダビデは、そのままジークムントに命じた。

「この者たちは、奴隷労働から解放されたばかりで、職がない。いずれ街で職を求めてもらうが、しばらくの間の食い扶持が必要だ。

 先の魔王軍との戦争で、城の西側の壁が壊されているだろう。あそこの修理と、補強工事に、この者たちを従事させようと思う。請負業者の棟梁たちとの交渉、お前に頼んでいいかい?」

「は、かしこまりました。ダビデさまの指示であること、やつらの親方に伝えてよろしいですか?」

「いいだろう。いきなり、経験のない素人ばかり、30人も雇え、というのだ。親方も、私の命令だと言わないと、納得しないだろう」

「かしこまりました」

「それでは、ボクは、事務の仕事に戻る。

 ジークムント、後を頼むよ」

 ダビデは、そう言うと、立ち上がった。そして、肩に付けたマントを翻して、大広間の奥の通路の向こうに行った。

 ジークムントは、ダビデが見えなくなるまで頭を下げていた。ダビデが見えなくなると、トミヒロ達に向き直った。

「それでは皆さん、この城の寄宿舎をお貸しします。その後、ここの城の西側の城壁のところにお連れします」

 そう言って、大広間の外に、トミヒロ達を案内した。

 トミヒロは、ジークムントに従いながら、城の通路や部屋のあちこちを観察した。

 この城は、大広間こそ、部屋の天井がステンドグラスになっていたり、玉座にルビーやダイヤモンドらしき宝石が埋め込まれていたりと豪華な造りになっているものの、それ以外の部屋や通路は、飾り気のない木製の机や椅子が並べられているだけの、質素な造りだった。

部屋や通路には、壺や絵画など芸術品の類いは一切なかった。通路に敷いてある絨毯も、くすんだ紅色であり、贅沢品には見えなかった。

 ただ、部屋と通路は掃除が行き届き、こざっぱりとした雰囲気だった。通路のあちこちに、火を吐く竜のマークの旗が掲げられていた。

 トミヒロ達は、城の本棟の大広間を出て、西塔の階段を三階まで上がった。

 トミヒロは,階段を昇りながら、ジークムントに話しかけた。

「ジークムントさん、僕は、トミヒロといいます。

 教えてほしいことがあるんですが」

 ジークムントが事務的な口調で話した。

「トミヒロさん、なんでしょうか」

「ダビデさまが、この国の王様なのですか?」

 ジークムントは、一瞬黙ったが,すぐに話した。

「はい、そうです。ダビデさまこそ、この王国のれっきとした王です」

「先ほどいた、『サウル』という老人は?」

「サウルさまは、先代の国王です」

「ダビデさまが、サウルさんの後を継いだのですか?サウルさまは、あまりそのことを認めている様子ではなかったですが」

「サウルさまは、国王となる前は、ずっと、この国の兵達を纏める、軍の指揮官でした。サウルさまは、大変、優秀な方で、人望厚く、指揮官としての生まれながらの才能があり、知恵に富む方でした。この国は、サウルさまの代で初めて、部族がまとまり、一つの王国となれたのです」

「では、ダビデさまは、サウル王から,正式に王位を与えられたのですか」

「いいえ、そうではありません」

「じゃあ、選挙で、あの子が選ばれたのですか?」

 トミヒロは、召使いの前で、ダビデを「あの子」と呼んでしまったことに気付いた。ダビデは、立ち振る舞いこそ堂々としているものの、トミヒロとほとんど年齢が変わらないように見えた。

 トミヒロが元いた世界では、政治は、主に初老以上の男性がするものだった。

「ダビデさまは、この国の神に、選ばれたのです」

「この国の、神?」

「はい。

 この国は、元をたどれば、1組の男女から生まれた子供達の子孫の集まりです。

 我々の祖先にあたる男女の子供達に、この世の創造主は、この世界を統べるため、特別な力を与えました。

 我々の国では、その特別な力を持った人は,創造主に選ばれし者、『この国の神に選ばれた者』と呼ばれています」

「誰かが、その神さまに、会ったことがあるんですか?」

 ジークムントは、首を横に振った。

「ありません。そもそも、今の話は、この国に伝わる国造りの神話です。この手の神話は、私たちが戦った異国にも、よくあるものです」

「ジークムントさんは、その神話を信じているんですか?」

「私個人は、この話を信じていません。

しかし、この国に、特別な力を持つ者が度々現れ、その者が神聖視されてきた歴史があることは事実です」

「サウルさまは、その特別な力があったのですか?」

「はい」

「それは、どんな能力ですか?」

「サウルさまの能力は、弁論術です」

「弁論術?話すのが、うまいんですか?」

「それもありますが、弁論の意味をもっと広く解釈して、人を惹きつけるカリスマのことです」

「カリスマ?」

「はい。

 トミヒロさん、先ほど、ダビデさまと直接お話しされましたね。

 あの方と話していて、不思議な感じを受けませんでしたか?」

「不思議な感じ?

 なんというか、気持ちが落ち着く感じはしました」

「ダビデさまがサウルさまから受け継いだのは,その、人の心を安堵させる不思議な立ち振る舞いなのです。

 サウルさまはそれを初めて、戦争の手段として利用されることを考えました」

「戦争の道具、ですか」

「お若い方、どうか、サウルさまを誤解しないでいただきたい。異なる考えを持つ人々の集団を統合する時、お互いにどうしても譲ることのできない事柄があったとして、話し合いでそれを解決できればそれに超したことはありません。しかし、妥協点が見いだせない時、時に武力に頼らざるを得ない時があるんです。

 ダビデさまの配下の者には、サウルさまのことを既得権益にしがみついて、いつまでも城から出て行かない厄介者と呼ぶ者もいます。しかし、私はサウルさまを今も、心の底から敬愛しています。今日のダビデさまの権威が揺るぎないものであるのは、サウルさまが築いた礎の上にこの国を統治しているからなのですから」

「その能力が、ダビデさまに移ったのですか?」

「はい、そうなのです。

 ダビデさまは、元々、最も弱小な部族で、家畜の世話をする者でした。家畜の世話は、我々の世界では、捕らえてきた異国人の仕事です」

「ダビデさまは、この国の人ですらないのですか?」

 ジークムントは、黙って頷いた。

「我々の部族は、元々、自分たちの血筋からしか、部族の長を選びません。

サウルさまは、最も力ある部族の長だった方です。なのに,サウルさまは、すべての力を取り上げられ、権威もカリスマも失いました。そして、元々家畜の世話係だったダビデさまが、この国の王としての力を与えられたのです。

着きました」

 ジークムントは、階段を登り切ったところにある通路の前で立ち止まった。

「トミヒロさま、ここがあなた方の宿泊される部屋です。4人1部屋となっております。元々は、この城が魔王軍と交戦した際に、兵士を待機させるための部屋でした。

 明日、この城の西壁にご案内します。どうか、今日はゆっくりお休みください」

 ジークムントはそう言うと、トミヒロ達を部屋に残し、城の中央部に戻っていった。

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彼は異世界の救世主になるそうです。 @tomoyasu1994

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