第17話 悲劇閉幕
フッと青い灯火が消えた。
でも、誰もそのことには触れない。
「まだ使える。しかし、随分と品の無い着地をしたな、雪人狼。少年に何かあったらどうするつもりだ?」
「グルルルル、俺じゃねえ。そこの小僧だ。俺にこいつの操縦は無理だ」
「す、すみません……」
戦闘機の操縦席に座った珍獣・焔牛人は、僕がした操縦を隣にいる雪人狼がしたものと勘違いして話す。
雪人狼は自分の責任について問われそうになり、咄嗟に僕のせいにして逃れようとした。
「では、
「あんだと!? 俺を八併軍で
キュイーーーン!
戦闘機は高音を上げて発進する。僕にとっては二度目の浮上だ。
バッシャーーーン!
大きな水しぶきを上げ、水中から地上へと帰還する。
「わあ……、空が……」
水面から飛び出て一番初めに目に入った景色に、僕は感動のあまり声を漏らした。
「グルルルル、結界が消えたようだな」
「やったぞ、バフロ」
そこには雲一つない青空が広がっていた。
赤に焼けた空など、どこにも見当たらない。
バフロさんが、ドラミデ町の空を晴らしてくれた。どこまでも青く、どこまでも明るく。
『へへ、やっとお前に追いついたぜ』
僕の夢に出てきた彼女の表情は、今のこの空の様に晴れやかだった。
そして、白く燃え尽きた彼女も同じように笑っていた。
なぜだか僕は、彼女に何か大きなものを貰ったような、託されたような、そんな気がする。
「すまない少年、君のペット、探してみたのだが中々見つからなくてな」
「グッハッハッハッ! わりーな焔牛人。それなら、オメーより優秀な俺様が先に見つけちまったみたいでよ」
雪人狼はその大きな口をいっぱいに開け、鋭い歯を見せびらかしながら大笑いする。
「見つかったのか、それは何よりだ」
焔牛人は雪人狼の
「雪人狼、私はこれからどこへ向かえば良い?」
「ああん? 森にでも向かってみたらどうだ? 面白いものが見られるかもしれねえしな」
「……従おう」
焔牛人は雪人狼の言葉から何かを察したのか、町から少し外れた森の方へと
それっきり話さなくなり、しばしの沈黙が訪れた。
戦闘機は、森へと向かう途中の避難エリア近辺に着陸した。
「少年、君はここまでだ」
「お二人はどうするんですか?」
「これから森に向かう。なに、実に簡単な仕事を終わらせるだけだ」
着陸とはいえ、戦闘機は地面すれすれに浮いたままの状態だ。
僕は焔牛人の言う通り、戦闘機が排出する風圧によって、なびく草の上に飛び下りる。
「名前はソラトだったな。感謝する、バフロを……、我が主を英雄にしてくれたこと。何か礼をしたいのだが、すまない、時間も無いものでな」
焔牛人は僕を後ろ目に見ながらそう言うと、申し訳なさそうに俯く。
「あの、じゃあ……、名前、教えてくれませんか?」
「…………? 焔牛人だが?」
「いえ、そうじゃなくて……、ちゃんとした名前です……」
僕の質問に、焔牛人は体のどこかに電撃を浴びたように目を丸くする。彼はしばらくその状態で固まり、次に口を開くまで微動だにしなかった。
僕は彼に対し、また変なことを聞いてしまったのだろうか。
「…………、レアンドロだ」
長い沈黙の後、名前を教えてくれた。無視されてしまったのかと思ったが、焔牛人は、彼の持つ低く渋い声で答えてくれた。
「あのー、あなたの名前も……」
「ああ? 名前だと? 俺様は雪人狼だ。それ以上でもそれ以下でもねえ」
「ひいっ! そそ、そうですか……」
座席のスペースをめいっぱい使って踏ん反り返る雪人狼に、勇気を出して名を尋ねてみたが、回答は得られなかった。鋭く睨まれ、潔く引き下がる。
「フッ、多くの人間と出会ってきたが、私に名前を尋ねてきたのは君で二人目だ」
レアンドロさんは軽く笑うと、再び戦闘機をゆっくりと浮上させた。
「ではな」
「お二人とも、また会いましょう!」
僕は二頭の珍獣に手を振り、彼らの出発を見送る。
雪人狼は完全に無視だったが、レアンドロさんは顔を前方のフロントガラスに向けたまま、片手を挙げて反応してくれた。
見送った後、僕は自分の帰るべき方角へ向けて歩みを進める。
◇
ウイーン、ウィ、ウイーン、ウィ、ウイーン、ウィ。
「普段こんなに
「グルルルル、俺は単に暴れ足りねえからだな。お前らで発散させてくれや」
森に開いた多数の穴から、ミカエリが湧き出てくる。
雪人狼は、それらの穴が三角錐湖と繋がっており、奇襲用に用意してあったものだと見抜いていた。
「湖に注意を向けさせておいての森からの奇襲。フッ、実に有効な戦術と言えるな」
「でもバレちまったら、しょうがねえだろ。こりゃーフェンリルの奴は、あの犬っころと俺らに感謝してもしきれねーぞ。グッフッフッフッ」
珍獣二頭は、両者ともに不敵な笑みを浮かべる。
しかし、その笑みの意味するところはそれぞれで異なる。
雪人狼は、自分の戦闘能力への絶対の自信。焔牛人は、敵への殺意と無力な自分自身への
ミカエリの群れと二頭の獣人は睨み合い、互いに相手の出方を
先にしびれを切らしたのは雪人狼だった。
「グルルアアアアアア!」
考え無しに群れに突っ込んでいく。戦闘における自己評価の高さが、白き狼に戦術を捨てさせる。
両手に氷塊を生み出し、ミカエリに襲い掛かる。
「たまにはそういうのも悪くはない」
焔牛人は、無鉄砲に飛び込んでいった雪人狼に続き、自身も体に炎を纏わせて突撃する。
炎の獣人と氷の獣人は、互いに互いを意識せず、自分が思うまま好き放題に暴れた。連携など全くない、単なる力押し。
されどもそのコントラストは美しく、森に
「テメー、これからどうするつもりだ?」
「さあな。まあ、私は八併軍に戻る気はない」
作業を終え、雪人狼は主なき焔牛人に尋ねる。
しかし、焔牛人にも今後の見通しは立っていなかった。
「己と世界を見つめ直そうと思ってな。しばし、旅にでも出ようかと思う」
「ハッ、旅にはあんまり興味はねーが、強い奴がいたら教えてくれ。
会話を終え、焔牛人は雪人狼を残し、森の奥地へと消えていった。
悲哀、
「フン、俺は奴の元に戻るとするか」
自由の身となった珍獣を見届け、雪人狼はそれとは対照的な場所へと
三角錐湖で奮闘する主の元へ。
◇
避難エリアに残っている人は少なかった。
結界が消え、多くの人が戦場となっている危険なドラミデ町を抜け出し、丘の頂上にある町外れの教会の方へと向かったらしい。
僕が着いた時には、仮設テントもほとんどが撤去されている状態だった。
すでに姉のウミの姿もなく、父やクロハのいた救急テントもそこには無かった。
必然的に、僕の足も丘の頂上へと向かう。
その丘の上からは、八併軍の戦士が数多駆け下りてくる。聞いたところによると、結界の外で待機していた援軍が応援に向かっているところらしい。
『超絶氷狼バズーカーーーーーーーーー!!』
ズッドーーーーーーーーーン!!
僕の向かう先とは真逆の方から、突然轟音が鳴り響く。
驚いて背後を振り返った。
白い頭髪の
僕がミカエリに襲われそうになっていたところを、間一髪で救い出してくれた人。先程、僕が操縦する戦闘機に地上から飛び乗ってきた、人間とは思えない所業をした人。
彼が放った氷の柱は、空を埋め尽くすミカエリの群れを一瞬にして消してみせる。
あの人が、ここにいる戦士の中で一番強い。
僕でもそう断言できてしまうほどに、彼の放った攻撃は、その威力と規模感が他の戦士と比較して桁違いだった。
きっとあの人ならば、たくさんの命を救えるのだろう。
たくさんの夢を守れるのだろう。
教会についてからは色々な人に怒られてしまった。
まず、姉のウミ。
「良かった……。本当に良かった……。あんたがあのまま帰って来なかったら、今回の事、ずっと後悔することになっていたわ……」
姉は僕を抱きしめ、泣きそうな声でそう言った。
そして、普段滅多に怒らない父にガチ説教を食らってしまった。父・コスモと母・佳月、弟のリクトも無事だった。
父の怒る様は凄まじく、母ですらあそこまで怒り狂った父を見たことは無いらしい。
「お前は何を考えているんだ! 皆に心配かけたんだぞ! いくらコワンのためとは言え、ありえない! もっと自分の命を大切にしろ!」
説教を受けている最中僕はずっとうなだれていた。
長々と続いた父の次は、我らが委員長ススム君だ。
「命を救うために動いたという事実だけは立派だと思うが、今回のことは君が正しかったとは到底思えない。結果的に無事だったから良かったものだ」
ぐうの音も出ない正論。
説教タイムはここまでだった。
僕がこういうことをしでかした時、決まって叱りに来る担任の先生の姿は当然そこには無い。
僕の近況をうるさいほどいつも尋ねていた近所のおばさんの姿もない。
クラスメイトも見当たらない人が多少いる。クロハの取り巻きたちは一人も見当たらない。
日常が変わってしまったのだと痛感する。
しばらくして、一人の八併軍の戦士が駆け込んできた。
「皆さんにご報告です。ミカエリ全機の掃討を完了いたしました!」
この瞬間、教会内は喜ぶ人、感謝する人、安堵する人、咽び泣く人、悲壮感を
各々に様々な思いがあるだろうが、僕たちは生き延びた。
おそらく平和な町であるドラミデ町史上最大最悪の事件から生還したのである。
しかし、今後ドラミデ町が平和な町と呼ばれることは無くなるのだろう。
居眠りをしていたところ、八併軍の制服を着た人に呼び出しを受けた。
教会の奥の方の個室に連行されると、そこにはあの白髪の戦士が座っていた。
クロハもいる。事情聴取が始まるわけだ。
「俺はフェンリル。俺も忙しい身なんでな、超絶時間はかけたくねえ。質問にはすぐに答えろよ」
白髪の戦士の名はフェンリルというらしい。
かなり高圧的だ。見た目もあり、荒々しい印象を受ける。
まずは僕のここに至るまでの経緯を聞かれた。
自宅で大量のミカエリたちを目撃し逃げ出したこと、ペットの犬を探しに避難エリアから抜け出したこと、湖の中での出来事など起こったことを正確に伝えた。
もちろん、バフロさんや先生のことも。
「あの、助けてくれてありがとうございました」
僕はフェンリルさんに感謝の気持ちを伝えた。
彼らが来ていなければ、僕らは確実に町もろともミカエリの餌食となっていた。
「別にいい。民間人を救うのは戦士の義務だ」
フェンリルさんは淡々と答える。この程度の感謝の言葉は飽きるほど聞いてきたのだろう。
「次はお前だ、金髪女」
彼は、次にクロハに説明を求めた。
「別に何ってことはねえよ」
クロハの話はこうだった。
彼女は家から大量のミカエリが目に入った途端に、町の交番の方に駆け出し、警官の拳銃を二丁とありったけの弾を持ち去り、人々とは真逆の湖の方角へ走り出したらしい。
バフロさんや先生たちと合流したのはその後だそうだ。
「なるほど、報告された時よりもミカエリの数が減っていたのはお前の仕業だったか。二人揃って、超絶異常者だな」
フェンリルさんの僕とクロハに対する評価は「超絶異常者」ということになった。
その夜、教会近くにある集会広場にて、生き残りの住民たち約1500名による大集会が開かれ、今後のことについての話し合いが行われた。
ドラミデ町の人口は約3000人だった。この日だけで当初の人口の半分にまで減ってしまったのだ。
今町は壊滅状態で、隣町から消防隊や救急隊が駆けつけてくれてはいるが、回復にはまだまだ時間が掛かりそうだ。
「この町を捨てよう。皆移住するべきだ」
とあるタイミングで一人の男の人が声を上げた。
反対の声が多数上がる。
住民たちは、生まれてからずっとこの町で生活してきた人がほとんどだ。この故郷に愛着もあるだろう。
「皆の気持ちは分かるが、またいつ奴らが現れるかも分からないのに、この場所に留まるのは危険すぎる」
移住を提案した男の人は自分の意見を述べる。確かにそのとおりだと思う。
「皆さんの移住に関しましては、我々八併軍が責任を持って手配いたします」
八併軍の戦士の言葉を受け、場内のざわつきが少し
「うむ、決断の時、と言う訳じゃな」
町長の一言で、ドラミデ町の解体が決定した。
この日起きた出来事は、「ドラミデの悲劇」として世間に広く知られることとなり、遥か未来にまで語り継がれていくことになる。
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