第18話 流星と夢
『フェンリルさん、ご苦労様でした。総督には作戦終了の旨をこちらから報告しておきます』
情報統括部への報告を終え、俺は一服していた。
ソラトという少年とクロハという少女の事情聴取の後、住民たちから多くの声を浴びた。
「助けてくれたのには感謝しているが、もう少し早く来て欲しかったよ……」
「どうして私の娘を助けて下さらなかったんですか!?」
「八併軍といえども、限界はあるものなんですね」
「来るのが遅いだろ! 対応が遅れたんじゃないのか!」
妻を失った男、泣きついてくる母親、皮肉を言う男、
様々な非難の声を浴びせられた。仕方がない、あまりにも犠牲者の数が多すぎる。
しかし、避難エリアを築いてからの民間の犠牲者はゼロだ。
では、なぜここまで被害が拡大してしまったのか。
俺は、ミカエリが湖に現れてから、俺たち八併軍が避難エリアを築くまでの間に原因があったと考えている。
その原因というのは、主に二つだ。
一つは、住民の避難が遅れたことだ。
多くの住民が八併軍の戦士が現れたことに安心し、興味を持ってしまったがために、一時足が止まり、避難が遅れてしまったのだ。
二つ目は、八併軍がすぐに駆けつけることが困難な場所にミカエリの軍勢が出現してしまったことだ。
本部の情報統括部が、ミカエリの出現可能性の高いエリアを調べ上げ、その出現予測区域は、どのような事態が起こったとしてもすぐに対応できるように警備に力が入れられている。
ドラミデ町は出現予測区域外の場所であり、八併軍の基地からも離れていた。
「案の定不満爆発ってか。超絶めんどくせーな」
不満がこぼれる。毎度事件後の事後処理には骨が折れる。俺にとっては、事件を解決することよりも終わった後の方が面倒くさい。
崩壊した町を眺めながらタバコを吹かす俺のもとに、一つの足音が近づいてきた。
「僕たちを助けてくれてありがとうございました」
少年は、俺に感謝の言葉を述べ、深々と頭を下げる。
「さっきも聞いた。そしてさっきも言ったが、俺は八併軍の戦士としての義務を全うしたまでだ」
さっき話したことをそのまま繰り返す。
「でも……、皆さんが……」
さっきの生還者たちの俺に向けての言葉を聞いていたのだろう。少年がボソリと言う。
「いいかソラト。俺は八併軍の英雄だ。それだけ超絶強い」
静かな夜だ。一か所に多くの人間が集まっているとは思えない。
「人々が英雄に期待するのは『完全なる救い』だ。半端じゃならねえ。一般人どもは英雄が救った数よりも救えなかった数を見るもんだ」
町には明かりが灯っていないため、教会周辺は何も見えない。
「でもそんなのって、せっかく助けに来てくれたのに……」
少年は何かに悲しんでいる。こいつは優しく、人の良い人間なのだろう。事情聴取の内容を思い出す。
「これまで何度も聞いてきたし、俺は別に気にしちゃいねえが、まあ……、勝手ではあるわな」
夜の風が冷たい。そろそろ中に入るか。
いや、一度あそこに寄ってからにしよう。
「だが、まあ……、感謝の気持ちはいくら聞いてもありがてえもんだ」
本心だった。そして、俺もこいつに感謝している。
「だから、俺もお前に感謝の気持ちを述べよう。あいつを英雄にしてくれて、超絶ありがとよ」
「あの……」
少年が不意に声を発する。
「バフロさんって、どんな夢を持っていたんでしょう……」
星から目を離さずに、少年は俺に答えを求める。
「あいつは十奇人になりたかったんだ。その力で世界中の悪ガキどもを助ける、そんな風に言ってたな。超絶、見通しは立っちゃいなかったがな」
「そうですか……」
流れる星を見つめる彼は、何かを決意したように微笑んだ。
その時、俺はこいつの瞳に焔が灯ったのを見た気がした。
夜だ。この暗さが、戦いの終わった証。
いつまでも続くように思えた夕暮れを越えた証。
夜風が止み、三角錐湖は凪に戻る。
静寂。先程までの
この湖の水底で、友人は戦い、そして力尽きた。
俺は見ていないが、一人で多勢のミカエリと謎の黒い顔を相手にしていたらしい。
八併軍本部は、小さなミカエリを「ミニエリ」、黒い顔を「コクメン」と名付けた。
彼女は一体何を思い、何を考えて戦っていたのだろうか。
再び夜の冷たい風が吹きつける。
その風と共に、声が聞こえた気がした。
「……何言ってんだ。超絶、当たり前だろ」
◇
翌朝、僕らを救ってくれた英雄たちは荷物をまとめて帰っていった。
僕たちドラミデ町の住民たちは、移住の手続きが完了するまでの間、隣町から支援物資として食料や生活用品などを支給してもらった。
教会の周辺で、テントなどの設営を住民皆で協力して行う。
「ソラト? 進路は決まったかい?」
作業の休憩中であったススム君が声をかけてきた。
実は僕の中で進路は決まりかけていた。おそらく僕にはもっとも向いていない方向性だろう。
「いや、まだ決まってないかな……」
恥ずかしいので噓をつく。出来損ないの僕がこんなことを言うと笑われてしまうだろう。
「俺は八併軍に行くことにしたよ。前々から考えてはいたんだけどね。今回の件で自分の中で決心がついたよ。理不尽な脅威から民間人を救い出したいんだ」
彼はハキハキと自分の夢を語る。
やっぱり彼は正義のヒーローになりたかったんだ。とても向いていると思う。
人が生きていくには夢が必要だ。
大小関係なく人は何かしら夢を抱くだろう。それが、叶うか否かは別として。
今回の件で僕は、人が死ぬということは、その人の持つ夢が失われることだと知った。
大きな夢だろうと小さな夢だろうと、それが理不尽に失われて良いはずがない。
皆が持つ夢を守りたい。そう思った。
こんな僕には身に余る、とてもとても大きな理想。
今日は僕が、大志を抱いた日。
「さあ行こう、休憩は終わりだよ、ソラト」
ススム君が、束の間の休憩の終わりを告げる。
「うん、行こう」
僕は答える。
立ち上がった僕に、一つの小さな足音が近づいて来た。
「アシュ君……」
「…………」
お気に入りの本を抱えたアシュ君が、顔を逸らしてモジモジとしながら、頑張って何かを伝えようとしている。
「あのね、俺ね、ずっと言おうと思ってたんだけどね……」
僕はしゃがみ込み、視線の高さを彼と合わせる。
「ありがとう! ソラト兄ちゃん!」
アシュ君は、突然顔を僕の方に向け、真っ直ぐに視線を合わせる。
英雄の言葉がよみがえる。
『感謝の気持ちはいくら聞いてもありがてえもんだ』
「アシュ君が無事で本当に良かった。僕の方こそありがとう!」
僕は精一杯の心を込めて、アシュ君に感謝の言葉を返す。彼は、なぜ自分が感謝されたのか分かっていない様子だった。
感謝の言葉は、人に活力を与えてくれるのだろう。体の奥から無性に元気が湧いてくる。
僕にでも、誰かの夢を守ることができる。
きっと、そのためなら、これからどんな苦難があっても乗り越えていける。
そんな気がする。
珍獣インストール 喜納コナユキ @kina-konayuki
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