うちの生徒が法律を変えてまで私と結婚しに来た件

リヒト

中学生と先生

 成績優秀。運動神経抜群。

 短く揃えられた絹のように美しい黒髪にアメジストのように輝く紫の瞳。。

 神が作ったのかと思うほどに精巧に作られた美形であり、天から二物以上を与えられているこの子こそが私が担当している中学一年生のクラスの生徒、九条蓮夜くんであった。


「……ん?い、今何て言った……?もう一度先生に聞かせて欲しいな?」


「その年で難聴?……恥ずかしいからあまり何とも言わせないでほしいのだけどぉ……先生、好きです。僕と結婚してください」

 

 そんな子に私は今、学校の空き教室で告白を飛び越えてプロポーズされていた。

 お母さん……彼氏いない歴=年齢。

 男と手を繋いだことすらない女に初めて告白してくれた相手はどうやら自分より一回り以上も若い子のようです。孫を見せられなそうな娘でごめんなさい。


「ごめんねぇ?九条くんの告白にはちょっと頷けないかなぁ?」


 学校どころか地域、日本一のイケメンである九条くんからプロポーズされた私は人生初めての告白を泣く泣く断る。

 

 この告白が教師となって彼の前に立つ先生という立場ではなく……14年前の、中学性であればどうしようもないほどに喪女であったこの私、雨宮瑞希にも彼氏が出来ていたのだろう。

 無駄に年をとり、教師として上にこき使われ、一人寂しい夜を過ごしている自分の現状に内心で涙する。


 はー、中学生の時に告白してくれる人が欲しかった。

 ずっと端からリア充を見て色々と妄想していたあの頃の私に。今でも良いけど……流石に教え子の告白となると別よね。


「……僕のことは嫌いですか?」


「いや、そんなことはないよ。それでも先生と生徒の恋愛は禁止されているの。それに、結婚となると親御さんの許可も必要なの。親御さんはまだ九条くんの結婚は許さないんじゃないかな?」


 今にも泣きそうになっている九条くんを見て、これ以上ないほどの罪悪感を感じる私は出来るだけ九条くんを傷つけないよう細心の注意を払いながら言葉を話す。


「それが家庭の方針なんです。一度ビビッてきた女は何が何でも落とせ、金、力、美貌の全てを使い、と」


「そ、そうなんだ……」


 九条くんから返ってきた想像以上にぶっ飛んだ回答に困惑しながらも私は言葉を続ける。


「九条くんはそう思っていても親御さんは違うんじゃないかなぁ?」


「大丈夫です。うちの叔母は年齢が二十も上の男性と結婚していますし、僕が選んだのであれば誰も反対しません」


「いやいや!するに決まっているよ!まだ九条君は中学生で未成年なんだから!」


「えぇ。確かに僕は未成年で至らぬ部分も世間知らずな部分も多々あるでしょう……ですが、世の中には鼻で笑う他ないような害虫が大人として蔓延っているのですから、あれが許されて自分が許されないのは謎でしかないです」


「い、言い方!ダメよ?そんな言い方をしては!」


「反ワクの連中は率直に死んでほしい」


「いやいや!たとえどんな人であっても死んで良いとか言ってはいけません!」


「……あれは死刑に適応すべき悪だと思うんですよ。反科学の連中は許されない……!なんでワクチンのおかげでイギリスとかではもう撲滅間近に迫っている子宮がんで年間3000人近くが亡くなり、子宮を失う人を年間1000人以上も出さないといけないんだ……あぁ、少子化が。少子化が迫っている。心が痛い。もう反ワクの連中には狂犬病にかけてやろうか……?割と極端な例だが人類最初のワクチンたる狂犬病ワクチンがなければ年間1000万人いなくなる可能性だってあるのだぞ?一体ワクチンがどれだけの人を救っていると……ッ!」


「……ず、ずいぶんと物知りなんだね」


「まぁ、そんなことはどうでも良いんです……それで、先生?」

 

 忌々しそうな表情から一瞬にして真顔に戻った九条くんが私の目の前から消えたと思ったときには、私の足から力が抜けたことで自身の体が崩れ落ち───それを九条くんが支える。

 そのせいで私と九条くんの顔がほぼ0距離にまで接近し、私の特に美しくとも何ともない瞳が宝石のように輝く九条くんの瞳と重なる。


「はふっ!?」

 

 相手は中学生である。

 しかし、しかしだ……学校を超えて街中で有名になるほどの美少年である九条くんと至近距離で目を合わせて動揺しない方が無理だろう。

 九条君は芸能人でさえも鼻で笑えるほどの圧倒的美貌なのだ……彼氏いない歴=年齢の喪女である私なら猶更耐えられない。


「好きだよ、瑞希」


 その上で私の本名を呼んでの至近距離の告白である。

 年齢とか関係なく耐えられそうにもなかった……イケメンとはどうしようもないほどのズルなのだ。反則だ。


「だ、駄目ですッ!!!」


「あぶっ!?」


 だが、私の感情とは裏腹に理性はここに来て最後の抵抗を見せた。いや、これはただ単に男を寄せ付けなかったこの寂しい体が耐えられなかっただけなのかもしれない。しかし、それでもファインプレーであった。

 私の体はほぼ反射的に九条くんを突き飛ばし、そのまま後ずさる。

 

「……はぁ、はぁ、はぁ」

 

 私は息を荒らげながら、意識を現実の方に戻していく。

 い、い、い、今!?私は自分の生徒に手を出そうと……ッ!?!?


「……むぅ。ダメ?」


「だ、駄目です!」


 若干落ちそうになりながらも私は縋るような視線を向けてくる。


「私と九条くんの間には年齢の問題があるんです!犯罪だから駄目!」

 

 私は九条くんに対して拒絶の意を叫ぶ。

 叫んで拒否でもしないと、どうにかなってしまいそうで。


「言ったね?……犯罪だから駄目って。聞いたからね。僕は確かに、ふふん。そかそか、そうだよねぇ。うーん。にしし、待ってね?先生」


「……ッ」


 それに対して九条くんはどこまでも艶やかで、ゾッとするほどの色気を持った笑みを浮かべる。


「好きだよ、先生。絶対に逃がさない」


「……っ」

 

 爛々と輝く九条くんの瞳に見つめられる私は表情を凍り付かせて体を震わせる。

 何か、目をつけられてはいけない存在に目をつけられたような気がして。


「ちょっとだけ今日は早退しまーす」


 圧倒され、呆然としている私の隣をするりと抜けていった九条くんはそのまま早退すると言い残して空き教室から出ていってしまう。


「え、えぇ……?」


 一人、取り残された私はただただ動揺することしか出来なかった。


 ■■■■■


 その次の日。

 再び私は九条くんから呼び出されて空き教室にまでやってきた。


『本日より年収が百億を超える者に限り、12歳を超えている者であっても成人として扱うことを閣議決定いたしました。12歳であっても結婚することが可能となります』


「えっ……?えっ?」


 そこで私は九条くんからとんでもないものを見させられていた……結婚年齢が、引き下がれた?

 九条くんの手元にあるスマホから流れるニュースで、総理が会見で……んんん??????


『総理!あまりにも当然すぎる発表に国民の全てが困惑しているでしょう!こうなるに至った経緯を!』


『我が国は名目上、何の軍事力も有しておりません。警察予備隊がおりますが、ただそれだけなのです。何も軍事力とは他国との交戦のためだけに在るものではなく、内乱の抑制と対処するためのものであり、明治以前であればその役割の方が多かった、ということだけは話しておきましょう』


『お待ちください、総理!それはどういった意味で!』


『我々に言えるところはこれまでです。本日より、年収が百億を超える者であれば12以上の者であれば成人と見なし、結婚を許可する。ただそれだけです。ですが、この法令が適用される範囲はほぼないと言ってよく、日本に住む国民の皆様が知って置かなければならないものではありません。ごゆるりと日常を暮らしていてください』


 画面上に映る総理はどこか投げやりに、さっさと会見そのものを終わらせたがっているような様子で言葉を吐き捨てている。

 そんな様子が私の視界に映り、言葉が勝手に右耳に入って左耳から抜けていく。


「もう十分だよね」


 そのタイミングとなって九条くんは自分の手にあるスマホの電源を切る。


「うちの家、すっごく大きいんだ。それこそ日本の警察予備隊の代わりの軍隊として他国の首脳部にのみ抑止力として武を振りまくほどに。実は水爆やICBMだって持っているんだよ?って言っても原爆投下のイメージが強すぎて広島と長崎で原爆のイメージが止まっていることの多い日本人に言ってもわからないかな?」


「……」


 この子は、何を言ってるのだろうか?


「経済力も軍事力もあり、第三世界への強い繋がりも有する我が家は特例。日本国を超えた存在なのです。故に、国を動かすことすらもたやすい」


 頭は理解を拒む。

 だが、心は、本能は理解する。目の前の少年が、普通ではないと。


「……あっ」


 まただ。

 私が困惑している間に足から力が抜けて、そのまま私の体は九条くんに抱きしめられる。

 そして───


「……んっ!?」


 ───今日は昨日のように掴まれるだけでは済まず、そのまま私の口が九条くんに奪われる。


「好きだよ……先生。この世界の誰よりも」


 私の口元から九条くんの口元にまで伸びる唾液の糸を愛おしそうに一舐めした後、九条くんはその美しい相貌を艶やかに染め上げ、悪魔のように笑い、蛇のような強い執念をその瞳に覗かせながら口を開く。


「僕のものになって、瑞希。拒絶は許さないよ」


「……はひっ」


 あまりにも遅すぎるファーストキスを奪われ、これ以上ないほどに火照っている私は、つい目の前に咲く一輪のバラを手にとってしまったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うちの生徒が法律を変えてまで私と結婚しに来た件 リヒト @ninnjyasuraimu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ