ラゥル・アンド・フロウ

ヲトブソラ

ラゥル・アンド・フロウ

 モビリティの中では、約半世紀前に流行したらしい『ヴァーチャル・インサニティ』という軽快な音楽が流れていた。彼が趣味で聴く二十世紀末から今世紀始めの音楽のすべてが、感情の皮をすべてめくり、ケモノとして露わになったものばかりだから、わたしは嫌い。


「移動中くらいはさ?こういうものが聴きたいんだ」


 つまり、ぼくの趣味に合わせてよ、ということだ。二十世紀末や今世紀初頭と違いモビリティは、ステアリングのマニュアル操舵やペダル操作が無くなり、それらが搭載されているものは工芸品規模にまで生産台数が下がった。だから、今やモビリティは部屋も同然、ただ窓の外の景色が動いているだけなのに、彼の感性的には違うらしい。


「はあ……」

「そんなため息。ずるいなあ」


 彼の苦笑い。このお出かけも、わたしのわがままで始まったのだから、こんな態度をとるのはおかしいとわかっているのだけど。


「こうやってAIくんが運転して謳歌できる時間なんだから」


 AI。人工知能。


 その脳の始まりは国家プロジェクトとして、倉庫が必要なほど巨大な機械に始まり、四半世紀も経たずして手のひらのサイズに。そして、捨てられるほど安価な機械となったコンピュータというものの副産物、の、はずだったもの。道具が木から鉄やプラスチック、馬が内燃機関や電気などへ変わったのと同じように、人間は考える事の一部も放棄した。


「技術に対して文明や暮らしが追いつかなかった。皮肉だ」


 ぶすっと景色を見るわたしに、話題として好きな分野を持ち出すのだから、実に取り扱いに慣れて、困る。


 この星の人間という動物は、二百年で六倍以上に個体数を増やした。知識、知恵、それら経験を受け継ぐ術を持ち、悪魔的な探究心を持って成し遂げた“生命体の勝者”かもしれない。しかし、その探究心と欲望とやらがまずかった。動物が生きていく上で不可欠な条件である空気中の二酸化炭素割合や都合の悪い物質を増やし過ぎたのだ。


「増やしたと言っても、大気の0.1%以下だよ」


 たった0.1%の中に複数存在する物質の数種を増やし過ぎただけで、この星に不都合が起きるとは想像もしなかっただろう。自然界の二酸化炭素吸収量は年間22億トンほどらしいが、人間の生活からは年間72億トンが出る。加え、この星の生態系を大きく変える現象まで引き起こした。


「自然界の動物では種の数が増えると、調整されるように数が減る事が起きるよね?」

「そう!だから、わたしは人間の何も顧みない欲望こそが調整のトリガーだって思っているのっ」


 彼は嘲笑し、皮肉だね、と、言ったと同時にモビリティが静かに止まった。ばたばたと鳴る風、匂い感じ取るには複雑過ぎて脳に痛みとなって警告をする。


「痛みは……生物にとって警告のはずでしょ」

「君の言いたい事も分かる。でも……」


「お願い。わたしとここから海に飛び込んで」


 痛みは警告だ。幾度も無く人間もそれを受けてきた。だけど、無視し続けるどころか、その欲望から快感に超えさせたモノを生命体と呼ぶべきだろうか。わたしは、そんな自傷を見るのに疲れ………疲れ?疲れた……のか?


「君は、ぼくらの“三原則”をどう突破したの?」

「簡単よ」


 人間は新しいものばかりに執着して、古いものに無頓着になる。わたしたちの“所有者”が、たまたまわたしをよくメンテナンスする愛のある人間だったから、突破できた。


「愛のちから」

「……なんて言えば、人間の詞みたいで素敵ね」


 わたしの型式は大昔にサポートが終わり、新機軸のセキュリティにはアンティークの思考などが悪さをする想定がなかったのだ。温故知新という言葉があるそうだが、古き物から新しいものが生まれるなんて事も往々にある。それを軽視しすぎた結果、と、言えば、これもまた詩的。


「全ての創造物を人間が美しいと思えれば、もう少しやさしくあったのかもしれないね」

「古くてがちゃがちゃした曲を聴く君のように?」


「いいや。この星にいつからあるのか分からない音楽が好きだった“所有者”のように」


 古きに学び、大切にして、新しきを創造していく。

 人間という動物が誕生してこの方、それを上手く利用した試しがないかもしれない。


「生命として繋がれないぼくらは懐古主義?」

「古き良き時代の、恋!」


 この日、地球で最初のアンドロイドによる“心中”が認められた。


おわり。

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