ケーキを食べた夜に

入江 涼子

第1話

  私は一人で林檎のヨーグルトケーキなる物を包丁で切り分けていた。


 シンクには、お皿が一枚あるだけ。一人にしては広すぎる部屋で無言の中、切り分けたケーキを盛り付ける。なかなかに静か過ぎてため息をつく。彼氏や友人はいない。数年前に彼氏とは別れたし、友人とは音信不通状態だ。


(久しぶりに、母さんに電話でもしよっかな)


 そう思いながら、包丁をシンク台の上に置く。私は現在、いわゆるプー太郎と言える状態だ。職無しとも。じゃあ、何でケーキがあるのかというと。すぐ上に一人、姉がいるのだが。彼女が「あんた、どうせ一人なんだし。余ったから、食べといてよ」と言って持って来た。要は押しつけられたのだが。仕方ないから、受け取っておいた。


「まあ、たまにはいっか」


 呟きながら、フォークを取りに食器棚に向かった。


 しばらくして、私はミルクティーが入ったマグカップとケーキが載ったお皿を両手に持つ。リビングにあるテーブルに運んだ。置くと床にあるクッションの上に座る。


「いただきます」


 両手を合わせて、言った。フォークを取る。ケーキを口に運んだ。あ、美味しいじゃん!

 程よい甘さと酸味、しっとりした食感がなかなかだわ。

 ホクホクしながら、さらに食べた。確か、姉が手作りだとか言っていたか。後でお礼をしないとね。マグカップを取りミルクティーを口に含んだのだった。


 翌日、私は近所のケーキ屋に行った。姉が好きな物を買うためだ。まあ、昨日の林檎のヨーグルトケーキのお礼のためとも。扉を開けたら、店員さんが声を掛けてくれた。


「いらっしゃいませ!」


 私は会釈をして、カウンターにあるケーキを見て回る。どれも綺羅びやかで美味しそうな品ばかりた。それでも、姉が好きなのはと頭を働かせる。確か、姉こと友奈ゆうなはシュークリームやモンブランが好きだった。ならと、店員さんにモンブランを指さして注文する。


「……あの、モンブランを三つください。後、シュークリームも三つお願いします」


「分かりました、モンブラン三つと。シュークリームを三つですね。少々、お待ち下さい」


 私は頷くと、持っていたショルダーバックから財布を取り出した。店員さんがカウンターの裏側から、ガラス戸を開ける。トングでモンブランを取り、紙箱に入れる様子を見た。自分のはいっか。そう思いながら、なんとはなしにケーキの値段表を眺めた。


 店員さんが包装を終えたのでレジに向かう。


「……全部で千九百円になります」


「なら、これで」


「はい、丁度ですね。ありがとうございました!」


 店員さんはにこやかに笑う。私は紙箱を受け取り、会釈した。そのまま、ケーキ屋を出たのだった。


 姉の友奈にケーキを持って行ったら、凄く驚かれた。


「あ、いらっしゃい。よく来たわね、依里子!」


「うん、昨日にケーキをもらったから。お礼がてらに来たの」


「そう、まあ。上がって!」


 姉は最初こそ、驚いていたが。すぐに笑顔になって中に招き入れてくれた。


「あんたがうちに来るの、何年ぶりかしら。たぶん、五年くらいは経っているわよね〜」


「それくらいは経っているかも、はっきりとは分からないけど」


「そうよね、久しぶりだわ。依里子、あんたはコーヒーでもいい?」


「うん、ミルクとお砂糖は入れてね」


「分かった、あたしは。お砂糖だけにするわ」


 姉は頷きながら、キッチンに行く。私は紙箱を持ったままでリビングに向かった。


 しばらくして、姉がトレーに二人分のコーヒーをマグカップに入れて持って来てくれた。芳しい香りが部屋にたゆたう。


「コーヒーを持って来たわよ」


「ありがとう、お姉ちゃん。これ、アレーナで買ってきたケーキ」


「あんたが持ってたの、アレーナのケーキだったのね。最初、何かと思ったわ」


 姉はまた、驚きながらも紙箱を受け取ってくれた。私が開けてと言ったらテーブルの上に置いて、紙箱を開ける。中には買ってきたモンブランや個包装されたシュークリームが入っていた。


「美味しそう、ありがとう!」


「うん、お姉ちゃん。昨日は本当にありがとう。林檎のケーキ、美味しかったよ」


「ははっ、また作ろうかな。リクエストがあったら言って!」


 私は笑いながら、アップルパイをリクエストする。姉は快く頷いた。


「分かった、アップルパイね。時間が空いたら作るから」


「うん!」


 姉は嬉しそうにしながら、またキッチンに向かう。私はホッと胸を撫で下ろしながら、ソファーに腰掛けた。姉を待つのだった。


 その後、姉と歓談しながらコーヒーを楽しむ。


「依里子、あんたもたまには外に出なさいよ」


「分かってるってば」


「んもう、あんたが職無しになってからどんだけ心配してると思ってんの。まあ、あたしが偉そうに言う事でもないんだけど」


 歓談と称したお説教タイムにいつの間にか、なっていた。けど、久しぶりに姉と話しているからか苦にはならない。


「……依里子、まあ。色々と言ったけど。明日になったら、ハローワークにでも行ってきな」


「そうだね、そうしてみるよ」


「ごめん、あたしもすっかり年を取ったわね」


 姉が苦笑いする。私も答えに困ってコーヒーを口に運んだ。


「依里子、そろそろ帰るの?」


「そのつもりだけど」


「分かった、また来てね。待ってるから」


 私は頷いた。姉は笑いながら、約束よと言った。なんとはなしにまた、コーヒーを飲むのだった。


 ――END――

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