彼女ができたこと、親にいちいち言えない

「そんなことがあったんですのね、何だか……恥ずかしいですわ」



 夏祭りからの帰り道、俺が見てきた光景をレイに話すと彼女は驚きで開いた口を手で押さえながらそう言った。



「俺……こういう時なんて言えばいいか分からないけど、改めて思ったことがあるんだ。俺がレイのこと、幸せにする」


「なっ、なんですの! ……急に、そんなこと言われましても困りますわ……」



 さっきから赤くなった顔が更に紅潮し、すすり泣くような声が聞こえてくる。慌てて顔をのぞきこもうとする俺の胸に、レイが小さく埋もれてきた。



「もう……ぐちゃぐちゃですわ。思い出したくないことをユウに見られてしまったと思ったら、今度はすごく嬉しいことを言ってもらって。涙が勝手に……こんな顔、見せられませんわ」



 俺は力いっぱいレイを抱きしめた。人目も気にせず、呪いも気にせず。今まで感じていた『どんなに近くにいても触れ合えない』という理不尽な溝を埋めるように。



◇ ◇ ◇ ◇



「お、おはようレイ。今日も、その、素敵な髪型だね」



 付き合い始めたのはいいが、逆にどう接すればいいのか分からなくなってしまった。今まで通りの関係じゃなくなったんだから、挨拶も『今まで通り』じゃダメかな、などと考えてしまう。



「おはよう、ユウ。この髪、実は毎朝勝手にこうなっているんですわ。恐らく最期の日の状態を再現している、と思うのですが……全く悪魔のシュミは分かりませんわね」



 俺がレイの過去を見てしまったからか、衝撃の事実を随分とあけすけに話す彼女。話の内容に驚きつつも俺は内心、



(付き合うって、こういうことか……。なんか心が繋がってるみたいで、いいな)



 と喜びを爆発させていた。だから朝食を作ろうとキッチンに向かうレイについて行き、ダイニングに繋がるカウンター越しに彼女の様子を心ゆくまで眺めた。良いよな、だって付き合ってるんだから。



「もう、そこに居られるとなんだかそわそわしますわ! 先に着替えを済ませるとか、他にもやることはありますわよ!」



 レイが顔を赤く染めるのに気を良くして、俺は軽い足取りでタンスに向かう。その途中、ソファの上に放置してあったスマホを拾うとちょうど何かの通知が出ている。



『父:間もなく日本に着く。今日の晩には帰る』



◇ ◇ ◇ ◇



 適度にグリルした牛肉を細かく刻んで和えたサラダボウル、バターをたっぷり使ってソテーしたスズキ、そして野菜がごろごろ入ったクリームシチュー。



 全部屋の大掃除から戻った俺はテーブルに並んだ料理の数々を見て思わず「おお!」と声を漏らした。器選びから盛り付け、ソースの掛け方に至るまで、まるでどこかのレストランのようだ。



「その反応、どうやらわたくしの仕事も悪くないようですわね。晩餐会のお料理を思い出して再現してみましたの。もちろん、1人でできることなんて限られてはおりますが……」


「いやいやすごいよ! 用意もなく突然頼んだのに……本当に美味しそうだし、綺麗だ」



 俺の言葉を聞いて、レイはふぅーと長いため息をついた。疲れの色が見えた顔にも笑みが戻る。



「安心いたしましたわ。さ、お二人がいらっしゃるまで一息つきましょう。お会いできるのが楽しみですわね」


「いや、うちの両親って結構変わってて、例えば……」



 と話し始めようとしたとき、玄関の方からガチャリと音がした。



◇ ◇ ◇ ◇



「えー、改めまして、このバカ息子の父、忠義ただよしと申します。こちらは妻の志保しほ。レイチェルさん、息子は変なことをしてはおりませんかな?」



 食卓についた父さんは何よりもまず先に深々と頭を下げて、息子が犯した『誰にも内緒で年頃のムスメさんと2人で暮らした罪』について詫びた。母さんはというと、たまに「あらあら〜」とか言うだけで、基本的に笑顔を振りまいていた。



「忠義様、志保様。こちらこそお二人に何もお伝えせず御厄介になってしまい、申し訳ございません。本来であればもっと前にご挨拶申し上げるべきでしたのに……」



 レイも父さんと同じく深々と頭を下げる。父親と彼女が互いに頭を下げ合う状況に、俺は例えようのない居心地の悪さを感じ、



「まあまあまあ、俺はレイとは関係じゃないし、レイのおかげで友達も増えてるしさ。万事オッケーってことで、じゃあ料理の方をいただき……」



 と言いかけたところで、母さんの目がカッと見開かれた。



「じゃあ、遊ちゃんとこちらのお嬢様は、ご関係なのかしら?」



 母さんが笑顔で放つ圧力。レイもそれを感じ取ったのか、食卓を囲む4人の間に緊張が走る。なぜか父さんも背筋をピンと伸ばして座り直している。



(……俺たちの関係は、もう今までみたいなフワッとしたものじゃない!)


「その、レイさんとは……お付き合いをしています」



 我ながら力無い声だったな、と思う。思うが、伝えなければいけないことはきちんと伝えることができた、はずだ。



 シン……という音が聞こえるほどに静まり返る食卓。まるでこの地獄が永遠に続くような気がしたが、母さんはすっと息を吸うと、



「あら〜、じゃあ今日は彼女さんを紹介してくれるってこと? ママ嬉しいわ、こんなこと初めてだもの!」



 と喜びを顔いっぱいに浮かべた。俺がほっと息をつくと、同じタイミングで父さんも肩の力を抜いていた。



「ではせっかくのお料理、いただくとしようか。いただきます。……おお、美味しいねぇ。これはレイチェルさんが?」



 取り分けられたサラダを口に運んだ父さんは求めていた感想をこぼしてくれた。レイは嫌味にならないような薄めの笑顔で、



「そうですわ、お口に合えば嬉しいのですけれど……」



 と応じた。母さんも笑顔で頷きながら料理を味わっている。俺はレイの料理を誇らしく思って、



「そうなんだよ。レイは料理上手でさ、サラダのドレッシングなんかも自分で作ったのを使ってるんだ。そのシチューはうちに来て初めて作ってくれたメニューね、美味しいでしょ? それにスポーツも得意なんだよ、体育祭では一緒にバレーボールを……」



◇ ◇ ◇ ◇



「いやはや、安心したよ。本音を言うとパパもママもすごく心配していたんだ。遊には難しすぎる課題を出してしまったんじゃないか、とね」



 白く透き通るワインをクイッと飲み干した父さんは、上機嫌でこう言った。母さんはワインこそ飲んでいないが、食事の間はずっとにこにこと俺たちの話を聞いていた。



「このケーキも、レイチェルさんが焼かれたの?」


「ええ、そうですわ。実はわたくし、将来はケーキを焼くお仕事をしてみたいと思っておりますの」


「なっ……そうだったのか!? 俺も初めて聞いたぞ」



 思わぬところでレイの『夢』に触れ、俺は自分にのしかかる重い責任を再度はっきりと認識させられた。



(レイの将来が有るか無いかは、俺にかかってるんだ……この『試練』、絶対に突破しないと!)



「そうなのね〜。だったらいずれ遊ちゃんはレイチェルさんと一緒にケーキ屋さん、かしら? パパはどう思う?」



 父さんは慌ててグラスを置いて「ふむ……」と考え込むような声を出している。

母さんが父さんに話を振るのは『何か言いたいことがある』ことを意味しているからだ。……それも、たいていは言いにくいことを言わせようとしている。



(今回は……『遊ちゃんにはケーキ屋なんてふさわしくない』、とかか?)



「まあ、私たちとしては2人を祝福したいのは山々だが……遊にはもう少し大きな仕事をしてもらいたい、と考えているんだ。すまないが……」


「父さん! 母さん、実は俺……彼女と、結婚したいと思ってる。いろいろ事情があって、彼女が夢を叶えるためには、俺が一緒じゃないとダメなんだ。彼女を幸せにできるのは……俺しかいないんだよ!」



 再び沈黙に包まれる食卓。勢い余って机を叩き、立ち上がりながら公開プロポーズをしでかした俺だったが、この雰囲気に耐えられず静かに席に着き直した。



 この沈黙をこともなげに破ったのは母さんだった。



「あら、パパはそんな風に思ってたの? 私が言いたいのはそういうことじゃないの。遊ちゃん、あなたはレイチェルさんのためにどこまでできる? ……例えば、命を懸けられる?」



 俺は思わずレイの方を見た。大きく丸く見開かれた目は俺の心情をそっくりそのまま映し出している。いや、表情もきっと同じだっただろう。そんな俺たちを見て、母さんはこう続ける。



「だってそういうものよ。結婚まで考えてるなら尚更。『人脈を繋ぐ』ということは『自分と相手の人生を繋ぐ』ということだもの。成功すれば共に喜び、失敗すれば共に傷を負う。深い付き合いの相手なら、これから先の未来全てを共有するの。命懸け、でしょ?」



(いくら母さんの洞察力がすごいといっても、俺が本当に命を懸けているとは思っていないみたいだな。いや、それにしても……)


「確かに。母さんの言う通りだよな! 結婚するってことは、元々命を懸けるみたいなとこがあるんだもんな。改めて覚悟が決まったよ、ありがとう母さん」



「うふふ。遊ちゃんのパパも若い頃は熱くてね。『志保さんのこと、生涯を懸けて幸せにしますッ!』なんて言いながら花束を渡されちゃってね」


「ななななっ! ママ、その話はまあいいからさ! いや〜、2人とももう結婚か! 若いってのはいいねえ、ワハハ!」



 父さんはほろ酔いの顔を耳まで真っ赤に染めている。しかし俺の推測では、さっきの『結婚反対宣言』を取り消そうと無駄にテンションを上げている、という線が濃厚だ。



「なんだか……とっても素敵なお二人ですわ。ユウさんが優しくて頼りになるのは、こんなに素晴らしい方々に囲まれていたからですのね」



 気づくとレイは涙ぐんだ瞳をハンカチで抑えてながら笑顔でうんうんと頷いている。



(そうか、レイは家族との絆がアレだもんな……)



「なあ、実を言うとレイのご両親はもういないんだ。それもあって今まで一緒に暮らしていたんだけど……」



 今後もこの家にレイが住めるようにと交渉しかけた俺の言葉は、途中で父さんの声に遮られた。酔っ払いは無駄に声が大きいから始末が悪い。



「もちろんいいとも! まるで可愛らしい娘ができたようでパパは嬉しいぞ! って、まだ娘というには気が早いかな? ワハハ……ゲフンゲフン」



(まだ何も頼んでいないけど……まあいい、言質は取ったし文句は言わせないぞ)



 俺が咳き込んだ父さんに水を持ってきて飲ませていると、母さんがレイに何か耳打ちしている。本当にこの両親はやりたい放題だな、と心の中でツッコミを入れていると、父さんのスマホが鳴った。



「おお、もうこんな時間か! ママ、残念だけどそろそろ行かないと。今日のうちに新幹線で名古屋まで行っておかないと、明日の飛行機に間に合わないからね」


「あらまあ、バタバタしててごめんね。レイチェルさん、遊ちゃんは何でも後ろ向きに捉えがちだけど、尻を引っ叩いてやれば意外となんでもやるからね。よろしくね〜」



 そう言って両親は俺たちとハグをした後、キャリーケースを引き連れて慌ただしく家を出て行った。玄関のドアが閉まる音を確認してから呟く。



「……本当に、嵐のように来て、去ったな」


「そうですわね。でも本当に、お会いできてよかったですわ」



 レイはう〜んと伸びをしてから、俺の方に身体ごと向き直った。



「じゃ、改めてもう一度聞かせてもらいますわ」


「な……なんのこと?」



 と言ってとぼけてみたが、レイは俺の言葉を完全に無視して目を閉じた。まるで『あとはそちらで何をすべきか判断しろ』とでも言うように。



 鼻からすぅーっと息を吸って、口からゆっくりと吐き出す。今は勢い任せじゃなく、きちんと伝えよう。



「俺が、レイの幸せな未来を作る。約束する。結婚してください」



 抱きしめたレイの身体は華奢だがしっかりとした芯があるように感じた。背中に回された細い腕は、俺の言葉に応えるようにぎゅっと力を入れて抱きしめ返してくれる。



 夏の終わり。窓から見える空には星がいくつも輝いていた。




⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎



第三章『ドキッ! 予定外だらけの夏休み』はこれにて完結となります! ここまでお読みいただいた皆様、本当にありがとうございます😭!



 夏のイベントを満喫しながら、レイとの関係を大きく前進させた遊は2学期に入り、残るクラスメイトの攻略を目指していく。狙い目は……文化祭だ!



『色のない僕ら』編、ご期待ください🙇



※本話にてめでたく10万字を迎えました! ここまで書き進めることができたのは、いつも時間を割いて読んでくださる皆様のおかげです……! 本当にありがとうございます😊

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【完結まで残り半分】隣の席の金髪縦ロールが俺の日常を踏み荒らしてくる件 平成03 @heisei03

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