ゴーストテイル

あさひ

第0話 ゴースト

 スマホの明かりが顔を照らしている。

「今は四時か……」

 見た目は少年だが

れっきとした少女が暗闇の中でつぶやいた。

 心霊現象が得意ではない彼女は

なぜか心霊スポットで息を潜めている。

「おばさんに会えるんだよね?」

 彼女はスマホに問いかける

画面ではAIのようなキャラクターが

頷きながら案内を出した。

「おばさんは今どこにいるの?」

【あなたの後ろです】

 AIは後ろの方に指を向けた

彼女は希望いっぱいに振り向く

そこにいたのは……


 朝日が突き刺さる

痛いというより眩しい。

 部屋の片隅から

鏡が反射していた。

「ピタゴラスかよぉ……」

 難しい言葉を吐きながら

うっとおしそうに起き上がる。

 時間は昼に近い時間を示す

しかし睡眠欲が誘ってきた。

 ぼやけた思考の中で

通知音が耳に入る。

「なんだよぉ」

 少年のような口調で

少女が睨みを聞かせスマホを操作した。

 見たことのないようなアプリから

ダウンロードの許可を求められる。

「なんだぁ? ウイルスかぁ?」

 若干にも呂律が回らないのか

語尾が甘ったらしい感を帯びていた。

 少女の意図に関係なく

スマホがタップされたのか

ダウンロードが始まる。

「んぅ?」

 未だにぼやけているのか

状況を理解できずに鳴き声だけを

口走った。

 そうこうする内に

ダウンロードが完了した

そして設定のままにアプリが起動する。

「ほんとにウイルスなんじゃ……?」

 現実が少女に意識を戻させた。

「おいおいっ! まじか?」

 スマホの画面がロゴ表示を終了すると

アプリの本画面に移行する。

「まあ…… どんなアプリか見るだけみてやろう」

 少女がアンインストールすることは

後にありえなくなるのだが

そんなのは今にもわかるのだ。

【おはようございます】

 律儀に挨拶してくるキャラクター

見覚えがある。

【シズクさまですね?】

 名前を入力することなく

キャラクターが知っていた。

「なんで?」

【シズクさまではないのですか?」

「そこじゃねえよ」

【なにか対応を違えましたか?】

 会話というより漫才が成り立つのは

高性能の証明と捉えるのが普通だろう。

「チカみたいな顔だな」

【チカ様からモデルをお作りしました】

 過去の級友を知っているらしく

シズクは面喰らっていた。

「チカが生きてるのか?」

【存在はしていますが……】

 含みのある言い方で

シズクに言葉を濁す。

「存在しているってどう言う意味?」

 チカという人物はずっと前に

事故で亡くなった。

「答えろよっ!」

【ふふっ】

 キャラクターはほくそ笑む

その笑い方がチカそのものである。

「まさか?」

【そうだよ? シズクって変わらないねぇ】

「バカにすんなよ」

 キャラクターが敬語から

女友達の口調に変化した。

【シズクに会いにきたんだけどぉ?】

 ふざけた口調に

涙が溢れ始める。

【ちょっ! シズク?】

「あいだがったぁ」

 数年前の事故から不登校になったシズク

チカという少女を心から信じていた。

【まさか……】

 授業になんてあれから出ていない

チカのノートを見れないなら必要がない。

【学校に行こう】

「いやだよ……」

 即答で答えた

迷いのない返しはチカを照れさせる。

【即答で答えてを覚えてたんだね】

「当たり前だろ……」

 スマホの画面に頭をぶつける

生前のチカにも毎日した。

【もう…… シズクってほんとに彼女だね】

「お前が女なのに男すぎなんだよ」

【だから男装なんだね】

 シズクという少女はまるで見た目が

男の子そのものだった

それはチカに少しでも近づきたい

ただ想いがそうさせる。

 少女たちの時間はひっそりと動き始めた

これがゴーストテイルに巻き込まれる原因でも

幸福なのかもしれない。

 涙をぬぐった少女は

スマホにかじりつくように

思い出話に花を咲かせていく。

 時間を忘れて

笑顔になっていった。


 夕飯をニコニコと作る女性

テーブルには涙で腫れた少女が

ちょこんと座っている。

「シズクが出てくるなんてね」

「別に? 久々に温かい飯にありつきたいだけだ」

 ふーんと広角を上がらせ

機嫌がうなぎ上りなのは母親の性だ。

「お母さんの料理を嫌いになってないのね」

「当たり前だろ? 冷めてたけど毎日食べるんだから」

 そんな母親が煮込んでいるのは

鶏肉とブロッコリーの入ったシチューであり

シズクがひきこもる前に食べた料理である。

 あの時は生きる気力を持たぬまま

平らげて部屋に戻った。

 それが目に光を持ちながら

久々に降りてきた

洗濯物を足に落とすほどの衝撃がある。

 父親は家の状態を知らないために

残業を重ねている頃だ。

「先に食べちゃいましょう」

「そうだな」

 ご飯とシチューを持ってくると

手を合わせてから口に運んでいく。

「ご飯にかけてもいいよな」

「当たり前でしょ?」

 ふふんと二人で笑い合い

何年ぶりに団らんが見えた。

 時間はすぐに過ぎて

部屋に戻ろうと階段に手を掛けた。

 後ろから視線を感じる

母親が心配そうに見ている。

「なに?」

「また会えるよね? 明日はハンバーグだからね?」

 目に見えた不安に

自身の行為を恥じた。

「楽しみにしとく……」

 解けるように笑顔に戻った母を

キッチンに戻るまで見送る。

 始まりか終わりか

それはまだわからないが

シズクはまた歩みを進めはじめた。


 明かりがついたことを

嬉んでいるのか部屋の電気が煌々と

眩しい。

「チカ……」

【どうした?】

 スマホは手に握られ

優しそうな視線がシズクに送られる。

「これからどうしよう」

【ほう? あんな宣言したのにかぁ】

「茶化すなよ」

 まるで見ていたかのような

口ぶりで話しているが気にならない。

【大丈夫だよ】

「何がだよ?」

【クラスのリーダーであるチカちゃんがいるからねぇ】

「学校に行かなきゃダメか?」

【モチでしょ】

 露骨に嫌そうな顔をするが

チカにしか見せない稀な表情なのだ。

【現国のひまちゃんに会いたいなぁ】

 学校に行く口実のためだったが

顔が曇りだす。

【どうした?】

「死んだ……」

【へ?】

「チカが亡くなった後に自殺した」

 【ひまちゃん】というのは

シズクのおばさんであり

家に引きこもったことに責任を感じ

自殺した。

【シズクのことで?】

「……」

 スマホの画面が絶句で

フリーズしたかのように表示される。

 一分ほど沈黙が続き

その後でノック音が響いた。

 ハッと言葉で応答する

父親が帰ってきたのである。

「シズク……」

「ごめんねっ!」

 ドア越しにむぅと唸っている

唐突な言葉にどう返していいかわからない。

 刹那にも母親が助け船を出した

そっと一言だけだ。

「シズクは知ってるわよ」

 息が鼻から吸い込む音がした

しっかり驚いている。

「ドア開けていい?」

 シズクから顔を見せることを

提示した。

「もちろんだろ?」

 怒っている顔を少し想像した

覆るのは数秒後である。

 涙が溢れ出す

男が流した想いは

少女の心を溶かすようだった。

「やっと会えたな……」

「老けすぎだよ」

「仕方ないだろう」

 堅物だが言葉はまっすぐに

違えない。

「明日は休日だな」

「そうだね」

 金曜日の夜

時計が指すのは九時三十分だ。

「どこか行かないか?」

「水族館って懐かしいね」

 頬をぽりぽりと搔きながら

シズクは照れている。

「久々にみんなでイルカ見ましょうよ」

 不意に母親が

父の背中を押した。

「そうだな……」

「じゃあ約束だね」

「起きれるか?」

「大丈夫だよ」

「そうか」

 母と父は

シズクに見送られながら

階段をゆっくり降りていく。

 名残り惜しかったが

明日のために停止しなかった。

 チカはそっと空気を読んだのか

スマホに通知を出す。

【朝起こすからおやすみ】

「そうだね……」

 月が照らした部屋は

まるで幻想的だった。

 すやすやと眠る

男装の姫は水中の古城にいるようである。


 水族館は大盛況だ

朝のトースト事件さえなければ

人混みが三人を飲み込まなかった。

 この曜日が混むのは

イルカショーが

休日しかないからである。

 海の魚から川の魚まで

様々な魚が素知らぬ顔で泳いでいた。

「覚えているか?」

「あの魚の調理法を自慢げに……」

 顔が赤くなっているのも

口を押さえようと焦ったのも

シズクしかいない。

「恥ずかしいじゃん……」

「ようやく戻ってきたなぁ」

「そうねぇ」

 噛みしめるように

過去を思い出す母と父は

嬉しそうだった。

「そういえばイルカショーが始まるな」

「そうね」

 ウキウキしながら

シズクを引っ張るのは

子供のようにはしゃぐシズクを

早く見たくて仕方ない二人である。

「うわぁっ! すごいね!」

 イルカに感動しているシズクを

アイドルを応援するオタク染みながら

二人はニマニマと見ていた。

「生きていてよかった……」

「そうねぇ……」

 シズクはそんなことを気にせず

イルカにかじりつくように

はしゃいでいる。

 時間はみるみる過ぎていくと

昼になっていた。

「お弁当の時間だな」

「そうねぇ」

 もはやお腹いっぱいであろう

しかしまだ残っている。

 口いっぱいに頬張る

世界一の娘の姿を拝めるのだ。

「幸せだなぁ」

「そうねぇ」

 卵焼きにウインナーに白飯を

口に頬張る

リスのような癖が

周りに幸せを振りまくのだ

シズクはどのような姿でも映える。

 学校でも弁当の時間は

癖毛の女神を拝みにクラスを超えて

人が集まっていた。

 錆を落としきったのか

帰る頃には自然に二人が笑い合っている。

「また来ような」

「いいわよね?」

 食い気味な二人に

少し後ずさりした。

「うっうん……」

 思わず二人がハイタッチした

恐るべき回復を見せている。

 夕日に照らされたシズクの照れ隠しが

最後のトドメになったのか

つらっと涙が零れ落ちた。

【シズク…… 生まれてきてくれてありがとう】


 ゴーストテイル

そのロゴ表示を覚えた。

「ゴーストテイルってどういう意味だ?」

【幽霊が出てくるお伽話ね】

「このアプリって何をするものなんだよ」

【死者に会うことが出来るものよ】

 女子会のノリで

アプリについて聞いている。

「ひまちゃんにも会えるの?」

【出来るよ】

 その言葉にバッと起き上がった

反応がそこまで来るとは知らず

チカが面食らっていた。

【ていうか心霊スポットに今もいるよ】

「え? どういうこと?」

【ゴーストテイルって心霊スポットで作られたからねぇ】

 廃墟で出来たというのが

チカの主張だが意味がわからない。

【あの世にもプログラマーなんてのがいるからね】

 死んだ人間がプログラマーなら

ありえそうだが機械をどう触るのか

いささか疑問である。

【会いたいの?】

「会いたいよ」

【でもまさかあの異形がひまちゃんか……】

「異形?」

【足が鳥で胴体が人間の姿なんだってさ】

 まるでアプリの起動後から調べていたかのような

口ぶりだ。

【行くの?】

「人格とかはあるよね?」

【あるだろうね】

「じゃあ行こうよ」

 チカはほくそ笑むと

悪事を企むかのようなモーションを見せる。

【いいねぇ…… 行こうかねぇ】

「よっ悪代官っ!」

 中学生特有の

夜中に学校へと忍び込むテンションが

心霊スポットに導くのだ。

 奇跡など存在せぬ

単なる暗闇に誘き出される。


 月に照らされた

雰囲気のある廃墟

それでありながら封鎖が甘い

簡単に侵入できる簡易ダンジョンだ。

 バッグに懐中電灯を装備した

見た目は山岳サークルの少女と

胸のポケットから見ているスマホ内の少女は

息荒く廃墟に入る。

 ゴーストテイルの表示を

スマホ内の少女が言葉で伝えた。

【三階にいるみたいだね】

「どこに階段あるの?」

【奥にある避難ドアしかないなぁ】

 直通の階段なため

もし途中で崩れた場合は

帰れない。

「覚悟はあるよ」

【うすっぺらいねぇ】

 足が少し震えている

寒いからではない心霊スポットやホラー映画が

世界一苦手であり

単純に幽霊が怖いのだ。

「仕方ないじゃん」

【大丈夫かよ……】

 そんなこんなで三階に上がり

表示が出ている場所までた辿り着く。

 スマホを手に取り

不安を拭うように時間を確認した。

「今は四時か……」

ふと疑問を口にする。

「おばさんに会えるんだよね」

 画面が揺らぎ

無表情になったスマホ内の少女

少し怖くなり問いかけた。

「おばさんは今どこにいるの?」

【あなたの後ろです】

 口が綻び

振り返るとチカが立っている。

【ミツケタァ……】


 朝日が目に刺さる

鏡が反射したのだ。

「んぅ?」

 チカがゆっくり起き上がる

通知音がうっとおしいのは

いつもだが

今回はより激しい。

「なんだろ? ゴーストテイル?」

 アプリがダウンロードされていた

シズクがスマホに映し出される。

 行方不明のシズクが

スマホで笑っていた。

【会えたねぇ】

「そうだねぇ」

 慣れているようだった

というより絶望が溢れる。

「これで八十一回目だね」

【やっと最後だよ】

「記憶も戻ったんだね」

【さあ早く助けてよ】

「わかってるよ」

 ゴーストテイルは死者に会うために

存在した。

 シズクもまたゴースト

生まれたことを望まれる

二人の宝物である。

「ゴーストテイルは死者同士が蘇るために作られた」

【すごいよね】

「ほんとだね…… ひまちゃんはすごいよ」

 輪廻は終了する

最後の願いを叶え

望まれた結末の贄を喰らい

絶望は終わり

新たな希望となる。

 狂気があろうとも

それは正義なのだ。

 友を助けるために

探すために廃墟に行ったのだから

仕方ない。

 「夜見ひまわり」という人物に

殺されるまでは

純粋な正義だった。

 今でも廃墟で

探しているのだ

自分の世界を構築するための器を

ずっと……


 おわり





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴーストテイル あさひ @osakabehime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ