第7話 復讐

 そんな街だったが、別荘のあたりは結構平穏だった。治安が悪かったり、問題が頻繁だったのは、観光地と呼ばれている、いわゆる、

「小京都」

 のような、作られた街だった。

 民芸品だったり、ご当地の野菜や果物から作ったアイスや、スイーツなどがm評判だった。

 近くには温泉もあることで、温泉と民芸村がセットの観光も結構多かったのだ。

 だが、別荘地は違った。裕福な人たちが静かに過ごすというそんな場所で、そっちにまで観光客が足を踏み入れることはそんなにはない。

 なぜなら、完全に別荘地は隔絶されたようなところにあり、森のようなところを抜けないといけないという、若者が集団で行くようなところではなかったからだ。

 しかも、

「別荘地を守ろう」

 という治安部隊が、別荘地を私有している有志から自然と出た、

「治安計画」

 それは、警備会社とタイアップしての、警備体制だった。もちろん、警備装置も最新のものを設置しているのはもちろんのこと、さらに、警備員による目視も欠かさないという。まるで、

「アリ一匹通さない」

 という、完璧な警備体制を敷いていたのだった。

「これを、これからの宣伝として、モデルコースにすればいい」

 ということを警備会社に売り込んだが、半分は、

「相手にされないかも知れないな」

 と思ったが、さすがにそこまではなかった。

 相手にされないどころか、

「それは面白いですね」

 という話もあった。

 一つは、当時警備会社の方とすれば、機械だけに頼っていて、そのため、無実の人間を犯人にしてしまうというような事件が、地味ではあったが、起こっていたのだ。

 気にする人は一定数いるもので、そういう人たちが、警備会社にとっては困りものだった。

「だったら、人海戦術でできることを証明しようではないか」

 ということで、原点に返るということを考えるようになった。

 ここで、信用を取り戻せは、また、機械の設置が有効だと証明できるように、今から開発していけばいいということであった。

 それが実際に証明されるような事件が、ちょうど、少しして起こったのだ。

 あれは、子供たちが遊んでいる時だった。かくれんぼをしていた。都会では、そんなことができる場所もないし、まず、

「お前たち、危ないぞ」

 といって、頭ごなしに叱ることしかしないので、何もできるわけはない。

 それを思うと、田舎の別荘地であれば、そこまではないだろう。

 大人もおおらかだし、

「子供は表で遊ぶものだ」

 と考えているからだっただろう。

 ただ、かくれんぼをするのにも、危ない場所がないわけではない。別荘地から少し離れたところ、もっといえば、そこから森を深く分け入ったところに、ゴミの投棄場所があった。

 今は、

「ゴミを捨てるにも金のかかる時代」

 ということで、すぐに廃棄できないような場合を想定して、別荘地で出た大きな電化製品のようなものを勝手に投棄しないようにということで、公共の投棄場所が定められた。

 もちろん、そこに投棄する場合には、お金がかかる。しかし、それは、実際に取られるリサイクル料よりも安かったのだ。

 というのも、リサイクルをするところに直接大量に渡すことを目的としているので、安くなるというわけだ。

 普通だったら、そうもいかないのだろうが、それができるというのが、この別荘地の一種のマジックだった。

 それだけ、この別荘のオーナーの中には、それぞれの道で、

「顔が利く」

 という人が結構いるということであろう。

 実際に顔が利くことで、その投棄場の土地も、安く利用させてもらっている。しかも、業者と折半なので、リサイクル料が少し安めでも構わなかったのだ。

 逆にいえば、各自治体や電気屋に任せてリサイクルをした場合、その間にいくつも通ることで、値段が嵌めあがるということであったり、ひどいものによっては、中間マージンを法外に取っているという、悪質な、

「中抜き」

 というものも存在していると聞いたことがある。

 もっとも、何の信憑性もないデマなのかも知れないが、それだけ、自治体や政府が、

「まったく信じられない」

 といって、諦めている人が多いということであろう。

 子供たちが、そんなところで遊んでいるなどと、大人は思っていないだろう。子供は、その場所が、危険なところだという意識はない。

「こんな田舎の村に、危険なことはないさ。何か幽霊や妖怪でも出ない限りな」

 と言っている人がいるが、皆口にしないだけで。思っていることは同じに違いない。

 実際に遊びに行っても、そんなに危ないことはなかった。

 ただ、それは、昼間の時間だけが安心だったのだ。

 普段は、その場所では、業者の人が作業しているので、近寄ることができないが、業者も週に2、3回の休みがあるようで、その時を狙って遊びにいくのだった。

 日曜日は、必ず休みだが、平日は、パターンがあるようだ。

「日曜を飛ばして、4日おきに休みが連休になっているようだ」

 という法則を発見した友達がいることで、案の定、その時を狙っていけば、そこに誰かがいるということはない。

 つまり、子供たちは、そこで作業している人たちも顔を知らなければ、作業員も、子供を見ることもないので、

「まさか、休みの日に遊びに来ているなんて、思ってもみなかった」

 と思っているのであった。

 元々は、

「どうせ廃棄のものであるし、持ち出すにも重たい者ばかり:

 ということで、

「こんなところに泥棒が来ることなどない」

 ということで、防犯カメラすら設置もされていない。

 子供たちもそのことは知っていた。一度気になることがあると、徹底的にしらべないと気になって仕方のないやつがいることから、本当に、防犯カメラがないことを調べたやつがいた。こういうことを、趣味にしているやつだったのだろう。小学生のくせに、本当いすごいやつがいるものだ。

 その日、青天で、

「鬼ごっこ日和だ」

 ということで、鬼ごっこなのか、かくれんぼなのか分からないような遊びをしていた。

 その範囲は結構広かった。放っておけば、どこまでも行けてしまうので、ルールも子供たちの間で決められた。

 まずは、例の電化製品などの粗大ごみともいえる廃棄場。ここを一か所として、そこからすぐ近く。隣接しているといってもいいその場所には、鎮守様のような神社があった。

 その神社は、境内から、奥に森もあるので、そこまで含めてしまうと、とてもじゃないが、かくれんぼとしては、フォローできるわけもない。

 だから、神社だけでかくれんぼをする時も、

「境内まわり」

 あるいは、

「奥の森だけ」

 ということで分けていた。

 しかし、奥の森を範囲にすると、境内の裏にある井戸が、子供には危ないということで、境内まわりの時も奥の森の時も、

「境内の裏庭」

 だけは、その範囲から外すようにしていたのだった。

 その日は、境内を無視して、廃品回収の場所だけに限られた。

 隠れる場所は結構あった。ただ、下敷きになってはいけないので、これも、見える範囲だけという制限が掛けられた。

 もし、今回の事件がなくとも、ある理由で、この廃品回収での遊びをやめようと言われていた。

 その理由は、

「空気が悪く、気分が悪くなる人間がたまに出るようになったからだ」

 ということだった。

 しかし、そんな秒読み状態だったリサイクル場でのかくれんぼも、他の理由で、危険であることが露呈するとは、子供たちも、想像もしていないことだったに違いない。

 というのは、その日は、晴れていて、季節は晩秋であったが、朝晩の涼しさに比べて。昼間は、真夏に近いくらいの温度差によって、暑さを感じていた。

 いつものようにかくれんぼをしていたのだが、始めたのが、ちょうど一番暑かった時間帯の午後3時くらいだっただろうか?

 最初は皆みつかり、今度は鬼が変わることになった。

 皆、いつものように各々隠れたのだが、実際に鬼が探しにいくと、一人だけ、どうしても見つからなかったのだ。

「おーい、どこ行った?」

 といって、皆が探し回ったが、どこからも声は返ってこずに、気配すら感じられなかった。

「まさか、神社の方に行ったのでは?」

 ということで、神社の捜索隊が出た。

 そして、しばらくしてから、

「いや、見つからないな、やっぱり気配もしない」

 というではないか。

 空はいよいよ日が傾き始めて、いわゆる、夕凪から、

「逢魔が時」

 と言われるような、カラッと晴れた日であっても、この時間になると、理由も分からずに、空気に湿気を帯びている感覚を覚えるのであった。

「家に帰ったんじゃないか?」

 と誰かが言い出した。

 これは、本当に最後の手段だった。

 一人の家に、

「帰ってきていますか?」

 などと聞くと、この時間だから、

「うちの子供がいなくなったということ?」

 と、大人はすぐに悪い方に考えてしまうくせがあるようなので、すぐにそう来ることだろう。

 そんなことは分かっている。

 だから、もし、自分がそれを通報するようなことになると、大人はきっと、

「私たちが言った通りでしょう? あんなところで遊ぶのは危ないって」

 と言い出すに違いない。

 最初からそんなことを言っていたわけではないのは、百も承知だが、結果がそうなら、それを

「違う」

 ということは不可能だった。

 だから、親に知られるということは、

「最後の手段」

 でしかないのだった。

 それでも、このまま放っておくわけにもいかない。正直に言って、探してもらうしかない。

 駐在所にも報告され、所轄から警官も駆けつけてくる。

「とにかく、捜索をしてみないと」

 ということで。子供たちから話を聞くだけ聴いて、捜索隊が組織され、大人だけで、捜索が行われた。

「子供たちは、心配しなくてもいいから、家に帰っていなさい」

 ということで、

「心配するな」

 と言われて、そうもいかないと思いながら、次第に、

「もっと早く言い出せばよかったのでは?」

 という後悔が、急に上り詰めてきた。

 もちろん、その感情は、後の祭りであったが、とにかく、

「無事に見つかること」

 それだけが大切だったのだ。

 捜索が深夜まで続けられ、早朝を待たずに、

「子供が見つかったぞ」

 ということで、救急車が来て、病院に搬送されることとなった。

 救急隊員によると、

「衰弱はしていますが、大丈夫だと思います」

 ということで。とりあえずは安心した捜索隊員たちだったが、まだ、そう簡単に緊張の糸を切るわけにはいかなかった。

 子供たちには、

「とりあえず無事だから」

 ということだけを伝えて、それ以外の余計なことに関しては、緘口令が敷かれた。

 というのも、まだ本人が意識不明ということで、見つかりはしたが、

「どうしてこういうことになったのか?」

 ということは、分かるところまでは、まったくいっていなかったのだ。

 子供たちの心配をよそに、

「命に別状はない」

 ということであったが、その子は、2日くらい眠り続けていた。

 さすがに、先生から、

「命に別状はない」

 と言われても、

「このまま目を覚まさないなどということ、あったらどうしよう」

 という思いは皆にあった。

 悪い方にばかり考えるのは、こういうことが起こった時は、しょうがないことだろう。心配は、

「負のスパイラルしか生まないからだ」

 ということだったのだ。

 それでも、三日目になると、少年は目を覚ました。

 そして、その時の事情が少しだけ分かってきた。

「どうして君はあんなところにいたんだね?」

 と警察から聞かれたが、

「ハッキリとは覚えていません」

 と答えた。

 その少年が見つかった場所は、冷蔵庫の中だった。

 一度閉まってしまうと、中から開けることは無理な機械。人がスッポリ入れるくらいの大きさはあるが、身動きは一切取れないことだろう。

 そんな状態で、きっと少年は、いろいろ抗ってみたのだろう。体力の続く限りである。

 その時、少年には、

「このまま出られなかったらどうしよう?」

 という不安があったのか、それとも、

「必ず誰かが助けてくれる」

 と思っていたのか、ハッキリとは分からない。

 少年にそのあと、刑事はいろいろ聞いてみたが、

「覚えていない」

 の一点張り。

 さすがに刑事も、犯人を相手にしているわけでもなく、しかも、少年である。きつくいうこともできなかった。

「少し時間を取るしかないな」

 ということで、その日は、医者に促されながら、帰ることにした。

 それから数日、警察が聞きこみを行い、子供たちにも聞いていたが、これといった情報は得られなかった。

「しょうがない。もう一度。少年のところに行ってみるか」

 ということで、病院にやってきた刑事は、医者から、面会を断られたことで、ビックリしたのだった。

「先生、それはないでしょう。こっちだって、時間をおいてきたんですから」

 というと、

「いや、それに関しては申し訳ない。しかし、今尋問させるわけにはいかないんだ。というよりも、尋問しても、同じだといってもいい」

 と医者はいった。

「どういうことですか?」

 と刑事が聞くと、

「どうやら、あの時のことだけ、記憶がポッカリ抜けているようなんですよ」

 と医者はいうのだった。

 記憶がなくなっていたことで、警察もどうすることもできなかった。

 その友達がどこにいたのかというと、業務用の冷凍庫の中に入っていたようだ。もちろん、壊れているので、電気も通っていないということで、凍死することはないが、その分、空気穴になるような部分は、隙間ができていて、すぐには死なないようになっていた。

 しかし、これは、生き埋め状態で、探偵小説で読んだ話と同じではないか。

 もっとも探偵小説を読んだのは、その事件からだいぶ後のことなので、読んだ時は、

「気持ち悪い」

 と思ったが、その時の閉じ込められた事件と直接結びつくことはなかった。

 だが、今回は、そうではない。牢屋のようなところに閉じ込められ、逃げられない状態にされていて、助けがくるわけでもない状態で放置されれば、探偵小説のイメージがよみがえってくる。

 さらに、

「何か忘れていないだろうか?」

 という思いが頭の中に残っていることで、最初はすぐに思い出せないもどかしさがあったが、今度は思い出してしまうと、

「あちゃあ、思い出さなければよかった」

 と思ったのだ。

 それが、友達が記憶を失った時のことであり、鬼ごっこの時、不注意からなのか何なのか、閉じ込められてしまったことで、どうすればいいのか、あの時の友達と同じ感情であろうと思った。

 そうなると、

「あの時の友達の苦しさは、こんな段階ではなかったんだな。これじゃあ、本当に生ぬるい」

 と感じたのだった。

 そう思うと、

「記憶を失うくらいのトラウマは、当たり前のことよな」

 と思うと、今度は、別の考えが頭をよぎるのだった。

 本来であれば、

「いかにすれば、助かるんだ?」

 と、何をおいても考えるはずである。

 しかし、忠次が考えたのは、別の発想であった。

「俺は、このまま助かったとして、トラウマに悩まされて生きなければいけないのだろうか?」

 という思いであった。

 友達が、あの後、しばらくは人と会うこともできないほどに憔悴していて、

「学校なんて、とんでもない」

 というくらいである。

「しばらく、どこかの静かなところで静養しないといけない」

 と先生から言われたのだが、

「そもそも、その静かで静養できるところで事故に遭ったのではないか、だったら、どこに行けばいいというんだ」

 という嘆きが、家族から聞こえてくるようだった。

 そのうちに家族は、逃げるように街を離れていった。

 ウワサで聞いたところによると、

「親は毎晩、子供のことで大げんかをしている」

 という。

 ひどい時には、警察を呼ばないといけない事態に陥り、まわりの人も相当気を遣ってはいたが、気を遣うだけではどうにもならないのだった。

「だから、追われるように、街を出ていくしかなかったんじゃないの?」

 ということで、いわゆる、

「夜逃同然だった」

 ということである。

 家族がどこに行ったのかまでは分からなかったが、

「親は離婚して、子供は、母親が引き取ったようだ」

 ということであった。

 そんな悲惨な状態では、家庭崩壊を通り越している。元々何があったのか分からない。子供が遊んでいて、勝手に閉じ込められたとしか親は見ていないのだろう。

 だから半分は他人事であるが、親の立場として、父親と母親では違う。

 父親としては、

「お父さんは子供のことを私ばかりに任せて、自分は好き勝手なことをしている」

 と思っていた。

 実際に、旦那の不倫のウワサはあったのだ。

相手は会社の後輩の事務の女の子だというではないか。

「あんな女にうつつを抜かすような男だから、子供の面倒も見切れないのよ」

 という。

 そもそも結婚した時、

「火事は分担。子育てはできる方がその時行う」

 という話がついていた。

 子供ができて、最初は少しだけよかったようだ。

 しかし、母親が、マリッジブルーに陥り、しかも、公園デビューには失敗し、そのため、あぶれた人たちだけの、

「ママ友集団ができてしまった・

 元々、あぶれた奥さんたちが集まっているので、本来まとめ役となるべく人がおらず、

「行くところがないから、ただ集まっている」

 というだけのことである。

 そうなると、奥さんは、

「誰を頼っていいのか、自分がいる場所が分からない」

 ということになる。

 しかし、それを父親は、

「そんなのは、自業自得じゃないか?」

 と思ったようで、母親のいうことを一切聞かなかったという。

 その時点で、子供そっちのけの夫婦喧嘩である。

 そうなると、夫婦はまとまることもなく、離れていく一方であった。

 そんな夫婦だったということは、少し前に、両親が話しているのを聞いて知ったのだった。

 中学生くらいになると、裏までは分からなくとも、夫婦間くらいのことは、理屈では分かる気がする。

 実際に、両親が何を言いたいのかということまでは分からなかったが、分かったことは、

「元々、家族にひずみがあった子供は、例の事件のようなことになれば、まるで、自爆装置を自分で推したようなものではないか?」

 と感じたのだ。

 そして、自分で推してしまうと、

「もう誰も助けてはくれない」

 ということになり、本来なら庇ってくれるはずの親が、自分のことで喧嘩になっているということは、まず自分を助けてくれるわけはない。

 そのうちに、

「自分たちが喧嘩しているのは、そもそも、あんたのせいじゃない」

 と言い出しかねない。

 そうなってしまうと、話は悪い方に拗れてしまい、収拾がつかなくなると、その責任は、こちらに飛んでくるのだ。

 ただでさえ、怖い思いをして、トラウマになっているところ、味方だと思っていた人間が、実は敵だったということで、四面楚歌に陥るのではないだろうか?

 前に、学校で心理学が好きな先生がいて、面白い話をしていた。

「人間は、心理的に追い詰められたりすると、自分のまわりにいる人たちが、実は、悪の秘密結社によって、入れ替わっているんだという気持ちになるという」

 という話をしていた。

「それはどういうことですか?」

 と聞かれた先生は、

「普段は助けてくれるはずの立場の人が、自分を殺そうとする連中のせいで入れ替わっている。だから、お父さんが自分を殺そうとしていたりすると、まずはお母さんのところに助けを求めにいくだろう? だけど、お母さんもすでに入れ替わっているというわけさ。そうやってまわりの人を一人一人当っていっても、すべてが入れ替わってしまっていて、一人追い詰められてしまうという感情なんだ」

 というではないか。

 それを、先生は、

「カプグラ症候群というんだ」

 というではないか?

 これは先生が子供の頃に、アニメで似たような話があって、だから、この考え方が気になったので、心理学を少し大学で、勉強してみたりしたんだよ」

 というのだった。

 そんな、

「カプグラ症候群」

 のような話を聞いたことで、友達はきっと、大きな絶望を味わったのだろう。

 それを思うと、自分が、今度は似たような立場にあると考えた。逃れることのできないもので、

「俺が一体何をしたんだ?」

 ということを最初に感じた。

 当然、何かをしないとこんなひどい目に遭うはずはないという思いである。つまりは、世の中というものは、

「因果応報でなければ、辻褄が合わない」

 ということである。

「理不尽なんてありえないんだ」

 という思いが強くなり、

「だったら、俺はこのまま助かることはないんだ」

 としか思えないことになるに違いない。

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