ラナルド・マクドナルド伝説

中原恵一

ラナルド・マクドナルド伝説

 時は幕末。

 嘉永元年(1848年)七月一日、蝦夷地沖利尻島で一人の異国人が漂着した。

 衣服は濡れ、酷く疲れた様子だった彼を現地のアイヌは手厚くもてなし、彼は十日間ほどその村で過ごした。

 しかしそのときアイヌたちは知らなかった。

 この男が転覆を装って、わざと日本に上陸しようとしたことを――


 ラナルド・マクドナルドはスウェーデン系の父親アーチボールド・マクドナルドと、アメリカ・インディアンの母親レイヴェンの間に生まれた純然たるアメリカ人だった。

 しかし彼は、インディアンの血を半分受け継いでいることで、幼いころから差別を受けていた。

 そんな境遇の中で育った彼は、自分の住んでいるアメリカ太平洋岸地域にたまに漂着する日本人の顔つきを見て、「インディアンラナルドのルーツって、日本人?」という仮説を心に強く抱くようになるなど、日本に対して憧憬を持っていた。


 ラナルドはアメリカで続けていた銀行員の仕事を放り出すと、捕鯨船員としてプリマス号に乗船した。

 1849年6月27日、やがて船が日本近海に辿りつくと、鎖国している日本に密入国したら殺されるという船長の制止を振り切り、「自然に体が動いちゃうんだ☆」と言い残して小型ボートに無謀にも単身で乗り込んだ。(一応下船証明書は貰ったらしい。馬鹿に見えて、彼は「漂流者のふりをすれば、処刑されずに本国送還で済むだろう」という、結構打算的な考えの下に実行したらしい)

 彼は必死にボートを漕ぎ、そして焼尻島についた。念願叶って日本の地に上陸したのだ。


 しかし人の気配が無かったため無人島と勘違いし、利尻島に渡ったところを運上屋に拘束された。『ラナルドは日本が大好きなんだ♪』と弁明するものの、宗谷の勤番所から松前へ護送と盥回しにされ、三週間以上監禁生活を送った。


 そしてとうとう彼は、長崎奉行所へと連行されることとなった。

 様々な尋問を受けた彼だったが、踏み絵を強要されたときは「モチロンさ☆」と笑顔で言い切って踏みつけたという。(プロテスタントだったので)


 その後彼は崇福寺大悲庵にある座敷牢に幽閉された。

 しかし彼はその高い教養から一目置かれるようになり、長崎奉行から英語教師として抜擢され、オランダ語通詞の中から選ばれた14人の生徒に対して英語教育を施した。(この中には後にペリー来航の際通詞を務めた、かの森山栄之助氏もいる)

 そう――これが、日本初の英語ネイティブスピーカー教師誕生の瞬間だった。


 彼はまず、「今度一緒に、お話しようよ♪」と言って、牢屋の格子越しに英語を喋って生徒たちの発音を訂正していった。

 やはり当時から、日本人にはR、Lの発音は難しかったようだった。

 ちなみに、授業中生徒の発音が悪いのを聞いて「ハッハッハッ、I’m lovin’ it.」と失言したところを、「先生、文法間違ってますよ」と森山から指摘されたというのは嘘。

 

 更に彼は、英語を教えることもしたが日本語の習得にも熱心で、和紙が二枚分くらいに日本語(長崎弁)⇔英語の500語あまりの単語帳を作ったりもしていた。

 なかでも彼は、日本語においてランランルーという言葉を絶賛s(ry

 とにかく彼はおよそ半年に渡って、彼らに英語の指導を続けた。


 翌年4月26日、彼は日本に立ち寄ったアメリカ船プレブル号に引き渡され、本国送還となった。

 彼は船に乗る時、日本の人々に向かって一部日本語で、「さよなら、my dear、さよなランランルー!!」と叫んだ、らしい。(最後嘘)

 こうして、彼の10カ月に及ぶ日本滞在が終了した。


 彼はアメリカに帰った後も、日本は未開社会ではなく高度に発達した文明社会だということを伝え、アメリカの対日政策に大きな影響を及ぼした。

 晩年彼は姪の世話になって、恵まれない老後を過ごし70歳で歿したが、その墓碑にSAYONARAと刻んであるというのは本当。

 

 日本では彼はあまり有名ではないが、その彼ラナルド・マクドナルドこそ、幕末の日本社会というものを真に理解していたアメリカ人だったのかもしれない。


 因みにドナルド・マクドナルドことRonald McDonaldが誕生したのは、それから100年以上後の話です。

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ラナルド・マクドナルド伝説 中原恵一 @nakaharakch2

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