ラスト・ばいばいカレーライス





 翌年、俺は無事レイナと結婚した。

 場所は地元にした。嫌な思い出もあるが、ここはレイナと出会った場所でもある。だから楽しい記憶を増やしておきたかった。

 盛大な結婚式をやるために貯金したのだ、二回もお色直しをしてレイナも大興奮。親族も友人たちも俺達の門出を盛り上げてくれた。


「あの時は元親友へのサービス、もう他の女に目を向けちゃダメだぜー?」


 そんな風に茶化すレイナは、俺にとって世界一の美女だ。


「分かってるよ。そっちこそ、浮気なんてしたら俺もう立ち直れないぞ」

「うん、セイの場合マジでシャレになんないよね? なんなら指輪交換じゃなくて貞操帯交換とかでもいいよ?」

「そんな結婚式はさすがに嫌だ」


 冗談を言い合って、神様の前で誓いのキス。

 病める時も健やかなる時も、幸せの食卓を囲める家族で在れたらいいと願う。

 当然ながら莉緒は呼んでいない。かつてのクラスメイト達も彼女が来たら困るだろう。

 誰もその名前を口にはせず、披露宴は恙なく終わり、二次会でもみくちゃにされた。

 騒がしい一日を終え、ホテルに泊まって一夜を過ごす。

 その後、一度俺とレイナの実家に顔を出してから東京に戻るつもりだった。






「誠一くん、レイナちゃん」


 その途中、莉緒と出会った。

 たぶん待ち伏せをしていたのだろう。

 去年よりもかなり痩せて、肌も健康そうな色に戻っている。なにより、表情が穏やかになった。


「よ」

「うん」


 短いやりとり。まだ気まずさは残っている

 結局、莉緒の両親は離婚したらしい。彼女の母親が出ていった理由の根本は、父親である良太おじさんが家庭を顧みないこと。だから莉緒の件がなくてもいずれは破綻していたと思う。

 そう言えば、一度おじさんが「レイナと別れて莉緒を貰ってくれ。二人は結婚する筈だったんだろう!」なんて言ってきたことがあった。

 どうしようもない父親だけど、娘を心配はしていたのかもしれない。


「今、どうしてるんだっけ?」

「一人暮らししながら、近くのパン屋さんで働いてる。まだパートさんだけど、正社員登用してもらえそう」

「そっか。ならよかった」


 引きこもりだった彼女も今では立派に社会復帰した。

 そのきっかけが、俺に結婚を強要しようとするおじさんと離れるため、というのはアレだが。

 まあ元気でやってるならそれでいい。


「莉緒」

「レイナちゃん……」

「謝んないでよ。私は、許す気ないから。あと、セイを譲る気もねないしー」

「分かってるよ」


 かつての親友の会話はぎこちない。

 レイナは強い言葉を吐くけど少し申し訳なさそうにしているし、莉緒の方もどこかオドオドしている。

 ただ衝突しそうな刺々しい雰囲気はなかった。


「二人とも結婚、おめでとう」


 莉緒が静かに目を細める。

 目に暗い感情はない。ただ純粋に俺達のことを祝福してくれている様子だった。


「ありがと、な」

「私が言えたことじゃないけど、よそ見せずに。お幸せにね」


 過去のことを冗談に出来る程度には立ち直れたようだ。

 彼女は天を仰ぎ、大きく息を吐いた。


「あーあ、これで本当に、二度と誠一くんの料理食べれないなぁ」

「悪いな」

「ううん、でもカレー食べたかった。レシピだけでも教えてくれない? 自分で作ってもどこのお店で食べても、誠一くんのほど美味しくないの」


 そう言ってくれるのは嬉しいが、残念ながらそれはできない。


「無理だよ。俺ももう作れないから」

「どうして?」

「俺のカレーって、牛肉・じゃがいも・玉ねぎ・にんじんに市販のルーを二種類混ぜて作った基本的な家庭のカレーなんだ。違うところは、ヨーグルトと醤油、少量のはちみつを加えてる点」

「隠し味、ってこと?」

「違う。莉緒は、辛いの微妙に苦手だろ? だから莉緒の舌に合わせて辛さを調整してたんだ。美味しく感じるのは、単に好みと一致してたからだよ」


 だから俺にはもう、あのカレーを作ることができない。

 昔はずっといっしょにいたし、何度も料理を作っていた。だからその反応から、どんな味が好きなのか、どのくらいの辛さがいいのかを類推できた。

 だけど七年以上の空白の期間があり、お互いに知らない部分も増えた。

 今の俺には莉緒の好みに合わせた調整ができない。

 あのカレーは思い出の中にしか存在していないのだ。


「そっか……。本当、私は大切なことが、なんにも見えてなかったね」


 ぼやくようにそういった後、莉緒は笑った。

 うまく筋肉が動いていなかったが、笑ったのだと思うことにした。

 

「レイナちゃん。誠一くんのこと、お願いね」

「あんたに言われなくとも」


 間髪入れずに帰ってきた答えに安心したのか、莉緒はゆっくりと息を吐いた。

 そうして何も言わず、すれ違っていく。

 俺たちが東京に帰ることとは関係なく、もう二度と会うことはないのだろう。訳もなくそう察した。


「誠一くん!」


 彼女もそれを知っていた。

 だから最後に振り返って、大きな声で叫ぶ。


「ごちそうさまでしたっ!」


 ありがとうでも、ごめんなさいでも、さようならでもなく。

 莉緒はそんな言葉を別れに選んだ。


「はい、お粗末様でした」


 それに俺も合わせる。

 料理で始まった二人なら、終わりもこれくらいがいいだろう。

 お互いに笑顔を見せ合い、背を向けて反対の道に歩いていく。

 高校の時の別れよりは幾分か上等だった。


「いくぞーセイ。おらー」

「うん……ありがとな、レイナ」


 俺を先導するようにレイナが腕を組んでくる。

 今の俺のカレーは、レイナと俺の二人が好きな辛さに調整されている。

 一方だけが合わせるやり方はいずれ破綻すると学んだからだ。

 けどいつかは、子供でも大丈夫な甘いカレーがスタンダードになるだろう。

 その日が来るのを想像しながら、夫婦になった俺達はそっと身体を寄せ合った。



・おしまい


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寝取られ女の引きこもり飯 西基央 @hide0026

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