第8話 大団円

 そんなことを考えていたのに、事件はまるで自分の考えとは正反対のところで解決することになった。

 自分が、そこに閉じ込められていたのは、誘拐だったのだ。

 それも、本当は狂言誘拐のつもりだったという。

 というのも、捕まった犯人たちは、どうやら、ネットで集められた人たちで、

「人を一人誘拐してほしい、ただ、これは狂言誘拐なので、君たちが捕まることはない」

 ということで、前金で、一人500万円という金を受け取ったというのだ。

 警察の捜査で、彼らにそれ以上を聞いても、何も言わない。犯人は三人だったのだが、

「誰か一人くらい、口を割ってもいいのに」

 という警察の思惑をよそに、誰も口をわるものはいなかった。

「ということは、やつらは、本当に何も知らないのではないか?」

 ということであった。

 しかも、募集で集まった連中なので、顔見知りでもない。彼らから、犯人に繋がる者は何もなく、彼らはただ、

「頼まれて誘拐をした」

 というだけだった。

 まるで、詐欺集団における、

「受け子」

 という存在に近いものがあったといってもいいだろう。

「俺らは、このまま罪になるのかよ?」

 とやつらは、言っていたが、そんなことをいう時点で、犯罪計画を立てるだけの度胸も覚悟もあるわけではない。ほいほい騙されて、犯罪の片棒を担ぐという、犯罪者にとっても、実に駒としてやりやすいことだった。

 そこで、問題は、忠次が、

「誰かに、ここまで恨まれる」

 ということがあったのかどうかということだった。

 まだ、中学生なのに、そこまではないだろう。正直、本人に、その自覚はまったくなかったのだ。

「じゃあ、過去に?」

 ということで、警察はいろいろ調べてみた。

 今回の事件は、二日間ほどの誘拐であり、その間、食事も水分もなかったので、下手をすると、

「空腹で死んでしまう」

 ということがありえたのだ。

 ただ、犯人グループとしては、

「3日目になれば、食事を与えて、また次の3日」

 ということで、最終的に、10日間の監禁をするようにということであった。

 集められた連中は、正直、生きることをどうでもいいと思っていて、半分は人の命など、自分には関係ないと思っているような連中だったので、

「死なないのであれば、何をしてもいい」

 と思っていたのだ。

 それに、最初から殺す意思もないという。だったら、自分たちも安全だろうと、勝手にそう思っているという、ある意味、

「金を出せば何でもするという、言っちゃ悪いが、常識というものを持ち合わせていない連中だった」

 ということであった。

「なぜ、こんなことにあったのか?」

 というと、今回のキーパーソンは、兄の、忠直だった。

 忠直も最初は知らなかったというのだが、子供の頃に冷蔵庫に閉じ込められた経験をした少年は、その後、流れ流れて、隣町にやってきたということだった。

 その時、母親と二人で暮らしていたのだが、そんな彼に対して、

「お前を閉じ込めたのは、大喜多忠次だ」

 と吹き込んだ人がいた。

 何とそれが、兄だったというのだ。

 まさか、中学生の身分で、そんな大それたことができるわけはない。実際に計画を練ったのは、母親だったのだ。

 よせばいいのに、彼は、そのことを母親に話した。

 元々、親には何でもいうタイプだったのだが、特に母親と二人になってから、

「お母さんには何でも報告しないといけないんだ」

 という思いに駆られるようになってきた。

 母親は父親と離婚してから、母子家庭になったので、本来なら、お金がないのだろうが、ちょうど、親の遺産を受け継いだこともあって、少々のまとまった金はできたのだ。

 本当の殺人なら、無理があるが、誘拐して、ちょっと恐怖を与えただけで、後は無事に返してやるということさえできれば、それでよかったのだ。

「ちょっとしたアルバイト感覚」

 ということで、ネットで募集を掛ければ、ホイホイやってくる。

 もちろん、過激なことを書けば、当局に発見されて、邪魔される可能性があるが、まるでゲーム感覚の書き方をしていれば、それでよかったのだ。

 どうせ、そのような軽い気持ちの悪戯はたくさんあるだろうから、

「誰も乗ってこなければ、中止にすればいいだけだ」

 というだけのことだった。

 だから、そういう連中を掻き集めるのに、そんなに焦ることもない。いつ実行しても構わないからだ。

 母親も、どこまでの気持ちだったのか、自分でも分かっていないのかも知れない。

 ただ、それが気持ちの中で確定したのが、その応募者の中に、双子の兄である、忠直が入っていたからだ。

 忠直は、いつも自分の考えていることを分からないタイプの男だった。絶えず自分というものを探し求めているのだが、探している場所は、トンチンカンな場所で、まったく的を得ていない。

 そういう意味でいけば、弟とは違っていた。

 今までそれでも、幸いだったのは、

「そんな自分の性格を分かっていなかった」

 ということからであろう。

「知らぬが仏」

 というのは、まさにこのことであり、実は性格的に、

「猜疑心が強く、嫉妬深い」

 という、人間の一番陰湿な部分を持っていたのだ。

 ただ、それは、逆にいうと、素直だといってもいいだろう。

「一番人間臭い行為だ」

 ということになり、その強い猜疑心が、

「誰でもいいから、このやり切れない気持ちをぶつけたい」

 という自分でも、嫌だと思っている性格に悩まされていた。

 だから、こういうところで憂さ晴らし。

「どうせ、犯罪になっても、そこまで重いものではないだろう」

 と、根拠はないが、自分の中だけの信憑性で、申し込んでくるところも、兄とは違っていた。

「誘拐した弟のところに、アナログ時計を置いておく」

 という演出は、兄の忠直が考えたことだった。

「真面目過ぎて融通の利かない弟には、正確に時を刻む時計。しかも、アナログの針の音を聞かせることが、いかにプレッシャーになるか?」

 ということまで分かっていたのだ。

 弟が兄に対して、コンプレックスを感じていたように、兄も弟に対してコンプレックスを感じていた。

 それは、兄の方が強いのだろう。犯罪に加担するところまでくるのだからである。

 しかし、双子ともなると、相手が考えていることが分かるものだ。

 というよりも、相手の性格が分かるというもので、弟の方から見ると、兄は、

「楽天的な性格に見えるが、猜疑心が強く。嫉妬深い」

 と思っている。

 だから、たちが悪い。コロッと騙されるのだ。

 今回の誘拐だって、

「ちょっとした悪戯のようなものだから」

 などと言って、いくら、

「金がほしい、だが、することもなく、どうせなら、楽しいことをして金を稼げればいい」

 と思っているような連中からすれば、兄貴のような性格には、コロッと騙されるのだろう。

 しかも、誘拐する相手が、

「双子の弟だ」

 ということであれば、

「もし、揉めても兄弟、しかも、ツーカーのような仲なので、俺たちが不利になるような問題はないだろう」

 ということで、

「それよりも、スリルを楽しみながら、金儲けができるのだから、こんな面白いことはない」

 と思っていた。

 何しろ、今の世の中、不景気で、ずっと窓際のような立場であったが、何とか会社にしがみついてきたが、

「世界的なパンデミック」

 のせいで、簡単にぶら下がっていた場所からふるい落とされた。

 ただ、それは自分だけではなく、たくさんの仲間がいた。そのおかげで、何とか、生きてこれたが、少しでも、プライドや、自尊心を捨てられない人は悲惨だろう。

 一人ホームレスになり、気が付けば、

「一人のホームレスがのたれ死に」

 などということが、誰にも知られることなく、毎日のように、どんどん増えてくるのだ。

 政府は何もしてくれない。

 やたらと無駄な人流抑制政策を行うばかりで、国民には、

「我慢しろ」

 といっておいて、自分たちは、キャバクラに通っていたという、ふざけた政治家もいたくらいだ。

 そうなると、国民は政府のいうことなど誰も聞かない。次第に。マスクもしない輩が増えてきて、その後変わったソーリも、

「国民は、自分の命は自分で守れ、政府は何もしない」

 とばかりに、どんどん規制緩和を行い、

「国民なんか、どうなってもいい」

 と言わんばかりであるから、もう誰も信用してはいないだろう。

 だいぶ落ち着いてはきたが、いつまた起きるか分からない。本来なら、今次を考えて、必死で検証を行うべきなのに、どうせ、あの政府にそんな頭があるわけもなし、次に起これば、またバカの一つ憶えのように、ただ、同じことを繰り返し、国民を犠牲にするだけなのだ。

 そんな、倫理に対しても、モラルに対しても、政府のせいで、感覚がマヒした人間が、街には溢れている。そんな状態なので、兄貴の計画に載ってくるのだ。

 しかも、その計画を企画したのは、例の閉じ込められた男だった。

 彼は、計画実行のために、自分の母親と、忠直を狙った。

 実は、あの時、冷蔵庫の蓋を閉めたのは、兄だった。忠次の記憶が曖昧だったので、兄はその場にはいなかったと思っていたが、実は兄が一緒に行動をともにしなくなったのは、この事件のあとすぐからであった。兄は、自分が復讐されないように、犯人を忠次だということにして、逃れようと考えたのだ。

 忠直は、もちろん、良心の呵責もあったろうが、それよりも、双子ということで、

「この計画がバレたりしないだろうか?

 という不安をいだいていた。

 しかし、こうするよりも、自分がやってしまったことでの復讐から逃れることはできない。

 しかも、

「知っていて、計画に参加するからこそ、少しでも、被害を少なくすることができるのではないだろうか?」

 と考えるのだった。

 実際に、その思い通りにいけたのかどうかは分からない。

 しかし、知ってしまった以上、兄貴との確執は決定的なものになった。

「もう信用できない」

 という思いだ。

「なるほど、猜疑心と自尊心の強さからの嫉妬と、その場から逃げ出したいという思いから、パニックになると、思考能力が低下してしまい、すぐに安直な方法を選びがちだ」

 ということなのだろう。

「安直な方法」

 つまりは、

「犯罪行為」

 だといってもいいだろう。

「兄弟の中でも双子は仲がいい」

 とよく言われるが、

 確かに仲がいいのはよく目立つので、たくさんいるように思うだろう。

 しかし、実際にはどれくらいいるか分からないが、適当に、

「2割くらいだろうか?」

 と考えたとして、残りの8割は、仲が悪いといってもいい。

 つまり、双子は、お互いになんらかの意識がなければ成立できないということだ。

 これは、まるで、逆さ絵に似たところがあるのではないか。例えば風景画において、空と海を描いたとして、ちょうど、中間くらいに水平線があると見えるように描いたとしても、それを逆さにしてみると、水平線が、かなり上に見えているという、一種の錯覚なのである。

 それは、普段の相対する関係、その二つが、正反対になって見える時、

「大いなる錯覚をもたらす」

 というものである。

 つまりは、この

「相対的な関係」

 というのは、双子の自分たちと同じであろう。

 もし、この後の人生で、それぞれに誰かを必要になった時、果たして、お互いに、お互いを求めるようなことになるのであろうか?

 それは誰にも分からない……。


                 (  完  )

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双子 森本 晃次 @kakku

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