限りなく広がる曇天

ナナシリア

限りなく広がる曇天

 僕が生まれた時、母が死んだ。相当な難産らしかった。


 父は男手一人で僕と妹を育ててくれたが、過労で死んだ。二人も養おうとすればそうなる。


 妹は僕が働いてお金を稼ぐ希望となっていたが、病死した。僕の稼ぎが足りなかったせいだ。


 僕は天涯孤独になったが、そんな僕を受け入れてくれる親友がいた。


 彼は僕を庇って死んだ。


 そのあたりから、僕は希望というものをおおよそ失っていた。


「君は、家族を亡くしたの?」

「どうして、僕のことが」


 そんな僕に話しかけてきた少女は天使のように思えて、このまま皆の元へ行ければいいのにと思う。


「不幸が顔に貼りついてるよ」


 彼女は表情が豊かな方ではなかったが、彼女の笑った顔は印象に残っている。


 そんな彼女は、僕の目の前で死んだ親友の彼と同じく、僕の目の前で刺された。


「君は、生きて」


 通り魔から力強く僕を守った彼女の言いつけは、守れそうになかった。


 明らかに一撃で命を奪われた彼女を傍らに、僕は通り魔を力いっぱい殴りつけた。


 母が死んだこと、父が死んだこと、妹が死んだこと、親友が死んだこと。彼にとっては関係のない恨みも籠っていたから、八つ当たりと言えたかもしれない。


 だが、通り魔の彼は間違いなく、僕に希望を与えてるはずだった少女の命を奪った。


 僕は、普段通りの貧弱な力で彼を殴っていなかった。


 火事場の馬鹿力というものがあるだろうが、その領域には収まっていなかったように思える。


 脳がぶっ壊れていたんじゃないか。


 そう思うほどの威力で殴り、後頭部をコンクリートに叩きつけ、正気に戻ったその時にはすぐに意識を失った。全身がみしみしと痛んだ。


 目の前には、死体が二つあったが、僕はもうなにも感じなかった。

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限りなく広がる曇天 ナナシリア @nanasi20090127

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